電波戦隊スイハンジャー#53

第4章・荒ぶる神、シルバー&ピンクの共闘

そうだ、京都いこう3



衝撃だった。とにかくその時あの場のいた人間は、身動きひとつ出来なかった。


一瞬にして起こったのは、圧倒的な暴力と破壊。


そして大人げないパワハラであった。


山梨県にある勝沼酒造生化学研究所で密かに行われた某人物の体力測定で、全機器が「測定不能」を表示しアラーム警報を鳴らした。


つまりそれ以上やっちゃうと壊れるぞ、という事である。


修理代請求を恐れた被験者は、壊す前に測定を放棄した。


だが、最後のパンチ力測定で被験者はキレちまったのだ。


ボクシングバンダム級チャンピオンのパンチ力は、約400㎏。プロのキックボクサーのローキックで、約1200㎏。その攻撃に耐えられる固定式パンチ測定器を、被験者は右ストレート1発で粉砕した。


砕け散った機器の先にははめ込み式の防弾ガラスに守られた白衣姿の2人。


研究所長勝沼悟と、研究主任西園寺真理子。


被験者野上聡介の拳の3メートル先で、悟はくわえ煙草のまま直立していた。悟の顔面あたり中心にガラスは放射状にひび割れて、直径10センチ位の穴が開いた。


風圧で火の消えた煙草が、縦に裂けた。


フィルターまでも裂けて、悟の唇の直前で斬撃は止まった。


「スウィングチャクラム縦裂きバージョ~ン☆」


ぴゅーっ、と聡介は口笛を吹いた。


悟はバランスを崩しながら数歩後ずさって、壁に背中が付くとそのままずるずると座り込んでしまった。


悟の首筋から冷や汗が滝のように流れて白衣の衿を濡らしているのを隣の真理子は見た。そういう自分も、やっと体に震えが来ている。


「ご婦人の前で煙草吸うなよ、ヘタレ」


それが、キレて悟にパワハラした彼なりの理由らしい。


が、やりすぎにも程がある。と隣室のモニターで見ていた藤崎光彦少年は思った。


裸の上半身に無数の計測用パッドが貼られているのを、聡介はいやいや振り払うように剥がした。


そして片頬だけの冷酷な笑み。


世間では「したり顔」というのだろうか。


 黒のスパッツを穿いただけの姿で聡介は裸足ですたすた防弾ガラス窓の右横の扉のドアノブに手を掛けた。


鍵がかかっていたのでドアノブを強引に回して引きちぎった。扉を開けた聡介はドアノブを床に置いて真理子の前に立った。185センチの聡介の長身が、もっと巨大に見えた。


「ひ、ひぃっ!」真理子は咄嗟に持っていたバインダーで頭を覆ってその場に屈み込んだ。


「真理子さん!」腰が抜けた悟は上半身だけねじって精一杯真理子の方に手を伸ばす。


「やっぱり恐いか…」


彼が起こした破壊行為とは全く正反対の消え入りそうな声だった。


え?真理子は震えながらも勇気を出して婚約者を危険にさらした青年の顔を、直視した。


灰色とは実に寂しい色だ、と真理子は聡介の瞳を見ながら思った。


「真理子さんだっけ。どうしてあんた、あんなエゲツない奴が好きなんだよ?ずるいよ」


じーっ…と聡介は、27才にしては可愛らしい真理子の顔を覗き込んだ。


そして彼女の傍に転がったプラスティックの試験管を広い、ゴムの蓋を開けると半ばやけくそ気味に蓋に付属した綿棒で口の中を拭った。


きちんと蓋をした試験管を真理子の手中に置くと、こちらを睨む悟を見下ろして、吐き捨てるように言った。


「小便洩らさなかった事と、彼女を気遣ったのだけは褒めてやるよ。この検体を調べても何も出ないぜ。


…二度と俺をモルモット扱いするな。このヘタレ!」


最初は測定に協力したくせに、このワガママ男…


と他の戦隊メンバーたちは思った。



が、正嗣はひとり計測室に入り、聡介の裸の肩に手をかけた。


「帰りましょう、先生。どうせ我々異端の者の気持ちなんて、セレブの人たちには解ってもらえないんだ」


正嗣のタッチで、聡介の筋肉の緊張が緩んでいく。反省してる少年のようにしょんぼりしている、と正嗣は思った。


「野上先生ほどじゃないですけど、ヘンな能力持ちの私でも今日みたいに検査されまくって名前を持たない『被験者』扱いされたらキレたかも。


…勝沼さんと西園寺さん、あんたがたは驕慢《きょうまん》です。何も結果を出せないくせに!」


正嗣の表情に一瞬だけ白衣の者たちへの嫌悪の色が浮かんだ。


人格者だと思ってた正嗣にそんな顔をされたのにはさすがに悟もこたえた。


僕は、間違ったのか?


測定室を出る聡介の後を、正嗣がついて行った。


「サトルさん、大丈夫ですか!?」うなだれている悟に真理子が駆け寄った。


心しておくよ七城先生…


真理子にも聞こえないような声で悟は呟いた。



すわ、スイハンジャー決裂の危機だべ!


と家庭持ちになってやっと「リーダーとしての自覚」に目覚めた隆文が聡介と正嗣を2時間かけて説得して、解散の危機は免れた訳だが。


たった数日前の事であるが、今目の前で自分に数学を教えてくれている青年医師と、鬼神のような破壊力で測定器を粉砕した男が同一人物とは到底思えない。


夏休みに入ってから光彦は連日聡介の家に勉強を教えてもらいに行っている。


実は正嗣が個人的に、聡介に頼み込んだのだった。


「県内模試トップ、全国模試もいい線いってる。この成績を維持できれば第一志望の高校には受かるでしょう。だけど私が心配してるのはその先なんです」


「光彦の第一志望って俺の母校かよ。でも言いたい事は分かるぜ。地方のトップは、進学校では普通の子…特に理数系の科目についていけなくなっちゃうんだよなー」


「そこで全国模試トップクラスで医学部に合格した野上先生にお願いしたいんですが、光彦を医学部に受かるレベルになるまで鍛えてやってくれませんか?」


「え、なんで俺の情報知ってんの?」


「初めてお宅にお伺いした時にお姉さんの沙智さんとアドレス交換しました。医学生時代は家庭教師のバイトで随分お稼ぎだったそうで」


「えーっ、サチ姉が!姉貴はどこまで俺の情報垂れ流したんだ?」


「実は『弟は見かけの割に恋愛下手でモテない』と相談されてます。それ以上はちょっと」


と正嗣は素知らぬ顔で聡介が淹れたコーヒーを飲んで薄いですね、と言った。


温和そうな顔してるくせに抜け目ないやつ、と聡介は思った。


でも毎日のよーに参考書持って「勉強教えて」とやってくる光彦を、つい可愛く思えてしまうのだった。


「懐かれたわね、あんた意外と面倒見がいいから」と姉の沙智は言った。


あんたは肥後もっこすなのよ。とも。


「どこが肥後もっこす?」


「最初は他人にはとっつきにくいけど、一度信頼関係が出来ちゃった相手にはめちゃめちゃ甘くなるところ。気が向いたら教室の子供にピアノやバイオリン教えてるじゃない。

家事もできるし『いいお父さん』になる条件揃えてるんだけどねー…」


そう、いいお父さんになる以前に「いい彼氏」になることがどうしてもできない。


高2の頃から女性に言い寄られちゃー仕方なく交際し、大抵3か月か半年で一方的に振られる。


しかも相手は年上の女性ばかり。


振られる度に姉に「何でなんだろう?」と愚痴るのだがサチ姉は


「あんたはひねくれマザコンだからよ」


と突き放すように言ったものだった。


マザコン?いやむしろ俺は…



「野上先生。出来たよ」


高校の数学問題を解いた光彦が、ノートを机に広げて待っていた。


「あ、ああ」聡介は光彦が解いた数式を添削した。3問とも正解。


「やるじゃないか。けっこうひっかけ問題出したつもりなのに、ケアレスミスもない」


ノートに大きな花丸をつけて聡介は返した。


「でもセンター試験の必須科目ってこんなに多いのかってオレ内心ビビッてるよ。教科書からしてぐっと難しくなってるし。高校生って大変なんだね…」


「プラス部活もあるぞ。キミは国公立医学部のお受験をするんで・しょ?」


ぽん、と数Ⅰの青本で聡介は光彦の頭を軽くたたいた。


「はあい、反復練習しまあす」


少し疲れた声で光彦は答えた。


まだ頭の中ではさっき解いた数式がぐるぐる回っているのだろう。


「根詰めたから一休みするか…アイスコーヒーでいいか?」


コイツの飲み物にはシロップたっぷり入れてやるか、と思って聡介が立ち上がった時


Death on two legs!


フレディの歌声で聡介のiphoneが鳴った。


「おー久しぶりじゃないか。どうした?急に電話入れるなんて…」


光彦は聡介の電話での会話の様子を聞いて、相手は女性なのかな?と思った。


今は彼女いないつってたから元カノとか。


あんなにハンサムで医者なんだから、モテまくってたに違いない!と光彦は勝手に決めつけていた。


きっと獲っちゃ食うように女遊びしてたんだ。うん。


4,5分のやり取りで電話は切れたが、困ったように聡介は光彦を振り返る。


「なー光彦ぉ、お前今度の土曜ヒマか?」


「夏休みの中学生は暇だってば」


あ、そういえば狩野ちゃんと会う約束してないな、と光彦は思った。


「結構遠くなんだが、今の俺とお前には関係ないよな」


聡介は自分の右腕に巻かれた変身アイテム「神蛇のバングル」。


光彦の右腕には小人の松五郎こと住江少彦名という小さな「神」から貰った麻のミサンガが巻かれている。


そうなのだ。2人はこれで瞬間移動できるのだ。


「で、どこいくの?」


「サイフはあいつ持ちだから遠慮なく遊ぶか…」


聡介は意地悪そうににぃっと笑った。


サイフがわりの元カノ?なんて悪い男だ…と光彦は中学生特有の豊かすぎる想像力のフィルターで灰色の髪の青年を見た。


「そうだ、京都行こう」


とどっかのキャッチコピーのようなセリフを聡介はのたまわった。












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