電波戦隊スイハンジャー#46

第三章・電波さんがゆく、グリーン正嗣の踏絵

エピローグ、夢の都

2013年7月16日の午前中に、サキュパスに破壊されたHondaスーパーカブの代わりの新品スクーターが泰安寺に届けられた。

もちろんササニシキブルー勝沼悟のポケットマネーでである。

住職、七城正義は新しいスーパーカブに「たんぽぽ2号」と命名した。

「七城先生のお父さんってちょいちょい面白いキャラですねー。愛車に『たんぽぽ』って名付けたり、息子に黙ってブログ書いてたり…」

7月17日、夜9時。東京下町根津にあるバー「グラン・クリュ」。

小岩井きららは悟が作ったカルピスマッコリが気に入ったようでハイペースでぐいぐい飲んでいる。

その横でちらちら琢磨が「大丈夫ですか?そんなに飲んでて」ときららに声をかける。

店員、魚沼隆文はニラのチヂミを焼きながら琢磨の心境を推し量っていた。

酔いつぶれたら介抱してあげますよ、だべか?

それとも、今夜はイケそうな気がする~。だべか?あると思うべか?

どっちだ?

「い、いやいや、戦隊内恋愛は禁止だべよ!」

はあ?と琢磨ときららはカウンターごしに呆れて隆文を見た。

「いやいや、『鳥人戦隊ジ〇ットマン』(トレンディブームに乗っかった問題作)はお子様が見ているにも関わらず、ドロドロの恋愛劇だったじゃん。自由恋愛面白いんじゃな~い?」

後輩の新人店員、越智巽(遠小角)は、琢磨が頼んだ黒ビールのジョッキを注ぎながら陽気に声を張り上げた。

とても3日前、内臓破裂の重傷を負ったとは思えない。液体カプセルに2日寝てたら全快した!とオッチーは言った。大天使たちが持ってきた200年先の医療技術って、本当にすごい。

そして、それをたった5年で習得してしまった野上先生の頭脳と技術力、ずば抜けた戦闘力…変身してなくても真空波を使えるっていうじゃないか!

一番の謎は、野上聡介という男かもしれない。

と店のマスター勝沼悟は、シェイカーを上下に振りながら思った。

「オッチーさん、すっかり回復したべな。オヤジ狩りに遭って怪我するなんて、東京は物騒なとこだべー。夜道には気を付けるんだよ」

とレジで会計を済ませた柴垣さんがオッチーを気遣って言った。すっかりミカエルに記憶を書き換えられてしまってるようだ。

奥座敷でキャスケットに作務衣、黒縁眼鏡という「桂〇枝コスプレ」に身を包んでいる空海は、全快したというのにラムネ瓶をもてあましたまま落ち込んだ様子だった。

「どうしたんだべ?真魚さん(空海の本名)今夜はオッチーさんとあんたの快気祝いだべー。んな景気悪い顔してー」

隆文がこんにゃくステーキの皿を空海に差し出して、奥座敷に入った。

小柄な空海が、体育座りしてしょぼんとしている。拗ねた子供、といった絵面だ。

「ほれ、なんちゃって肉料理だべよ。元気ねぇなぁ、野上先生に腕へし折られたんがトラウマになっただべかー?」

それもある、と空海は素直に認めた。

「(ぼそぼそ)…じゃ」

「は?」

空海は急に立ち上がり、ぷるぷる震えながら奥座敷に直立した。

「実は…実は、カプセルで寝てる間に、祇園祭りの山鉾巡業見損ねたんじゃー!!方向転換の『どっこいしょ』が見れなかったんじゃあっ!!」

んな話題のドラマ見逃したみたいに。

こいつ、あほだべ。と隆文は思った。

「本当にこの人、日本仏教界のカリスマなんですかねー。門徒さんがこれ見たら、信仰捨てたくなるんじゃね?」

むせび泣く坊主を琢磨は冷たく見下ろした。

「ルリオくんが言ってたマザコンって本当のことかもー、きゃはは!」

酔いが回ってきたきららが、急に空海に歩み寄り、彼の懐のスマホを奪った。

「な、何をするっ!?」「えーと、グループ家族…」どうやら空海の電話帳を調べているようだ。
急に、きららが指の動きを止めた。

「え、え、ままりん?『母親』じゃなくて?『ままりん』で登録してるぅ!?やだ、ガチにマザコン…」

「あーもー、酔っ払いは予想付かんのー!!ままりんはままりんじゃ。どこが悪い?ああっ、全員ドン引きするぅ!?」

「わめくな、マザコン」とオッチーがぴしっと空海を叱りつけた。

「月に9回も母親に面会に行く出家者が他にいるか(史実である)、マザコン。

おまえが唐から帰ってきた時はさー、お、逞しくなったな、って思ったけど…やっぱり真魚くんは、情けねぇ奴だな」

次元大介の声マネでオッチーは空海をせせら笑った。

きららと隆文と空海がスマホを奪い合う様子を見て、琢磨が悟に向かって呟いた。

「束の間の、平和ですかね?しかし七城先生に、あんなヘビーな過去があったとは意外でしたよ。やっぱり人に歴史あり、ですね」

「ああ、子供の頃のいじめと、7年前のホスト殺害事件が繋がってたって事ね…」

それよりも僕はカリスマホスト『幸村』と七城先生が旧知だったって事が驚きですよ。

真田広海こと『幸村』。ちょうど7年前に六本木に進出し、ホストクラブ「アルフィー」を拠点に、クラブ、キャバクラと都内に系列の店を増やし、「夜王」と言われた男じゃないか。

2年前に後継者の清盛に事業を譲り一線からは引いたが、今でも夜の街での彼の影響力は大きい。

坊さんの七城先生と、「夜王」幸村がねえ…まったく、人の縁とは|奇(くし)なるものですよ。

「ねえ、どうして七城先生と野上先生、快気祝いに来なかったのかしらー。うー、お水ー」

きららがカウンター席に戻り、真っ赤になった頬を水のグラスで冷やした。

「急ピッチで飲んだ上にはしゃぐからですよ。ほら、冷たいサイダー。…そうですねえ、人間30年生きてれば、よそでたそがれたくなる時もあるんですよ」

悟は自分の前の、2つ空いた席を見つめて言った。

まったく、人のえにしとは、にえなるものですよ。

京都に戻った泰範は、東寺のお堂に居た。

実はこの泰範、東寺が真言宗のものになった頃からの定額僧である。

死しても1200年間、東寺の「主」としてあまたの修行僧たちと、密教の信仰を見守って来た。

完全な闇の中、泰範は思ってくすりと笑った。

たまに下界に下りると、とびきり面白い経験をするものですねぇ…。

そして、立ったまま手印を結び、何やら真言を唱えると眼前に光の鏡が現れた。そこに映るのは遥か遠く、屋久島の巨木の前に立つ2人の青年。正嗣と、聡介である。

2人ともナップザックに夜食を詰めて、正嗣は酎ハイ、聡介はコーラを飲みながらいろいろくっちゃべっている。

単なる男2人のプチキャンプなのだが、尋常でないのは、縄文杉を取り囲む木霊の光である。

「サキュパスと戦ってる時他のメンバーが遅れたのは、この木霊の光が見えなかったからなんですね。私は生まれつき霊力があるから見えますが…

霊感が無いというのに木霊が見えるって聡介先生…あなたは、何者なんですか?」

けっこう重要な質問を、正嗣は実に自然に言った。

正嗣の顔をじっと見た聡介は、足元のこぶし大の石を拾い上げるとやおらにぐしゃっ、と握りつぶした。右手の中で石はさらさらした粉末になった。

「じいちゃんの、野上鉄太郎の血を引く者はみんな少しずつ変わってるんだ…親父や叔母みたいに音楽的に飛びぬけた才能あったり、兄や姉、姪っ子みたいに学力あったり…

じいちゃんと同じ、怪力すぎるんは俺だけだ。

3つの頃からだよ…鉄太郎じじいは、俺が3つの頃から合気道はじめ色々な武術を叩き込んだんは、俺を強くするためじゃない。

強力すぎる俺の力を、コントロールさせるためだ。常人と同じように抑えるため…」

聡介は展望デッキにどかっと寝っ転がって、木霊の緑色の光に輝く縄文杉を見上げた。

「お袋は俺が3つの時に家を出て行ったよ。

親父が病死したりでいろいろあったみたいだけど、おおもとの原因は俺のこの『力』を持て余したんだろうよ…

思ってしまっていいぜ、『こいつは人間じゃない』ってさ。」

聡介の横顔が、寂しそうに笑った。ように正嗣には見えた。

「今日17日は、タケヲの月命日なんですよ」

2人の間には酎ハイライムのグラスと、一枝の鬼灯が添えてあった。鬼灯、古代中国では「死者を導く灯」と呼ばれる。

「それで酎ハイライムのグラス置いてんのか?陰膳ならぬ陰杯か…なぁ、あんた霊感あるならそのタケヲの魂やら霊やらに会った事はないのか?」

寝ころんだまま聡介が訊いた。ないですねぇー、と正嗣は答えた。

「一度もあいつの気配を感じた事はないです、向こうが会いにくいのかな」

「それにこういう夜は、幼なじみの優作くんとやらと過ごすべきなんじゃないか?俺みたいに出会ったばかりの男じゃなく…」

「今はなおさら、ないです。だってあいつの嫁さん、妊娠6ケ月でめっきり友達づきあい悪くなったとだもん」

この時だけ正嗣の語尾がしぼんだのが聡介にはおかしかった。

「そりゃー付き合い悪くなるのは当たり前だ。独身男のヒガミ入ってんぞ…って、じいさん今夜はだんまりかよ。せっかく好物の阿蘇のご神水持ってきたのに…」

じいさん、と聡介が読んだのは、齢8000年とも呼ばれるこの国最古のご神木、縄文杉にである。あ…と正嗣が声を漏らすのを聞いた。

木霊の光の集団からひとつの白い光がふわり、と飛んできて、酎ハイライムのグラスを包んだ。

木霊の仲間か、気まぐれに来た魂か、それとも。それとも…

正嗣の表情は、泣きそうなのか、笑いそうなのか。聡介には判別がつかなかった。

俺は医者だ。この世の出来事はすべて実証と、反証と結論。で成り立っていると思っていた。

心霊、幽霊、不思議、怪異、前世のつながり求める系…つまり、『電波』なことのすべてが嫌いだった。

詳しく言うと、確かでない事に妄想を抱きおののき、何の保証もしてくんない神仏にぬかづく人間の弱さが、大っ嫌いなのだ。

だが、正嗣と一緒に戦ってみて初めて知った。

人間は、理性と強さだけでは生きられないのだということを。

霊魂?ふん。鼻で笑ってやるよ。

でも、今夜だけは、正嗣の前でだけは…

信じてやろうじゃないか。

グラスに降りた光が、聡介の灰色の髪を照らし、聡介の髪が銀色に輝いているように泰範には見えた。

これはこれは、と泰範は驚きのため息をついた。

正嗣はん、莫逆の友を得たようですな。

私も佐伯真魚こと空海阿闍梨に出会って、懊悩の闇から救われた。

出会いが人生を変えることもあるのですよ。

最澄と決別した夜、空海と二人きりでこっそり話をした。

「なあ泰範はん、所詮、仏法とは、信仰とは、道具や」

空海のあまりの発言に泰範は度胆を抜かれた。他に聞いてるもんがおったらこの方は島流しや!

「唐に二年おってつくづく思うたわ。教えとは、王や偉いもんが下々の民を従わせるために作ったものや。
この国の皇家はんも、飢え苦しむ民の怨嗟を黙らせるために仏はんが救うてくれるいうて仏法を広めた。

仏教伝来から数百年経ち、都には寺や坊主がぎょうさん増えた。

しかし我々坊主は、皇家や公卿たちにとって所詮道具でしかないのや。

わしはなあ、泰範はん。坊主にしかやれんでっかい事やろう思うてんのや」

ここだけの話やで。空海は僧衣の袖で顔を隠しくすくす笑った。

「その事とは?」

「日の本全土を、祈りの聖地にする」

空海の目が炯々と光った。

「人、物、精神を大事にする、という信仰の本当の意味がこの国じゅうに広まれば、人々の心に畏敬が生まれ、今後数百年は日の本はもつかもしれへん」

それは野望ともいえる、空海の壮大な「夢」だった。

「せやねえ、まず、産土の神はんと対立せんように一緒に拝み倒したるか。神社と寺を合わせて…

そうや、熊野の山岳信仰を手本にしようかのう。それにはやはりまず、京の都を拠点にせねばなるまいよ」

いわゆる神仏宿合思想というのは仏教伝来の初めから生まれていたものかもしれないが、庶民信仰の場で実践したのは、弘法大師空海が初めてであろう。

お大師はん、あれから1200年も経ちましたよ。日本は、まだまだなんとかもっています。

手印を解いて光鏡を消した泰範は、お堂の蝋燭に火を灯した。

そこには大日如来を中心としたあまたの如来、天、神の世界、立体金剛界曼荼羅の像が淡い光の中で息をひそめている。

さあさ戦隊のみなはん、弘法大師の作りし、夢の都へいざや。

ふっ、と蝋燭の灯が消えて、辺りは完全な闇になった。

正式に空海の弟子になった泰範は、その後高野山の開設に尽力し、空海の死後も、後継者の実恵を生涯助けたといわれる。

泰範。近江の国の生まれ。没年、不詳。

第二章 電波さんがゆく終、三章「荒ぶる神」につづく

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