電波戦隊スイハンジャー#115

第七章・東京、笑って!きららホワイト

Princess KAGUYA1

遡って、早朝5時39分青木が原樹海。

ご来光を浴びた美しい富士山を左背後に、

藍地に銀の星座模様の刺繍を施したパワースーツを着たツクヨミ王子が時速150キロで昏い森を駆け抜ける。

シャトルを樹海の地下深くに隠したから見つかる事は無いわね。

ま、光学迷彩とトラップで磁界狂わせまくっているのは私の仕業なんですけどー。くすっ。

とツクヨミは藍色に輝くマスクの下でてへぺろをした。

こんど富士のヌシのサクヤ媛(ニニギの妻)に挨拶行かなきゃだわね、あと6分で樹海を抜ける…


この時ツクヨミは樹海を抜ける事ばかり考え、音もなく自分を追跡している者の存在に気づかなかった。

「…ディ、カバディカバディカバディ!」

逞しい褐色の両腕が、前方に回り込む。

猛獣を素手で捕らえる目的から生まれたインドの恐るべき国技カバディの技で、ツクヨミは背後からヘッドロックを喰らった。

(げべっ!思惟が天部に通報したわね…)

と思った瞬間1万ボルトの電流が全身を流れ、ツクヨミはそのまま意識を失った…

「へへへー、つーかまーえた。1万ボルトは高天原族なら失神する程度だろ?
やってみたかったんだー

『ダーリン、浮気は許さないっちゃー!』攻撃…おい、ツクヨミ?…電圧強すぎたかな?」

この粗雑極まりない仕事っぷりで高天原族の王子ツクヨミを捕獲した男は帝釈天インドラ。

思惟からの緊急身柄確保要請を請けて金星の須弥山から降下したのだ。

光の速さで移動し、雷を自在に操る。

宇宙最強の戦闘民族高天原族を捕獲できるのは彼しかいない。

「やれやれ」と帝釈天はぐったりしたツクヨミを肩に担いで樹海の中を歩きだした。

「こいつの恰好、『あの』ヒーロー戦隊スイハンジャーってやつの一員みたいだな…」

五髷をこんもりと頭頂部に集めた髪型、絹の衣の上に甲冑姿という仏像そのままのいでたちをした帝釈天がコスプレヒーローを担ぐ姿は、

異様を極める光景であった。


「…という訳で私が気が付いた時には湘南のパンケーキ屋の椅子に座らされていたわ。
ええ、うすふわ5段重ねのberryベリーパンケーキ美味しかった~。
私がヒーロースーツ姿だったからインドラちゃんが『この後コスプレイベントなんです』と店員さんに言い訳してたわね。

そして東京に向かって表参道のブティックが開くのを待って下界の私に似合う服をフィッティングしてもらったわ。
どう?このシャツとパンツ似合ってるかしら?
そしてお昼は同じく表参道のハワイアンレストランでランチしてー、雑貨屋めぐりしてー…
やあね、妻帯者のインドラちゃんと一日デートしたみたい。
正妃のスージャちゃん、怒らないかしら?」

グラン・クリュの座敷席の奥ででツクヨミは帝釈天に対してぐすり、と意地の悪い笑みを浮かべた。

「我が妃は些細な事で嫉妬しない。
ってーか昔、お前が男だと気づかずに口説こうとした過去は、俺にとって黒歴史だ」

とにかくこの店に来たいくせにぐずぐずとお買い物しているツクヨミを、

たまりかねた帝釈天が半ば無理に引っ張って来た。

って事情は二人の遣り取りから窺い知る事ができた。

「ツクヨミさんって…MCに入ったシャンソン歌手みてーに勝手に喋り出すな。
見た目も口調も完全に『女子』じゃねーか、な?勝沼さん」

店のドアに「貸切中」の札を下げてカウンター内に戻って来た隆文が悟の隣で囁いた。

「シャンソンはいいよ。僕は金子由香利さんのファンなんだ。越路吹雪さんも好きだよ。今度CD貸そうか?」

隆文は戦隊の仲間兼上司の悟を思わず二度見した。

「へ?」とも言いたかったがそこは大人なんだから唇の形だけに留めた。

ササニシキブルー勝沼悟の意外な一面を見てしまった隆文であった…

「ところでツクヨミさん、やっぱり会いに来たんでしょ?

…その、スサノオさんってゆーか、弟さんの魂が入った聡介先生に」

ずばりと心中を言い当てた正嗣を、ツクヨミは興味深そうな目で見た。銀色の瞳が鈍い光を放つ。

「そこの細目のあんた面白いわね。高天原族の心を読めるなんて

…ははーん、あんたが弘法大師にブリードされているマサくんね?」

「私は飼育されてなくて弟子のつもりなんですが。でも今夜は野上先生は来ません。残念でしたね」

焼酎が回った正嗣はいつもの彼らしからぬ少し強めの口調でツクヨミに答えた。

「来るわよ、あと7分55秒後に」

「え?」

「私の予知は滅多なことでは外れない。そこのノッポのマスター、ほうじ茶ラテを2杯頂戴。それから安倍川餅。餅は片面だけ焼いてね」

了解、と悟は銀髪の珍客に対して軽く肯いて見せた。

ツクヨミがスサノオに会いに来るなんて…これは面白い事だよ!


それからきっかり7分55秒後に裏口のドアを開けて

都城琢磨、紺野蓮太郎、そして野上聡介が各自の武器を手に携えて入って来た。

「ジャストです…ツクヨミさんすっごーい!」

スマホのストップウォッチ機能で時間を計っていたきららが感嘆の声を上げた。

「いやあ、所用ってのは8月のバトルで野上先生に折られた刀がやっと修理終わったってミカエルさんから連絡いただいてね」

きららの顔を見て嬉しくなった琢磨は手早く説明をしてカウンターの彼女の隣の席に腰を落ち着けた。

8月8日の榎本葉子戦で怨霊に憑依された葉子のアクティブ・テレパス(精神操作)にかかり、戦隊同士で戦う破目になった。

その時操られたイエロー琢磨の攻撃をシルバー聡介がわざと「真剣白刃折り」することで琢磨を術から覚ましたのだ。

おかげでこの2か月間、都城家の家宝の銘刀、同田貫正国は天界の刀匠でもある大天使ミカエル預かりとなって、やっと今夜帰って来たのだ。

ついでに、聡介は自分の武器の杖から「喧嘩上等」の文字を消してもらい、

新メンバーピンクバタフライこと紺野蓮太郎は初めて自分の武器…舞扇と和傘を渡された。

「なんか…今夜の蓮太郎さん、着流しが黒だからかな?その和傘広げたら…」

とそこまで言いかけて悟は握りこぶしで口元を抑えて、つい噴き出してしまった。

「まるで歌舞伎の助六だよな」

「…それは言わない約束だよ、聡ちゃん」

ぶすっとして蓮太郎が和傘と扇をカウンターの上に置いた。

隆文が広げてみるとどちらも漆黒に、萩と橘の金蒔絵が施されている。

「広台院おね様が意匠を手掛けて下さったのよ。

萩は高台寺の紋、橘は紺野家の家紋…おね様も粋な事してくれるじゃないか。

サトルちゃん、スコッチウイスキーをダブルで」

悟がグラスを出している間に…奥座敷にいるツクヨミと、聡介の目線がとうとう触れ合った。

その瞬間、聡介の中から「スサノオ」が現れ、聡介の容姿を高天原族形態に変えてしまったのだ。


ひとつの肉体の中で聡介は映像だけで見たツクヨミとの初対面の驚きで、

もう一方のスサノオは現世では実に3000年ぶりの「兄」との再会で呆けたように立ち尽くした…

「あ、兄上」

と口を開いたのはスサノオの方だった。

「お久しぶり、愚弟。それに今は兄貴呼ばわりしないでくれる?」

「なるほど、今は女性期でしたか」

とスサノオは合点したがもう一方の聡介はすっごく腑に落ちない顔をしている。

ツクヨミは何も言わずシャツの胸をはだけて小ぶりな両乳房を露わにした。

右の乳房の下に渦巻きの形をした青黒い痣が広がっている。

これは、純血の高天原族である証。

「私は性染色体は男女両性…肉体的には半年周期で男性と女性の体に変化する、完全両性なのよ。
分かった?野上鉄太郎の孫」

いきなり女性の乳房を見せられた聡介は照れ隠しに銀色の長髪をかきむしった。

ちくしょう、えぇ乳してるじゃねえか…

「あーはいはい、だから『お姉ちゃん』と呼ばなきゃいけない訳ね」

「That's right」

と何故かツクヨミは英語で答え、ちょうど英会話教師がベリグッ、とやるように右こぶしに親指を突き立てた。

「あー、だからこいつの男性形態は『ツクヨミ王子』でぇー、女性形態は『プリンセス・カグヤ』って呼ばれる訳」

とても投げ遣りな口調で帝釈天が補足説明をした。

「かぐや姫!?俺は知らんぞその話」

聡介は靴を脱がぬまま奥座敷によじ登りシャツのボタンを直しているツクヨミににじり寄った。

(じつにややこしいトラブルメーカーなのだよ、この兄というか現在姉は…)

聡介の脳内でスサノオが嘆息した。

「そうですよ、納得いくまでその話聞かせて下さいよ」

悟の鶴の一声で戦隊全員もそーだそーだー!と国会の強行採決の如き勢いでツクヨミを取り囲んだ。

すっかり気圧されてしまったツクヨミは仕方ないわね、と肩をすくめた。

「あれは1200年前になるかしら?私の人嫌いの原因になったショートステイの過去よ…」


だから語りがシャンソン歌手なんだべ!と内心隆文はツッコミを入れた。


後記、
ツクヨミのオーダーはスティングのイングリッシュマン・イン・ニューヨークの歌詞

「トーストは片面だけ焼くのが好きなんだ」へのオマージュ。

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