電波戦隊スイハンジャー#113

第六章・豊葦原瑞穂国、ヒーローだって慰安旅行

エピローグ、海王の舞

「どうもすいませんねぇ、いつも息子がお世話になっとります…」

翌日の午後5時過ぎ、熊本の七城町の小高い丘の上にある古刹、泰安寺の住職で正嗣の父親七城正義は、

息子の職場の美術教師である室街子を前にえへ、えへと相好を崩しそうになるのを辛うじて抑えた。

今年24歳になる室先生は若々しい肌でいつも薄化粧。

カチューシャで長い前髪を上げている室先生の清楚さに住職は好印象を持った。

だがそれ以上に…阿蘇の地酒「れいざん」とミルク牧場の「おつまみベーコン」をいただいて、今夜の晩酌が楽しみだ!というのが彼の喜びの正体であった。

「正嗣、いいお嬢さんじゃなかか」

室先生が車で自宅アパートに帰った後、正義は息子の脇腹をとん、と小突いた。

「父さん、私と室先生とは同じ中学校の教師同士であり…」

「お前も高野山で修行を終えたら、阿闍梨として正式に住職資格を得る。その後は…わかっとるだろうな?」

と京都のお寺の次男坊に生まれて、親戚筋の七城家に入り婿した父だからこその、重い言葉である。

「分かってますよ」

身を固め、跡継ぎを作ることも歴史ある寺に生まれた者のつとめであることも。

「でもまあ、焦らなくともよい。焦ってくっついて後悔するのは男女の常。
しかし、室先生の実家でくつろぎ過ぎて友達に置いてけぼりを喰らうとは、間抜けだねー」


実は正嗣が聡介の車でなくて室先生に送ってもらったのは…

ミコトさまがお帰りになり、昨夜は産山村の鉄太郎旧宅で雑魚寝をし、今朝家を片付けてから出発する時にふいに

「帰りに阿蘇神社参りしましょうか?」と正嗣自身の言い出しっぺで産山から阿蘇一の宮町に寄ったのである。

メンバー全員が阿蘇神社参りした後近くでは和風カフェや赤うし丼を提供する食堂などが並んで、ランチタイム前なのに15~20人くらいの観光客が行列を作っていた。

並ぶのが苦手な聡介は「さっさと帰ろうぜ」と車に乗ろうとしたが

「行列を楽しんでこそ観光の醍醐味!」
と若い琢磨ときららに両腕を引っ張られて仕方なく行列が短い和カフェに入り、

11時過ぎたので全員席に落ち着いてランチセットAだのBだの注文をしている時にオーダーを取りに来た女性が…室街子だったのだ。

「む、室先生、どうしてここに!?」

正嗣は本当に驚いて室先生の白い顔を指さして尋ねた。

「だって先生、私は阿蘇一の宮出身ですよ」

覚えてなかったんですか?と室先生は少し残念そうに眉根を下げた。

「いやいや、思いだしましたよ。新任紹介の時おっしゃってましたね」

「ちなみにこのカフェは姉夫婦が経営してるんです。私は実家に帰省ついでに、ここのお手伝いという訳です。皆さんお友達ですか?」

室先生は、個性たっぷりな「七城先生のお友達」に順々に会釈した。

まあ、七城先生って意外にお友達多い人だったのね。

と少し安心して丁寧にオーダーを取り、カウンターに戻って行く室先生の後ろ姿を見た戦隊スイハンジャー、グリーン正嗣以外の胸中に何が去来したのか…

「これは、気を利かせないとね」とまず悟が言って、聡介に目配せを送った。聡介もにやにやしながらうなずく。

悟の企みなんて言わずともすぐに気づいた。正嗣以外は。


約1時間後、ランチとデザートまで食べ終わった戦隊ヒーローたちは、正嗣が室先生と談笑しているのを見計らって、さっさとランドクルーザーで帰って行っちまいやがったのだ。


置いてけぼりを喰らった!と気づいた正嗣は軽くショックを受け、次に仲間たちの意図に気づいてやたらと照れくさくなってしまった。

「あらら…先生、送りますよ」と室先生の声はやけに明るかった。

「私もそろそろ菊池に帰ろうと思ってたんです。お店が混んで来たんでとりあえず私の実家で休んで下さい。私も2時には手が空きますから」

と、いう訳で室先生の実家でご両親の手厚い接待を受け、手伝いを終えた室先生と2時間ぐらいお喋りした。

なんだかこのシチュエーションは、「父さん母さん、好きな人を紹介します。同じ職場の七城先生です」ではないのか?

まさか室先生に限って。

私の邪推だ、修行が足りない…それにしても、昨夜は色々ありすぎて、疲れたな。といつの間にか室先生が運転する車の中で正嗣はうたた寝していた。

目が覚めた時にはもう車は泰安寺前に着いていて、目覚める寸前の夢で今更なことを思いだした。

あ、阿蘇神社は縁結びで有名じゃないか!

「着きましたよ」と運転席で笑いかける室先生の微笑が眩しすぎて…

正嗣は激しく照れてしまった。


縁側には野上鉄太郎、空海、空海の弟の真雅が並んでピーナツ豆腐を食べていた。

「ご苦労さん、街子さんとのデートは、ご褒美だ」

鉄太郎が扇子で浴衣をめくった胸元に風を送りながら言った。

「貴方の孫の仕業でしょーが」とにかくいろいろ文句を言いたかったが、眠っている間に言いたい事など忘れてしまった。

「まあ、正嗣君の推察どおり、おれは戦前『隠(オニ)』に所属していた。スパイだったんだよ」

唐突に、鉄太郎が白状した。正嗣は縁側の隣に腰掛けてから言った。

「調べたかったのは、スイス銀行最大手バウムガルテン銀行の重要顧客。世界中を戦争に巻き込んだ『巨大なお金の流れ』ですか?」

「御明察」

鉄太郎はほう、といたく感心して正嗣を見た。

「70年以上前のスイス銀行の警備なんておれにはちょろいもんだった。名簿を見て驚いた、というよりはやっぱりか、という気持ちだったよ。

ユダヤ系アメリカ人やフランス人の富豪、イギリス貴族、ナチスドイツの幹部から日本軍の高官…関わってない国はほとんどないくらいだった。

さすがは永世中立国。本当のしたたかさ、とはこういう事なのだ。とおれは思ったよ。でも日本人の性質では完全にスイスの真似は出来ない。

おれは経済官僚だからね、日本の行く末が手に取るように分かるんだよ。
このままじゃ、祖国は欧米列強に食い荒らされる、とね。軍部を前に頑張ったつもりだけど、駄目だったよ」

「あなたは、任務のために令嬢のフロールさんに近づいた訳じゃない。と私は思います。仕事に女性を利用するような人柄じゃない」

確かに、と鉄太郎はフロールとの駆け落ちを思い出してくすくす笑った。

「確かに妻との縁は恋愛から始まったものではなかった。

俺が急いで祖国に帰ろうとする数日前、フロールがホテルのおれの部屋を訪ねて来たのさ。

私をヨーロッパから連れ出して下さい、とね。

彼女も、自分の実家がやっている事のおぞましさに耐えられなくなっていたんだ。

顧客がユダヤ人狩りに次々に遭うと預金はそのまま銀行のものになるからね。

苦労するけどいいのか?

とおれは聞いた。覚悟の上です!と答えた彼女の目は義憤で燃えていたよ。

うん、あの時からおれは、フロールに惚れたのかもしれない」

「ええ話ですなー」

「ロマンスや」

と無駄口をたたく佐伯兄弟(空海と真雅)に正嗣は不意打ちのように問うた。

「そこの坊主兄弟、あなたたちは8月8日の夜から嘘を吐き続けていましたね」

「ほう、どんな嘘を?」

空海が小さく笑って正嗣の方を向いた。

「光彦から葉子ちゃんの手術直後の話は大体聞いてます。

まず、野上聡介と榎本葉子は、この星の種ではない。これは、真実です。

あの場で嘘を吐いたのは精神科医の真雅さん、あなただ。

聡介先生は二重人格、とわざと言いましたね?スサノオの存在を秘匿するために」

「わしの患者は聡介とスサノオはんの両方です。スサノオはんの望みで守秘義務を守っただけや」

付け合わせのしょうがを残してピーナツ豆腐を平らげた真雅は、決して悪びれない。

「それと空海さん。あなたは琵琶流しをして聡介先生に退行催眠を行い、あたかもスサノオは聡介先生の前世であるかのように思い込ませた。でしょう?」

「つまりはスサノオを隠すために二重に嘘を吐いた訳だ。ミステリー小説でいうところのミスリード。
真犯人をそらすためにわざと関係ない登場人物に怪しい動きをさせる。アガサ・クリスティがよくやる手法だ」

鉄太郎がぱちん、と音を立てて扇を閉じた。

この坊主兄弟は二連続ミスリードを仕掛けた…

「あなたたち、聖職者のくせにすんごいワルですね」

正嗣はぬるくなった麦茶を一気に飲んで大きくため息を吐いた…。

「ほうか、なあ兄はん」

「うむ、お互いワルよのう」

と昔の時代劇の悪代官のようなセリフを吐いて、佐伯兄弟ははっはっは、と空々しく笑った。

かなかなかな、と蜩(ひぐらし)が兄弟の笑いに呼応するかのように、鳴いた。



翌日の昼、新潟の南魚沼の隆文の実家でコシヒカリレッド魚沼隆文と、妻美代子の結婚式が執り行われた。

親族席の横に戦隊の仲間たちの膳が用意され、男子メンバーは全員黒の紋付羽織、きららは成人式の時以来の深青地にお花模様を染め付けた振袖姿で畏まっている。

やがて、金屏風の前に角隠しに菊のかんざしで頭を飾り付けた美代子。白地に菊と紅葉模様の見事な文金高島田の花嫁姿であった。

小顔で、奥二重でいわゆる和風な顔立ちの美代子には白塗りの化粧が良く似合った。

続いて、美代子の美しさの誇らしさ半分。慣れない正装で照れくささ半分でぎこちない表情をした隆文が入場する。

「おいおい、新郎がガッチガチだぜ」

と聡介が悟に気軽に話しかけた。

「懐かしい感じの結婚式だね、うん、悪くない」

「サトルちゃん、あんた真理子さんの花嫁姿想像したでしょ?」

蓮太郎が悟の心を見透かすように言った。

やがて家族親戚たちの口上も終わり、隆文も緊張がほぐれた頃、聡介が「ひと指し舞う」と立ち上がった。

「教えた通り『白扇』、ちゃんと舞いなさいよ」

と背中を押す蓮太郎に

「いや、青海波でいく」

「え、本番で変更?」

と慌てる舞踊師範蓮太郎を置いて聡介は扇を手前に置いて座の中央に正座して一礼し、

扇を広げ、軽やかにくるり、と回ってから唄い出した。


神代より光り輝く日の本や

干珠満珠の世がたりを今に伝へて陸奥の千賀の塩がま煙りたつ霞に明けし松島の

眺めはつきぬ春の日の潮の干潟をゆく袖にうつす薫りも懐しき梅の花貝桜貝


ほう、と新郎新婦の親族たちも男っぷりのいい聡介の舞い姿に酔いも忘れて魅入った。

だが、常人に見えないものを見ることができるミサンガを付けた戦隊の仲間たちには解っていた。

聡介にいきなり青海波を舞わせた人物が、古語で海の王、という名の素戔嗚であることを。

聡介は長い銀髪をなびかせて、高天原族に変身して舞っていた。

仲間たちにだけは、そう見えるのだ。

ああ、お調子者のスサノオさまが前に出て来たべな…と

「海の王が青海波を舞ってくれるなんて、最高のご祝儀だべ」

との隆文のつぶやきが、花嫁の美代子には何のことか分からなかった。

隆文さん、少し酔ったんだべな。と思った。


波も静かに青きが原をなかにひかえて

住吉と名も高砂の夫婦松雪にもめげぬ深みどり栄ゆく家の寿をなほ幾千代も延ぶるなる

直ぐな心の清元とめでたく祝ふ泰平の君が余沢ぞありがたき


君が余沢ぞありがたき 君が余沢ぞありがたき

と座敷の男たちも青海波の大合唱である。


やれめでたや、

私が名付けし葦原中津国から婿の大国主が新たに名付けた豊葦原瑞穂国の民よ。

まことの清廉さと優しさを持った愛しき民たちよ。

お前たちはいつも、最悪の斜め上を行く災難をいくつも乗り越えて来た。

これからどのような世になるか、私にも分からぬ。

だが、せめて今は

若い夫婦に言祝ぎを贈ろうではないか!


豊葦原瑞穂国、終わり。次章「東京」へ。

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