電波戦隊スイハンジャー#72

第4章・荒ぶる神、シルバー&ピンクの共闘

白拍子花子2

「あ、おっちゃん来た来た」

ミュラーの後ろから目が覚めるような空色の生地のドレス姿の葉子が小走りで躍り出て、聡介をはじめとする戦隊の前でちょこん、と両手でスカートの裾を持ってお辞儀した。

「お噂はかねがねお聞きしておりますよ。著名なバイオリン教師、上條孝子の秘蔵っ子で、天才と呼ばれた榎本クリスタのお嬢さん」

悟が一抱えもあるピンクのバラの花束を葉子に渡して微笑んだ。セレブ相手にしか見せない営業スマイルである。

このノッポの兄ちゃん傍目から見てロリっぽい事するなあ、と葉子は思った。

「近畿地方のコンクール荒らし、榎本葉子さん。次は10月の勝沼記念コンクールも狙ってるの、かな?」

悟は急に挑戦的な目つきを葉子に向けた。花束から芳香があまりしない事に葉子は気づいた。渡されたバラは全部つぼみである。

つまりは「このひよっこめ」という意味だと葉子は解釈した。

「優勝者該当なし、が当然なくらい難しいタイトルやけど、次は中学生の部かっさらいますわよ」

『勝沼のぼんち』さま。

とハグする振りして葉子は悟の耳元で囁いた。悟のこめかみがぴくぴく痙攣した。

12才ながらいい度胸をしている。一流のソリストになるにはこれくらい勝気でなくては。面白い!

さすがはミュラーの孫だ、と悟はほくそ笑んだ。

「聡ちゃん…なんかいい年した大人と子供がすごくえげつない遣り取りしてるよーに見えるのは気のせいかしら?」

蓮太郎が白皙の顔を聡介に向けて囁いた。

「たぶん当たってるぜ」

このガキ、中一にしてすでに「ビッチ」候補生だ…聡介は心の中で冷たい汗をかいた。

だから女ってイヤなんだよ。所詮はエゴと打算と本能の生き物なんだよなあー。

聡介はいつも交際相手の女性の中にエゴと打算を見つけたら、醒めてしまう心の癖がある。

冷たい素振りをした事はないが、女というのは自分が想うより想われていない、という勘が鋭いのだろう。

ほどなく相手の方から別れを告げられる度に、正直ほっとしたのだ。彼女たちは時間を置かずに年収と学歴前提にまた違う男を探すのだから。

4月に振られた彼女に二股されたと知った時に聡介は傷ついた(と思う程に彼女を好きだったかもしれない)と同時に学習した。

愛とか恋とかいう脳内麻薬の魔法から醒めたら自分に都合のいい男と結びつこうとするのが、女だ。

結婚という『捕食』をしたら所詮配偶者を子種とATM扱いするんだよ。交尾中に相手を喰らうカマキリの雌よりはマシだけど。

俺の親父は女ったらし、叔母はキッツイ音楽教師。性格のいいバイオリニストって稀有だけど…マエストロは一体孫にどういう教育したんだ!?

悟と接待用のうわっつら談笑をするミュラーに聡介は説教してやりたい気分になった。

「聡介ー、もう始めとるでー」

薄いグレー生地に白いレースのフリルが付いたドレス姿の菜緒が取り皿のスモークサーモンをフォークでつついてもごもごさせながら言った。

ああ菜緒、お前だけはビッチにならないでおくれよ…聡介はどだい無理なことをまだ13才の姪っ子に願った。

「菜緒ちゃん今夜は泊まっていくんやろ?」「もちろん、お泊りセット持ってきとるでー」

2人の少女は身勝手男の思いなんて知らずに女子のお喋りを楽しんで飲み食いしている。

覚えてる?と菜緒に話しかけた光彦に菜緒は「あ、とっぽい光彦くん!」と指さした。

「一応オレ中3。藤崎さんとか、先輩とか呼び方あるんじゃねーの?」

やっぱり生意気な1年生だ。でも可愛い…野上先生にあとで怒られそうだけど。オレ、初恋っぽいす。

「ちょっとちょっと!キッチンにいるシェフ、僕テレビで見たことありますよ。料理の超人って番組で超人に勝ったシェフじゃないですか?」

琢磨がアイランドキッチンの方を指さしながら興奮して言った。

「ああ、フランス懐石『祇をん、はらしま』の原島シェフじゃないか。凄いね、人気シェフを出張ビュッフェパーティーに貸し切るなんて」

悟が洗練された仕草でシャンパングラスを傾けた。原島シェフは顎ひげ面を緩ませて悟に会釈した。

ヒルズ族やベンチャー企業社長のパーティーによく見る顔だなーと思ってシェフは愛想よくしたのだが、さてあの長身眼鏡、どこの社長で誰だったっけ?

「あのー、ビュッフェって何ですか?バイキングみたいに取っちゃっていいんですよね?」

全員正装、個人の豪邸内パーティーにそこはかとなく流れるおセレブな空気にきららがすっかり固まってしまっている…。迷い箸ならぬ迷いフォークで何から取っていいか分からぬ様子。

「きららさん、たじろがないで!ただのこじゃれたバイキングです」琢磨が適当に料理を取ってきららに渡した。

「さ、まずはお酒で緊張をほぐして、シャンパンでかんぱーい」

「かんぱーい☆」

きららと琢磨のグラスがかちん、と鳴った。

おら思うんだけど、と戦隊内で唯一の既婚者隆文が珍しく蓮太郎に話しかけた。

「どしたの?レッドちゃん」

「琢磨はああやってさりげないアプローチするのがうまいんだべ」

「そうよね、フェミニストってーか、女性心理を知ってるタラシよね。でも経験じゃなくてマニュアルで覚えたんじゃない?

第一次接触。つまり肩に手を置くとか、手をつなぐ、とか出来てないのよあの二人。付き合ってないのはすぐ分かるわよ」

んだ、とフォークに刺した鴨のローストを掲げて隆文が肯いた。

「ってーかピンクさん」

「その呼び方やめろよ」

蓮太郎の声が脅すように低くなった。

自分の変身姿を見て鏡の前で一時間半泣いた…と返信に困る内容のメールが来たのを隆文は思い出して蓮太郎さん、と呼び直した。

「蓮太郎はキレたら男言葉になる」と聡介先生から聞かされたんだった。しかも合気柔術柳枝流の黒帯だから京都のヤンキーぶちのめすぐらい強いと。あぶねえあぶねえ…。

「その観察っぷりであんたも結構恋愛経験豊富、って感じすんだけど」

「そうねー、アタシ恋愛のイロハは花街のお姐さん達から教わったわよー。遊んだといえば遊んだわね」

蓮太郎はパーティーの主賓ミュラーと会話する聡介の灰色の頭をちらっと見た。

「おいジュニア、友達呼ぶんは構わんが…どうして勝沼のぼんちと知り合ったんや?」

経済界トップの一族と地方病院の外科医。到底違う世界に住む二人がどうして?と興味深そうにミュラーは聡介と悟を交互に見つめる。

「あー、うー、それはー」「長い、長い話なんです。マエストロ…」聞かれた二人は全然親しげでなさそーな目線を交わした。

聡ちゃんとぼんちは性格の悪さと中身が子供な所が似てるのよねー。と思いながら隆文に向き直る。

「でも深みにははまってないだろ?蓮太郎さんには本命がいるからだ。…どうして野上先生が好きなんだべ?」

蓮太郎の顔がぱあっと上気した。さっき飲んだロゼワインが回ったにしては早すぎる。

一番鈍い男だと思っていたのに…!明らかに蓮太郎は動揺していた。

「川床行って涼もうか?」と隆文の方から誘った。やれやれ、お顔がピンクさんだべ、と隆文は蓮太郎の様子を見て思った。

リビングから川床に出ると、肌寒いくらいの川風が隆文と蓮太郎の酒で火照った頬を撫でる。

「思ったより夜景が派手じゃねえんだべなー」

「京都って世界遺産があちこちあるからねー、景観に対する条例が厳しいのよ。神戸や長崎みたいにはいかないわよー。でもあと8日後の大文字の送り火には観光客集まってそりゃ賑やかよ

…どうして分かったの?アタシが聡介が好きだって」

見ればわかる、とさっきの蓮太郎と同じ言葉を隆文は言った。

「今の仕事が宿屋だからかな?客全体を見回す癖が付いちまってから戦隊の人間関係も、俯瞰して見るようになってきたんだべ。

へへ、先月オッチーさんに『リーダーらしくなったな』って褒められてからなんだけど、蓮太郎さんは、隠しているようでも口振り、目線、仕草…全部野上先生の事思いやってるんだべ。
幼馴染以上の思い、つまり恋してるんだ、ってふと思った」

「初恋なんだよ。10歳の頃からね」

川床の手すりにもたれて白状した蓮太郎の背中がなんだか頼りなく見えた。

「聡ちゃんの人間離れした強さ、踊りの才能、男だってうっとりする美貌、あの問題ある性格…全部が好ましく可愛いのさ。
うん、聡ちゃんも気づいてるから仕事の忙しさ言い訳にして、アタシを遠ざけるようになった。でも我慢しきれずにこないだコクっちゃってさー」

ええっ?と隆文はこころもちのけ反った。「返事は?」

まだ聞いてない。おかっぱに近い蓮太郎の髪が夜風になぶられた。リビングから漏れる灯りに照らされた蓮太郎の横顔が、泣いていた。

元々女っぽい顔だと思ってたが、片目から涙を流す蓮太郎は思わず肩を抱いてやりたくなるほどに儚げで、美しかった。

「バッカじゃないの?と自分で思ってる。その内携帯もlineもブロックされるんじゃないの、と毎日怯えてるのよ。
アタシが女だったらねー、とレッドちゃん今思ったでしょう?

それでも駄目。あいつは女性を心のどこかで嫌悪してる、精神的に病気なんだよ。

男の友情だったら、太く長く続くじゃないか。しれっと本心隠して親友演じればいいのに、自分からぶち壊す真似しちゃったー。だからアタシは、戦隊のピンクに選ばれた偶然に、感謝してるのさ、まだ聡ちゃんと切れなくて済むって…」

手の甲で涙を拭ってから蓮太郎は、何か歌らしきものを口ずさんだ。

言わず語らぬ我が心 乱れし髪の乱るるも

つれないは只移り気な どうでも男は悪性者(あくしょうもの)

桜々とうたわれて言うて袂のわけ二つ 勤めさえただうかうかと

どうでも女子は悪性者(あくしょうもの)

「長唄、娘道成寺の一説よ。つれない坊さんの安珍に恋い焦がれた、あたしゃ清姫。執着の果てに怨霊の白拍子花子に成り下がるのかしら?ねえ」

隆文は本当に自然に、蓮太郎の肩を抱いた。その優しさに甘えるように蓮太郎は少し泣いた。嗚咽をかき消すかのような歓声がリビングから聴こえる。

遅れてきた客、グリーン七城正嗣が到着したのだ。

申し訳ありません…と律儀に周囲に詫びる正嗣の声。

「さて、グリーンと乾杯するべ」と隆文は室内に蓮太郎を促した。

「マサ、かんぱーい!」と光彦が自分のグラスを正嗣に向けた、が、正嗣は自分のグラスを取り落してしまった。

床の上でグラスがかしゃーん!と派手な音を立てて割れた。

マサの様子がおかしい!ただでさえ細い目をかっと見開いている。そうだ、マサは最初のこっくりさん事件の時にこんな表情してた。…つまり、人外の化生が見えた時に!

「正嗣、言いたい事があるならタダメシ食ってからでよくね?」

聡介が骨付きチキンにかぶりつく。呑気な人だ、こんな時に!それとも…私だけにしか見えないのか?

「七城先生!?」隆文と蓮太郎は慌てて正嗣の傍に寄った。

「あなた方、あなた方には見えないんですか?こんな恐ろしいモノが」

「何の事?」蓮太郎が問い詰めるのも聞こえてないのか、正嗣はリビングの奥にいるミュラーと妻の孝子、榎本葉子、菜緒の方を指さし、額に脂汗滲ませながら問うた。

「『あなた』は、一体誰なんですか?皆は騙されても私には見えます。空海さんが熱にうなされながらも私にテレパスで送った怨霊…」

一方その頃、何てことだ、何てことだ、何てことだべー!!

「ある動物」にまたがって夜の京の街を駆ける式神の靫負ゆげいの背中に小人の松五郎がしがみついていた。

くだんの髪の毛入りの真空試験管をわが背中にくくりつけて。

「はいしどうどーう!!松五郎はん、もうすぐや!」

靫負は武芸達者に加えて、全ての動物を操れる特殊能力の持ち主。必死の形相は巴御前の如く勇ましい。

「怨霊の目的は、犯罪者の制裁じゃねえ!やはりたくぽんの言う通り、ただの辻斬り…

最初の事件に注目すべきだったべ。最初の被害者はたまたま怨霊の憑依体に遭遇して襲われた!

犯人は後から襲ったのが犯罪者と知り、わざと性犯罪者にターゲットを絞って計画性のある犯行に仕立てたんだべ。現場の鴨川沿いで犯人は襲った!
しかしこの動物、もっと早く走れねーべか!?」

「仕方あらへん!」と靫負は叫んだ。

「この子も式神の鑑識結果、事件の証拠やもん!突き付けて犯人にぐうの音言わさんとっ」

小人を乗せた動物が、ミュラー邸に向けて駆ける。

「犯人の目的は、サキュパスのかたき、グリーンとシルバーへの復讐だべー急げー!!」

「分かってまんがなー!!」

「ふーん」聡介はふてぶてしいばかりの目つきでチキンを噛み千切って、残った骨をテーブルに戻した。

唇の脂を紙ナプキンで丁寧に拭い「腹ごしらえ完了」と呟いた。

まるで、バトルの準備は出来た、と言うように。

「聡介先生…あなた分かっててこの屋敷に来てたんですか?」

驚愕したのは正嗣の方である。

「んにゃ、ただお誘いのメールが来た時に『厭な予感』がした。それだけだ」

だから何?と言いたげな口調。

そ、それだけ?光彦はじめ何となく正嗣の傍に集まる態勢になっていた戦隊たちはずっこけそーになった。

「そうなんですか…あなた達見かけに惑わされているんですね…分かりました。犯人は…」

待て待て待てーい!!とリビングに入って来たのは、小人の松五郎と式神の靫負と、2人を乗せた一匹の柴犬。

近所に住む後小路うしろこうじさん宅で飼われている侘助わびすけくん。オス4才であった。

「犯人は、この中に…います!」

とミュラー一家&菜緒を指さして松五郎はドヤ顔を決めた。

そこは正嗣に言わせてやれよー!ってかワンテンポ遅いって、と戦隊全員が思った。

決まった…!

事の重大さを一瞬忘れて松五郎は自分のセリフに完全に酔っていた。

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