電波戦隊スイハンジャー#125

第七章 東京、笑って!きららホワイト

オニの末裔たち2

「どうだ似合うか?」

と銀髪を腰まで垂らした男がにかっと笑った。

男は狩衣姿。衣装の白地全体に朱色の八雲柄の刺繍を施している。

両袖をふわりと広げて自分の衣装をどう?どう?と見せびらかして、こちらの反応を待っている。

ここは青々とした竹林。自分は笹の葉のじゅうたんに腰を下ろしている。

夢なのだな。

と自覚しながらこうやってスサノオと正面切って対話するのは初めてだという事に、聡介は妙な感慨を覚えた。


俺の肉体を意図的に製造し、俺に転生しようとして、失敗した男。

あ、段々腹が立ってきた。


「派手な狂言師みてー。ツクヨミ兄ちゃんの昔話聞いて自分も着たくなったんだな?兄弟そろって自己顕示欲が強い」

似合う、とも格好いい、とも欲しい言葉をもらえず、スサノオは目に見えてひどくがっかりした。

そしてはあーっとやる気の無いため息をついて自分も地面にあぐらをかいた。

「あー、なんて辛い塩対応なんだ…聡介よ。

確かに私はお前が3つの頃から憑依してるが、そのひねくれた性格と恋愛下手は決して私のせいではないぞ。

大体そんなに好きでもない女に言い寄られて無理に付き合うからいつも振られるんだ」

「夢の中で俺に説教すんな!あんた俺の親父か!?」

図星を突かれた上に心の傷までえぐられた聡介はつい興奮して怒鳴ってしまった。

「お、ムキになった。かわいいねー」

スサノオは余裕の笑みで腕組みしてこっちを見ている。

あ、あかん…相手は物心ついた時から俺に憑りつき、人生ぜんぶ見てた奴だ。口喧嘩で敵う相手ではない。

「ここは?」深呼吸して青竹の匂いをかぐと心が自然に落ち着いた。

「ここはお前の心象風景だ。見よ、この景色を…お前の魂の本質はこの天に向かって伸びる竹のように清廉なのだ。

私にいろいろ聞きたいんだろ?こうして会えたんだから」

「28年分な。でも今は一つか二つしか思い浮かばねえ」

聡介の手元に古びた杖が転がっている。手に取ると馴染みのある感触。

「ずばり、『これ』について聞きたい」聡介がスサノオに向けた杖の先には、天狗の団扇の焼き印。

祖父の形見の杖を、聡介はスサノオの喉元に突き付けた。

「あの双子か…今夜は面白かった」

都城兄弟の襲撃を思い出し、スサノオはふふ…と肩を揺すって笑った。

「俺は面白くなかったぜ。双子は全然本気を出してなかった。琢磨は本気だしゃあ俺が何度テレポートしても食らいつくタフな男だ」

「それで、どう感じた?」

「部屋の中に入れてから気づいたんだ。双子の本当の目的は俺との手合わせじゃない、俺の家に入ることなんだって。
呑気に喋る二人を見てゾッとしたよ…こいつらのボケは全部演技なんじゃねえかって」

スサノオ扇をぱちん!と広げて「如何にも」と答えた。

「彼らの言動はすべて敵の首を掻くための芝居。それが、隠(オニ)の恐ろしさよ。
聡介、家族のいる場所にあいつら引き入れた時点でお前の負けだと思うよ」

「まだ知り合って2か月だけど、琢磨は陽気キャラの中に時々底知れぬ暗さを感じるんだ。
弟くんも然り。自覚なく演技してる。なあ教えてくれ、どう育ったらあんな人間になるのだ?」

スサノオは立ち上がり、両袖をはらりと広げて聡介に背中を向けた。袖の朱い八雲が遅れて目の前にひらめく。

「お前の祖父の師匠、小角が育てたあの者らは…日の本の歴史の闇から生まれた子だ」

スサノオの背中に青笹が散り、視界がかすんでいく…


ぷにぷにと頬を押す柔らかな感触で聡介は目覚めた。

愛猫のブライアンがなあ~、と鳴いて両の前脚で肉球を押しつけてきている。これは「エサをくれ」か「構って」の催促である。

「よしよし」聡介は愛猫のあごを撫でてベッドから起き上がった。

目覚まし時計の時刻は朝8時。久しぶりの日曜休みをどう過ごすのか、全然考えてない。

そうだ、ぼーっと過ごしてリセットしよう!と聡介は心に決めた。

最近の俺には色々ありすぎたのだ。

「今日はモンプチの日だったねー」と肩に乗る愛猫の顔に頬ずりするとブライアンはなっ!と嬉しそうに泣いて尻尾を垂直に立てた…。


朝食のテーブルには秋咲きの青バラがガラスの花瓶に飾られていた。

「姉ちゃんが摘んだの?」と向かいでトーストをかじる姉の沙智に聞くと、「うん、一番咲き」とうなずいてミルクティーを淹れてくれた。

「結婚しても庭の手入れには来るからね。聡ちゃんは忙しいし、叔母さんはガーデニングしない人だし」

そうだった。姉はあと一か月足らずで俺の親友の赤垣芳郎のもとに嫁ぐんだった。

でも婚家は歩いて10分以内のご近所なので、この姉が「いってしまう」という感覚が全然しないのだった。

「花は好きよ、ただ肥料やったり剪定したりするのが面倒なだけ。虫嫌いだし、日焼けするし」

マグカップに入ったスジャータコーンスープを一口すすってから叔母の祥子がさらりと言ってのけた。

こうして家族揃って朝飯を食うのはもう何回も無いのだな、と思いながら聡介が「日常」に浸っていた所に一本のlineが入った。


戦隊全員夜9時ミーティング

集合場所は極秘なので俺が勝手に飛ばす

心の準備されたし

オッチー

かくして聡介の日常のぬるま湯は足湯だけで終わった。


「それで、その後お姉さんと家電量販店周りをして米粉パンも焼けるホームベーカリーを買って結婚祝いのプレゼントにしたという訳ですね」

「うん、試しに焼いたチョコマーブルパンが美味かったこと…限られた時間でも、俺は日常を愉しみたいんだ!」

「それは何よりでしたね」と穏やかな口調で答えることしか正嗣には出来なかった。

ひととおり愚痴を聞いてあげたら聡介は大分落ち着いたようだった。


約束の時刻に戦隊たちが集められた場所はどこかのオフィスのようだったが、そこはパソコンも電話も無く事務机と椅子が八台置かれているだけ。

「窓が無いので地下なのでしょう」と悟は部屋を観察してからぽつりと無機質な感想を述べた。

「エアコンは綺麗ですね。誰も使ってないって訳じゃなさそうです」

きららが天井近くの壁の小さなエアコンを見つけ、壁に掛かっていたリモコンを押した。ちゃんと電池も入っている。

きららはリモコンを操作し「冷房」から「除湿」に設定した。エアコンは問題なく起動した。

「あら、風が臭くない。定期的にお掃除してるみたい」と蓮太郎が黒のアポロキャップを脱いで蛍光灯のもとに白皙の顔を晒してからから言った。

「ええ、でも」

ときららは今いる戦隊メンバーをひとりひとり確認して

「なんでここに琢磨さんだけ居ないんですか?」

と部屋の奥でリモコンを握り締め不安な顔で言った。

確かに。部屋にいた全員がきららに注目したその時

「僕はここにいますよ」

といつもの琢磨の声がした。

「へ?」きららがオフィス風の室内に目を戻すと事務机8台の内6台に、黒装束の者たちが着席している…。

ニンジャ?

と日本かぶれの外人みたく彼らの服装を直ぐに表現出来ないのは、首から下は黒染めの柔道着みたいな分厚い上着。全員組んだ手に手甲を装着している。

しかし頭部の黒頭巾は修道士のフードみたくゆったりと広がっていて、口元だけ露わになっている。

「待たせたなお前ら、こいつらはオニ五家の頭領たちだ」

部屋の一番奥の席に座る黒装束がぱさり、とフードを取り、ふてぶてしく笑う小角が現れた。

いつの間に入った!?

隆文は心底肝を冷やして残りの黒装束たちを見た…。

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