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電波戦隊スイハンジャー#203 辛苦みつつ降りき・後

第10章 高天原、We are legal alien!

辛苦たしなみつつ降りき•後


コロニーから漆黒の空間に十数台もの救護船が飛び立ち、生体反応の信号がする方角へ向けて宇宙服を着た軍人たちが

羽衣

と呼ばれる救護シートを一人につき三十枚も背中にくくりつけて事故で宇宙空間に放り出された民間人の姿を必死で探す。

何処だ…何処だ、何処だ!

軍人の一人は逸る気持ちを抑えてゴーグルに映る銀色の光を8時方向に確認してそこに向かい、
高天原族が生命の危機的状況に遭った時に咄嗟に自己にバリアーを張って3週間は仮死状態になって危機を回避する
蛹状反射ようじょうはんしゃを起こして浮かぶ女性と女児二人を確認すると、

「良かったな、良かった…」とマスクの下で涙で濡らしながら我が妻子を羽衣に包んで救護船まで運搬するのであった。

このような救出作業が事故発生直後から連日続いた。

この時代の高天原族の人口8315人。
オトヒコ王子が起こしたコロニー半壊事故で外壁から宇宙空間に放り出された民間人306人。
全ての民間人が無事救出された報を宇宙軍総司令官タケミカヅチ将軍が受けたのは事故発生から100時間めの事であった。

そうか…とタケミカヅチは指揮卓コンソールに両手を付き、安堵のため息を付いた。
「これより全員生存を女王陛下に報告申し上げる」

と副官に告げると司令官室のモニターに手をかざし、画面向こうの絶対忠誠の対象である女王天照にまずは事故に遭った全員の救出を告げる。

「子供に至るまで全員が蛹状反射を起こし、反射のタイムリミットである3週間以内に発見する事が出来ました」

「そうか、よくやった」
とうなずかれる女王のお顔は平静さを保っておられるものの血色というものが完全に消えている。

「元老長アメノコヤネと服飾長官ワカヒルメの間に子が生まれた。男子おのこだ…」

「陛下」

しかしそれは緊急手術でワカヒルメの遺体から分娩された結果であることはタケミカヅチも察していた。

どのような措置をしてもワカヒルメは蘇生しなかった。事故発生時、咄嗟にお腹の子にバリアを張りわが身を挺して守ったのだ。

「72時間後に御前及び元老会議を開く。それまでに将軍には休暇を与える故休むがいい」

きっとそれは事故の原因であるオトヒコ王子の処遇についてであろう。

最近力が制御できない、と王子はこぼしていらっしゃらなかったか?無理にでも陛下に進言申し上げてオトヒコ王子を一定期間コロニー外に隔離すべきであった。

適温のシャワーを浴びてから平服に着替え、外壁修繕中のコロニーに帰還するまでの間休眠カプセルで休んでも心の疲れと王子が処される不安は消えないままタケミカヅチは重要な会議に臨んだ。

会議の卓には女王のほか12人の元老。軍事に担う基地司令官で右騎将軍タヂカラオと左騎将軍である自分、そして神官長イシコリドメと侍従長のフトダマまで呼ばれているのだから、

これは、高天原族の一大事だ。

と覚悟して最後に入場したタケミカヅチが着席して会議は始まった。

「まずは事故による負傷者の救護にあたり全員無事にコロニーに帰還させたタケミカヅチと事故直後のコロニーを取り仕切り被害の拡大を防いだタヂカラオ両騎将軍に最大級の賛辞を送る。…よくやってくれた」

と女王自ら両将軍に向かって頭を下げた。銀河30星系を統べる女王の謙虚すぎる動作に元老たちも慌て、
「しょ、将軍たちが却って困るのでおよし下さいませ…」と止めるよう促す。が、天照は自分の納得行くまで頭を下げ続けた。

頭を上げ着席した天照はまず、

「わが弟オトヒコが起こした事故による被害は死者1名。重傷者1名。居住ユニットから放出された民間人の負傷者113名の命に別状は無い。破壊部近くの民間人も別ユニットに移動完了。事態は収集された、が…問題はオトヒコの処遇だ」

高天原族の法律に死刑は無く、極刑といえば銀河の僻地に無期の流刑である。

その集団が2億光年先の銀河であろうが異星人であろうが女王への絶対忠誠で人心が纏まっていようが、

人が集まる所では必ず争いや犯罪は起こる。

既に母星を棄て、コロニーという密閉空間で暮らす高天原族は過去にそういった犯罪が起こり、それが集団に著しく害を及ぼすと裁定された時には流刑にして最初から居なかった事にして来た。

問題なのは例え過失による事故とはいえコロニー史上最大規模の被害をもたらした人物が第一王位継承者である。という点においてだろう。

「そこで我を除いて会議にいる16票で王弟殿下オトヒコの処遇を決めたいと思う。皆、自分の正直な意見を書いて提出するように」

小規模かつ重要な選挙の結果、

殿下の王位継承権を剥奪して終身流刑に処すべし。が5票。

事故発生は殿下の本意ではないため一定期間コロニーから離れ殿下が力を制御できる時期を待ち復権させるべし。が5票。

民の支持が高い殿下を今処して人心を惑わせるべきではない。僻地の惑星への奉仕活動をしていただき許してもらうべし。が5票。

残りの一票は
我の首ひとつで殿下の罪を赦して貰いたい。

だった。

「…タケミカヅチ、お前の意見は現行法にそぐわないので却下する。コロニーから離れるという意見が10票なので今は隔離状態にあるオトヒコをこのままここに置いておくわけにはいかない」

ついに暴発した殿下の荒ぶる力を皆、恐れている。

慣例どおり追放するしかない。という空気が議場に充満しているのを感じながらもタケミカヅチは敢えて申し上げた。

「しかし女王陛下、次の王位継承者をどうなさるおつもりなのです?」

「…それは軍人であるお前が言うことでは」と天照が激昂して叫ぼうとするのを、

「先王イザナキ大王の末子カグヅチ様のご子息であられるタケミカヅチ将軍、いえ、王子。暫定的に貴方に副王について貰いたい」

今まで黙っていて初めて口を開いた元老長、アメノコヤネの発言に初めて出生の秘密を伝えられた将軍はえ…?と驚きのあまり相手を見つめることしか出来なかった。

元老院が長年ひた隠しにしてきた事実を御前会議の場で暴露されて元老たちは蒼白な顔で目配せし合う。

どうしよう、コヤネ殿はとうとう言ってはならない事を言ってしまった…

王立図書館の司書という一役人として生涯を終えた父がまさか、王子だったと?

軍に士官してから噂には聞いた事がある。先王が手にかけようとした末っ子が銀河の何処かで生きている筈だ。作られた三貴子がいなければ正統な王位継承者だったのに。と。

その王子がまさかわが父で祖父が、父を殺そうとしたと?

幼少の頃から刻まれてきた王家への忠誠が心の底からひっくり返されそうになったタケミカヅチは思わず、

「ええいアメノコヤネ!お前こそ先々王オモダルの抽出子であり陛下の叔父であり、真の副王ではないかっ!今さら何を云う!?」

ともっと言ってはいけない王族の禁忌を口にしてしまった。

どうしよう…一庶民からの叩き上げの僕がこれ聞いていいのか?とタヂカラオは揚げられた魚のように口をぱくぱくさせ、11人の元老と侍従長フトダマは卓上で頭を抱えている。

「二人ともおだまりなさい!今の発言は殿下の処遇とは関係ありませんよ」

と一喝して場を収めたのは王家の神宝、八咫鏡を作った家の子孫として代々仕えている女性神官、イシコリドメであった。

「ああ、二人とも疲労困憊ゆえ乱心である。だから水を飲んで休んで口を慎め。二人の発言は議事録から抹消するゆえ」

収まりがつかなくなった場を助けてくれた神官に目で礼を送り、天照は評決の鈴を鳴らした。

「既に評決は出ている…断腸の思いながらわが弟オトヒコを王族から除籍し、永久追放処分とする。これは今コロニーで生活している我々の安全の為だ。解ってくれ、将軍」

高天原立法では極刑の流罪は罪の内容によって悪質な罪は過酷な環境の星に、過失で起こった罪は生存可能な惑星に送られる。と定められている。

しかし、王族が罪を犯した例は初めてなので高天原族の伝家の宝刀である天人召還あめびとしょうかんの儀式を行い羽の生えた種族にオトヒコの今後を託す。

という究極の決定が下された。

コロニー中央にある神殿で代々召還の言霊使いである神官イシコリドメの軽やかな美声と骨太な大男という武骨な外見ながらも実は高天原族一の美声であるフトダマの深みのある低音の混声合唱、「天人を讃える唄」が神殿に響き渡る。

きいぃぃぃん…と空気が振動し、神官たちが耳を押さえる中、中央のいはくら朱鷺色ときいろの羽を広げて降り立ったのは…

全身真っ赤な鎧に身を包んだ紅い髪の天使、ウリエルであった。

「今度はほむらか!?」

イザナキ大王の代にも天使を召還したことのあるイシコリドメは破壊の力を持つウリエルの降臨に内心怯えた。

「ああ、以前は『湖』ことガブリエルが亡きイザナミ王妃の蘇生に、とばれましたな」

…命を失ったものは二度と帰りません、私が癒せるのはお前の執着に満ちた心だけでし。

そう哀しい目で言ったガブリエルは崩壊しそうになっていたイザナキの心を癒し、正気を取り戻したイザナキは三貴子を作りウズメに乳母プログラムを与えて一族の人心を安定させたのだった。

「で?護送対象は?」

そう顎をしゃくったウリエルの前に出されたのは両手首に枷を嵌められたオトヒコ。

ウリエルは一瞬で彼に大王の器量を見た。

「…お前みたいな男にこの小さな『国』は狭すぎるのかもね」

そう言ってウリエルは乗ってきた護送船にオトヒコを乗せて自ら運転席に着くと、

「もっと面白い星に連れてってやるよ」

と笑いをひらめかせコロニーから出発した。

あの時

コヤネ夫婦との茶会と断れば良かった。

最初からこのコロニーを出れば良かった。

もっと早く人のいない惑星に身を隠していれば良かった。

と後悔なんていつも、取り返しのつかない罪を犯してから並べ立てられるものなのだよ…

後記
こうしてスサノオは流刑の王子となった。






















































































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