電波戦隊スイハンジャー#133

第七章 東京、笑って!きららホワイト

花言葉は復讐5

墨田区両国にある百目整形外科クリニックの屋上には古びた鳥箱がある。

日の入りを過ぎると院長の百目修か娘の桃香が屋上に登り、鳥箱の中身を確認するのが日課となっている。

そこに何もなければ本日の業務は終わり。結び文があれば「からす」からの依頼書である。

神楽坂で芸者小はるがドラッグ所持の外国人を見つけた事件から2日遡った日曜の夕方、桃香は鳥箱の中に和紙の結び文を見つけた。

桃香は結び文をすぐに開いて、忍び文字で書かれてある依頼内容を解読すると

…たったそれだけでいいのか?

と一瞬腑に落ちない顔をしたが、まあいい、これも仕事だ。

夕食時に桃香は父の修には一応依頼の内容を話した。

修は「まあどんな内容でも『からす』の依頼は絶対だからね」と念を押した。

夜10時。外がとっぷりとした闇に包まれるのを待ってから桃香は上半身には紺色のTシャツ、脚には流線模様のスポーツタイツの上にスパッツを穿き、

長い髪をヘアピンでまとめて髪一本も落ちないように工場用のメッシュのネット、その上からアポロキャップを被り、すっかり仕事帰りの夜間ランナー風に扮装した。

両手に黒革の手袋をはめると鏡の前で拳法の型みたいにいくつか拳の形を決めると「よし」とだけ呟いて自室の窓から外に躍り出ると、全速力で夜の街目指して走り出した。


「からす」より「百地」へ

標的は違法薬物を所持している者である。尚、場所、時刻、人物の選別はお前に任せる。


桃香には代々忍びの者が持つ特殊な嗅覚がある。麻薬を隠し持っている者からは「厭な匂い」の体臭が立ち上っているのだ。

場所は…とりあえずイメージ的には六本木、麻布、白金…といったところだろう。

「まず今夜は白金といくか」

桃香は防犯カメラの死角から死角へ、とマンション、高級住宅の間を抜けて3、4分で「厭な匂い」がする2人を見つけた。

2人とも20代後半くらいの女性だった。いかにも白金に住む裕福な主婦らしく、こじゃれたブラウス姿。もう一人は薄手のニット姿。

セレブ主婦同士の麻薬売買か…今更驚くほどのことでもないが。

ブラウスの女性がニットの女性に有名パン屋の紙袋を渡した。その袋から強い「白いお粉の匂い」を桃香は嗅ぎ取った。

現場、押さえたり!サングラスの下で桃香の眼が光った。ここはカメラの死角である。

桃香は建物の隙間からすっ、と女性2人の背後に躍り出て両の握りこぶしの中指で、軽く頸椎、続いて腰椎の骨の間を叩いた。

片手で一人ずつ、それだけでよかった。女性たちは何も気づかないまま膝から倒れ、路上に昏倒した。

第三者に見つかり、通報されるまで動かなくすればいい。


コードネーム「百地」の武器は、素手。

百地の先祖は戦国時代から戦死者の遺体を腑分けして研究し、人体の仕組みに精通している。

従って相手の体の外側のどの部位からどれだけの力で攻撃すれば、一瞬で命を奪うことも

一時麻痺させて生け捕りにするも自由自在の打撃の術を百地の忍びは習得していた。

…彼女らが第三者に発見されて通報されれば今夜2つの家庭が崩壊するのだろうな。

まあいい、クスリで身を持ち崩すよりはまだマシだ。

桃香はパン屋の袋を拾ってポリ袋に小分けに入った白い粉末と白い丸型の錠剤を確認した。

そして錠剤を1つだけ取り出し、用意していたジッパー付きの小袋に入れて自分の懐に仕舞うと、残りは全部女性二人組の上にばら撒いた。

次の標的を探しに桃香は路地の闇に消えた。


できるだけ分かりやすく現場を暴け。火に油を注ぎまくるのだ。

猫が狩りで獲ったネズミを飼い主に差し出すように、

多く狩るのだぞ。

で結び文は終わり、百地は忠実に実行したまでで…


「成程、百地の家はそうやって表向きは医者しながら裏では幕末まで暗殺者をやっていた家系だったんだな
…って3日で13件はやりすぎなんじゃねえか?」

と野上聡介はまことに呆れた口調で言ったが

当の百目桃香は「あー、任務の後の飯はうまい」と平気でお茶づけをかっ込んでいる。

聡介が風呂から上がると「戦隊のラボラトリー(研究所)はここか?」とマラソンウェアに身を包んだ百目桃香が脱いだシューズ片手に自室の本棚の前に立っていた。

「ど、どーやってここに入って来た?」

「瞬間移動も出来ないくせに、というか?私も知らん、指令を果したら『からす』が私をここに連れて来たのだ」

「『からす』って?」

「私達に忍びの指令を出す者だ。昔から烏(からす)に依頼の結び文を運ばせるからそう呼ばれる。
私を一瞬で神楽坂からここまで運ばせる妖力もある…ところで何か食わせてくれ、走り回って倒れそうだ」

確かに桃香の目は疲労と空腹で虚ろになっていた。

…という訳で、スライド書棚を開けた先のエンゼルクリニック研究室の机で、百目桃香は台所で聡介が作ったお茶漬けにありついたのである。

米粒一粒残さず平らげて食後のお茶とエンゼルパイを3個食うと桃香はやっと一息ついた。

次に彼女が取った行動が、13組の標的からパクってきた薬物のサンプルを順番に机に並べる事だった。

薬物の入った小さなジップロックには採取の場所と日時、所持していた者の特徴が書かれたシールが貼ってある。

「この薬物全てを、ここで化学分析してもらいたいのだ。哲治さんの依頼だ」

「…帚木警視は、この中から花龍(ファロン)の稼業(シノギ)になってる薬物があるって思ってる訳ね」

そうだ、と桃香は肯いた。

「ついでに言うと風間の蛍雪さんは公安で世界中のヤバい組織の調査を生業としている。
おまえらが倒すべき敵組織…結社『プラトンの嘆き』といったか?」

「ああ」

「実は公安もその結社を危険視しているのだ。6,7月にアメリカでカルト教団の教祖が銃乱射した挙句、自殺という事件が何件も起きた。

その間接的な犯人、サキュパスをお前ら戦隊が倒した。そう琢磨から聞いた。

蛍雪さん達は最初、結社がアメリカかヨーロッパにある、と勘違いしていた。

西洋哲学の大家、プラトンの名をもじっているからな。ところが」

「京都で連続傷害事件が起きた。精神操作されたある少女の仕業だった」

聡介はあえて榎本葉子の名前を伏せた。

「指揮者ミュラーの孫娘だってことは知ってるんだ。ここまで来て少女Aで押し通す気か?」

ぐっ、と聡介は唸って

「…榎本葉子の超能力は凄まじかった。俺たち戦隊の半数が精神操作される始末。
俺が高天原族形態になってやっと互角に戦えた程だ」

「で、榎本葉子を操る精神体を彼女の体から引きはがすことには成功した、が、精神体には逃げられた」

「…そして現在に至る、だよ。不甲斐ない戦隊たちで悪いね」

「まったくだ。でもお前たちは私達には太刀打ちできないモンスターと戦ってくれている。なぜ恥じる?もう少し自分たちを誇れ」

そうだよな、ヒーロー戦隊なんだから少しは自分を誇ってもいいよな。

と桃香の言葉がすとん、と胸に入ってくる聡介であった。

「なんだか話の核心に俺たちは触れてないか?」

「そうだ、蛍雪さんは京都の事件で気づいた。結社『プラトン嘆き』の本部はアジアにあるんじゃないか?と。

お前らを狙うモンスターどもを作れる科学力と頭脳は、潤沢な資金がないと無理だ。

手っ取り早く膨大な資金と優秀な人材を集める方法は?」

俺が組織のトップなら…

「まともなビジネスなら資金も時間も信用も要る。

神秘的なカルト教祖になってセレブ信者に貢がせる?いや、それじゃ自分が表に出なきゃならないリスクがある。

闇組織と結託してドラッグを売りさばく。それも安い材料で作れる合成麻薬で。あ…!」

桃香がにやりと「くノ一の顔」で笑った。

「そうだ、飛躍はしているが花龍はプラトン嘆きの下部組織なんじゃないか?と蛍雪さんは思ってる。私も同意見だ。頼むぞ」

桃香はとん!と聡介の胸を裏拳で小突いた。

「俺がプラトンの嘆きの科学者だったら、半端なおクスリは作らない。

より精度の高い薬を作って他の闇組織と差別化する。
結社の奴らはそんだけプライドの高い奴らだ。松五郎、ツクヨミっ!起きろ!」

聡介は超知的生命体、松五郎と高天原族いちの科学者、ツクヨミがここに泊まっているのは偶然じゃなく仕組まれてるんじゃないか?と思い始めていた。

桃香を東京の家まで送り届け、別れ際、

「イデアこそが本当に存在するものであって、この世界の個物はその影に過ぎない」

と桃香が呟いた。

「は?」

「プラトンのイデア論だ。もしかしたら『マスター』と呼ばれる結社のボスはそんな考えの奴なんじゃないか、と思ってな…
少しは哲学書でも読め!」

と乱暴にクリニックの裏口の戸を閉めた。

あの、俺が哲学者の孫だってこと忘れてませんか?

自分が真理だと思うもの(例えばプラトンにとってはイデア)に固執する奴は、

現実世界を大事にしないし自分の思い通りにならない現実を平気で破壊する奴、とでも言いたいのかな?

「そのマスターって社会的成功者によくいるサイコパスなんじゃ…?」

と以前両国を訪れた時とは全く違うひやりとした気持ちで夜風にたなびく相撲のぼりを見つめた。

後記

問 
短い選挙期間で人、モノ、カネ、を手っ取り早く集める手法は?


宗教カルト組織を利用する事である。

古今東西人間のやる事は変わっていません。

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