電波戦隊スイハンジャー#77
第4章・荒ぶる神、シルバー&ピンクの共闘
焔の天使ウリエル
2013年8月8日、夜9時10分を過ぎている。
四条川床付き屋敷のミュラー邸は屋根と2階全部を失い、曇った夜空の元にさらされていた。
京都市内は猛暑日続きの蒸し暑い夜だったが、この場所は鴨川からの風が寒いくらいに吹き付ける。
近未来的デザインの、メタリックオレンジの甲冑に身を包んだ身長2メートルの青年天使が廃墟と化した邸宅の、辛うじて残った川床に立っていた。
大天使ウリエル。ヘブライ語で「神の炎」、彼の本質は「破壊」。
ウリエルは京の夜空を見上げて平坦な口調で呟いた。
「一年ぶりの地球だな…外気温26度、今夜は過ごしにくい夜になりそうです、と。古都の夏はいつもこうだ」
髪も瞳も焔の色に輝く大天使ウリエルは、おもむろに缶コーヒー「POSS」(勝沼酒造)をウエストポーチから取り出して、一気飲みしてぷはーっと気だるそうなため息を付いた。
「この美しき、くだらなき星に乾杯」
と虹色の空き缶を誰にでもなく掲げた。
外人に、しかも大天使相手に失礼だが、その様子はひと仕事終えた工事現場の兄ちゃん、といった風情であった。
ウリエルはミルクオレンジ色の羽根を瞬時に肩甲骨に収納して辺りをぐるりと眺めた。
かつてリビングだった場所の木目の床には、長い黒髪の少女、榎本葉子となぜか銀髪のまま姿が戻らない青年、野上聡介が気を失って倒れている…
葉子に折り重なるように気絶した孝子を抱きかかえて「孝子、孝子!」と煤にまみれた顔で呼びかける老人は指揮者、クラウス・フォン・ミュラー。この星では結構な有名人と判別。
煤けたパーティードレス姿で「葉子ちゃん!」と親友の体を揺さぶろうとする灰色の髪の少女は野上菜緒。
ウリエルは瞬時にDNAスキャンし、聡介の姪だと判別した。
なるほどよく似ている。ウリエルは一瞬微笑をひらめかせてから菜緒の動作を止めに入った。
止め方が予想外。菜緒の体をひょいっ、といきなりお姫様抱っこしてから肩に担いだのだ。
「やめれー!このセクハラ外人!」恥ずかしさで菜緒は身をよじろうとするも、ウリエルの怪力で動けない。
「動かすな!脳震盪を起こしている。それと微量の麻酔薬だな…ん?頭部を強く打っているな、まずい」
ウリエルが秀麗な眉目を曇らせた。
「じゃかあしい!人様の家屋敷吹っ飛ばして偉そうな口きくな、このア○○ンマンコスプレ野郎っ!」
菜緒はウリエルの甲冑の肩に噛みついて、空いた両手で背部をがっこんがっこん!とぶっ叩いた。
ウリエルは文字通りきょとん、と分かりやすく首を捻った。炎のような長髪が揺れる。
「あいあんまん、とは何ぞや?少女よ。向こう見ずな性格も聡介に似ているな…」
さすがは聡介先生の姪っ子、というべきか破壊天使に対して、強い!
戦隊メンバー全員がウリエルと菜緒のやり取りに思わず吹き出しそーになった。
「聡介先生の姿が戻らない…」
琢磨ときららが驚きと恐れの入り混じった表情で倒れた聡介を覗き込む。
というよりこの青年は聡介なのか?それとも古語めかした言葉遣いをしていた聡介の中の「誰か」のままなのか?
「…いや、筋肉がさっきより細っている。というか元の野上先生に戻りつつあるんだ。少しづつ」
悟が眼鏡のフレームをずり上げながら観察したままをメンバーに伝えた。
戦隊入りしてもうすぐ3か月。怪異にはだいぶ慣れてきたが、今夜の出来事は何だ!?
僕達は肉体の形態を変化させる本当の「変身」を目撃したのだ。
野上先生、僕達に本当に隠したかったのはこの姿と「もう一人の自分」なんですね。
やっと分かりました。体力測定の時のあなたの理不尽な苛立ちと怒りの理由が。
すいません、実験材料扱いなんかして。「僕が高慢でした…」悟は心から聡介に詫びた。
「それより医療団はまだなの?聡介先生このままじゃ死んじゃうよ!」光彦の言葉で棒立ちになっていた蓮太郎の感情の糸がふつっと切れた。
「いやあーっ聡ちゃん!」泣きながら蓮太郎が聡介に取り縋る。
「触っちゃダメです蓮太郎さん!」と止めようとする琢磨の体がくるりと宙を舞って、ずだぁん!と背中から床に倒れた。
こ、これが合気…
忍者の本能で後ろ受け身を取っていたのでさほどダメージはないが、琢磨は一見なよやかな優男、蓮太郎の底知れぬ強さを初めて体感した。
さすが戦隊に選ばれるだけはある!プロの舞踊家の身体能力はアスリート級だという事を琢磨はやっと思い出した。
「触っちゃ駄目なのはあたしにだよ…ひよこ色のガキ」
一瞬、馬鹿にしたような目で蓮太郎が笑った。恋する男、恐るべし。
「あーあー、もー収拾つかねーなースミノエよー」
忍び頭巾を脱いだ小角は実にげんなりした顔で、自分の右肩に松五郎を乗せたまま呟いた。
「…オッチーさんよ、婆様呼んでけれ。もうあの方しか解決できねえ」うろたえまくった松五郎がなぜか震えながら小角に頼んだ。
「お、先代の少彦名の『長』の登場かい?いいぜ」オッチーがにやにやしながら腰に掛けていた修験者のマストアイテム、ほら貝を手に取り、
ふぉっふおー、ふぉっふおー、ふぉっふおー…と3回吹いた。長閑な笛音が曇り空に吸い込まれていく…
不思議な事が起こった。
殺気だって走行して来た緊急車両数台が、ミュラー邸5メートル前から徐々に…後退していく。
緊急車両だけではない、廃墟から見下ろせるすべての車両が、通行人までもが後退し、静止した。
「京都市内だけ5分前まで時を逆行させましたえ…1300年も京を守ってはるウカノミタマ様のお力や」
ミュラー邸から南西の方角、つまり伏見稲荷大社の上空からなにか白い生き物が、けーん!と鳴きながらこちらに飛来してくる…
みるみる内にそれが体長3メートル程の、巨大な九尾の白狐だと全員が確認した次の瞬間、
だすっ!!と白狐がちょうどウリエルと戦隊たちの間のスペースに着地した。
狐の背には戦隊のプロデューサーで穀物の女神、ウカノミタマ神が赤と金の天平様式の貴婦人の装束、艶々とした黒髪を歴史の教科書に出てくる額田王みたく複雑に結い上げて、稲穂を模した黄金のティアラを髪に刺している…
これが彼女の「神」としての正装なのだと戦隊一堂は一目で納得させられた。
ウカノミタマは九尾の白狐、葛葉の背でバランスを取って斜に構えて立ち、胸を反らして屋敷を破壊した張本人、大天使ウリエルをぐりっと睨み付けた。
上品な美しい面がぴきっ、とひび割れて、完全に怒った顔をしている…。
裸足で葛葉の頭を踏み越えてウリエルの前に立つと、穀物の女神は破壊天使の頬にに強烈な平手打ちを喰らわせた。
ぱあんっ!と小気味良い打撃音が辺りに響き渡る。
「…大体あんたはいつもやり過ぎなのよーっ!!一年以上も人をほっといて、このバカタレ!」
なぜか殴られたウリエルは、ぼうっとウカノミタマの姿にに見惚れたまま呟いた。まるで初恋の女教師を見つめる中学生のような眼差しで。
「お会いしとうございましたぞ、ウカ様…」
今度は軽く、女神はウリエルの反対の頬をぶった。
「ウカって本名で呼ばないでちょうだい!スサノオパパが付けてくれたDQNネームなんだからねっ!」
ちなみにウカ、とは古語で食い物、という意味を持つ。もろ「食い物」って名前はやはり付けられた当人からしてみればDQNネームなのだろう。
なんかこの二人、訳ありやな。と経験豊かな老人の勘でクラウスは思った。
訳ありとは勿論、男女の仲の事である。
いやいやそれよりも!とクラウスが言おうとした時には5人の手術着姿の坊さんたちがずかずかと自分の屋敷に入り込んで、変身したままの聡介と、意識を戻さない葉子の周りを取り囲んでいた。
空海とその直弟子医療団であるが、勿論初対面の、アメリカ人のクラウスには、知る由もない。
なんやなんや?このスキンヘッド救急隊員たちは!
リーダー格の一番小柄の坊さんは、なぜか額に冷えピタを貼ったままでいる。夏風邪で寝込んでいた空海である。
「む、いかん!女の子の方は緊急オペや」
空海が葉子の顔の微妙な歪みを見てすぐに判断した。
「さすがだな。脳外科医、遍照金剛。少女は頭蓋底骨折をしておるぞ。聡介の診療所の設備で処置せよ。お前の腕なら助かる」
「脳外科医?空海さんが!?」
6人の戦隊と光彦は、心底ぶったまげた声で叫んだ。
「ちょっと空海さん、あなたも病人なのに手術なんて無茶でしょ?」
正嗣が3時間前には熱でうんうん唸ってた空海を思い出して、止めようとする。
あほ!と空海が正嗣の手を振り払った。
「風邪なんて気合いで治ったわ、命の危険のある患者から優先や!」
自分に向かって空海さんが真剣に怒ったのはこれが初めてだな、正嗣はすぐに気づいて「すいません」と素直に謝った。
「気合い、なんて医学的根拠の無い精神論だけどよ」と背後で聡介の体を滅菌シーツで包んでいた真如が正嗣に囁いた。
「なぜかお大師が言うと説得力あるんだな、これが。任せとけって」と優しげな公家顔で真如はウインクした。
「マエストロ、奥様も診療所へお連れします、付き添って下さい」真雅が孝子を背負い、クラウスに付いてくるよう指示した。
「診療所ってどこに?あの目の前の黒いもやは、な、なんや…」
「SF用語でいうところのワームホールです」真雅はしれっと言い切った。
すでにストレッチャーに乗せられた聡介と葉子の体が先にもやの向こうに消えていく。
このオカルトでカオス過ぎる展開に、クラウスはああ、もうこれはSFなんやな。と都合のいい脳内変換をするしかなかった。
そうでないともう自分の精神はわやくちゃになってしまう!クラウスは完全に開き直った。
医療団の一人、実恵に手を引かれてワームホールをくぐった時はさすがに目をつぶったが…
「とにかくその娘を下ろしなさい!」とウカノミタマに言われてウリエルはやっと自分が肩に菜緒を担いだままだと気付いた。
そんだけこの女神の美しさに見惚れていたのだ。抵抗を諦め脱力した菜緒はようやく床に下ろされると、目の前の巨大な白狐と目が合い、身がすくんでしまった。
葛葉の赤い両目が下弦の月の形に歪む。わ、笑った?狐が?
「ウカ様、ウリエル様、痴話ゲンカしてる場合でないでー。はよ復元してあげんと」
今度は狐が喋ったー!女の子の声で。
そやな、とウカノミタマは自分のティアラを額から外すとオッチーの肩にいる松五郎に向かって、凄んだ声で囁いた。
「スミノエノスクナビコナ…今夜の騒乱のご褒美よ。一番会いたい人と会いたくない人両方に会わせて、あ・げ・る!」
彼女の手の中のティアラが一振りで黄金の稲穂に変化した。
「まずは会いたい人に。ちびっ子たちー、出ておいで」
と次の稲穂の一振りからわらわらと、黄色い装束姿の小人たちが4、50人ほど出てきた。
「わー、下界だべー」「人間のおうちだべー」「どんな特別授業があるんだろなー」
さながら社会見学に来た小学生のごとく好奇心いっぱいにあちこち見ている。中にはいきなり走り出す小人もいて、女神があわてて群れに連れ戻した。
「んもーあなたたちー。わたしまるで保育士みたいじゃないのー、まとまりなさーい」
はーい、と黄色い小人たちはお行儀よく返事した。
良く見ると身長は今まで見た小人の半分ほどしかなく、声も子供っぽい。まさか、少彦名の子供バージョン?
「わたしたち、すくなびこな、ひよこ組でーす」
代表して戦隊たちに自己紹介したちび小人の頭にだけ、角が2本生えていた。
「き、きなこー!」
松五郎がオッチーの肩から転げ降りて、角の生えたちび小人を抱きすくめた。
「父っちゃー、会いたかったべー!」
きなこ、と呼ばれたちび小人が松五郎の胸で泣きじゃくる。
「えーっ、松五郎に娘がいたの!?」戦隊たちとと光彦、菜緒は口をあんぐりさせたまま小人の親子の感動の再会場面を眺めた…
ってかどーやって子供作ったんだよ!
光彦は先月、正嗣の家で見た小人の入浴シーンを思い出した。こいつら外性器無かったんだぜー!
「あんたの娘、会いたい人に会わせてあげたわよ…では次っ」
「げっ!」
2度目の稲穂の一振りで、老けたサンリオキャラの顔をした3本角の小人の出現に松五郎はひしゃげた悲鳴を上げた。
「こりゃ、スミノエ!おみゃー、人様のお家、わやにしてからに」
おばあちゃん小人は松五郎に向かって杖突き付けて叱りつけた。
松五郎の祖母で先代の少彦名一族の長、葉隠少彦名(ハガクレノスクナビコナ)の登場である。
なんで名古屋弁なん?とその場にいた人間どもは思った。
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