電波戦隊スイハンジャー#62

第4章・荒ぶる神、シルバー&ピンクの共闘

ミレニアムベイビーズ3


東寺。またの名は教王護国寺。教王護国寺という名称には、国家鎮護の密教寺院という意味合いが込められている。

延暦15年(796年)創建とされ、20数年後の弘仁14年(823年)、真言宗開祖空海は嵯峨天皇よりこの寺院を給預された。

この時から東寺は真言密教の根本道場となった。

平成6年(1994年)12月、「古都京都の文化財」として世界遺産登録。


五重塔入口から5メートル離れた地面の上で泰範は苦痛でまさに気絶しそうであった。

顔面の右半分は火傷で焼けただれ、墨染めの衣から黒煙がけぶっている。通りすがりに不意打ちの攻撃を喰らったのだろう。

「泰範!」


空海は五重塔前に到着するとすぐに倒れた彼を見つけ、駆け寄った。


怨霊からの次の攻撃除けのために真雅が手印を結び周囲に半球状の結界を張る。


空海が愛弟子を抱き起すと、泰範にはまだ意識があった。息が浅い。肋骨を数本折られたな、と空海は思った。


「あぁ、お大師…」咄嗟に庇ったため無事だった顔の左半分をくしゃくしゃにして、泰範は涙を流した。


「もう…なんで…祭りの間…東寺に寄ってくれんか…ったんでっか…同じ京にいといて…」


泰範は半月ぶりに逢えた師匠の胸の中で法悦の笑みを浮かべた。


緊急事態だが、さすがにこの光景には真雅もドン引きしてしまう…。


真如(高岳親王)が言うとったな。泰範はんはお大師に『惚れている』んだ。だから弟子の中で一番お大師に尽くすのは泰範はんなんや、と。



「あまりしゃべるな」優しく空海が声を掛けると、ちがう!と泰範は師の衿を強く掴んだ。


「結界…張ったのに…このザマなんです…真…雅はん…気ぃつけて」そこまで言うと泰範は、眠るように気絶してしまった。


「なんだと!?」天台と真言両方の密教を極めた泰範の法力は、弟子の中でも3本の指に入る。泰範はんの結界が破られただと?


「来るぞ真雅!!」3人の僧の上に、漆黒の影が覆いかぶさった。


それは、黒い霧に覆われた2メートル位の人型だった。目の部分だけが赤く光り、頭部から十数本の触手らしきものが蜘蛛の脚のように屈曲しながらこちらに探るように蠢いている。


確かに気持ち悪いな。兄上の言う通りや、内蔵がぞわぞわする…。


怨霊はいきなり手をかざし、両手から火焔放射を何本も浴びせかけた。



炎の束が大蛇(おろち)のように3人を守る結界を押し包み、中の者たちを灼熱で燻る。泰範の結界は破られたのではなく、熱が強すぎてダメージを受けたのだ。




十分痛めつけて炎が消えた後、烹殺したと思った3人の僧たちは、全く無事だった。結界の膜が数倍ぶ厚くなっている。怨霊は、確かにたじろいでいる。


「×5…結界を5重にしたら熱を防げるようですよ。兄上」


「よくできました、真雅。短時間で何種類も印を結べましたね」


真雅は袖で隠した両手で素早く何度も手印を結んだのだ。


空海は泰範の体を横たえて立ち上がり、教師が生徒を誉めるような調子で弟の剃髪を撫でた。


実はこの兄弟、年の差は26歳。空海にとってはもう息子みたいな存在だ。


真雅は済まなそうに泰範の姿をちら、と振り返り見た。



「すんまへん泰範はん。やっぱり法力の強さは佐伯一族の『血』なのかもしれまへん。弟子の中で法力一番は、甥の智泉、二番は、私です…」


なでなでしていたその手で、ぼこん、と空海は弟の後頭部にげんこつをかました。


「あだっ!」「まだまだ修行が足りん。すぐ調子に乗るのも佐伯の血筋。第二波が来ますよ!」


怨霊の頭部から伸びた触手が蟷螂の斧の如く結界の中の真雅の頭部を狙う。


がきぃん!!と高い金属音が鳴り、結界から飛び出した空海の錫杖が激突の衝撃でびりびりと震えた。


怨霊の足元の地面には、切断された髪の毛の一束が落ちていた。白と黒のマーブル模様の髪の毛。


「…面白い」と先に口を開いたのは空海だった。


「髪の毛を硬質化できるのですね。あんたはん、黒い霧で姿隠してはるけど先月戦隊たちが戦ったサキュパスと似た形態のようや」


サキュパス、と聞いて霧の奥で怨霊はくっくっ、と笑った。


(あれはよく出来た作品だった…仕事も出来た、彼女の死は結構な損失だったよ)


「精神操作で26人殺したんを仕事と言うか…そうか、サキュパスは女の子だったか…可哀想に、殺戮のために生まれて…あんた、結社『プラトンの嘆き』やろ?」


再び、触手が空海の胴を狙った。だが空海の体は宙を飛び、五重塔の一段目の屋根に立った。


「兄上!」


「真雅、お前はそこで泰範を守れ。弟子の敵はわしが取る!」


高熱で溶けて歪んだ愛弟子の眼鏡を懐に入れて空海は宣言した。


(そうか、彼女からの最後のテレパス、マスタークーカイとはお前の事か…!)


怨霊の体が空海を追って宙を舞い、触手の攻撃を繰り返し空海を上へ、上へ、と追い詰める。


空海の方は体ぎりぎりで躱したり、錫杖で払ったり辛うじて攻撃を防いでいる。


「兄上、やはり戦隊を呼んだ方が…都の結界を破って力を使い過ぎとる、あと5分で仕留めないと!」


「それには及ばぬ!」とうとう五重塔の頂上の屋根まで来て空海は太い声で弟を制した。


「もうこいつの正体はだいたい分かる。所詮は霊体、サキュパスよりも弱い」



屋根の頂上から伸びる九輪を挟むように、空海と怨霊は正対した。


(弱い、だと!?ぬかせ!!)


再び両手から赤黒い炎を出し、空海を責めたてる。


が、空海は口元だけで笑いながら高く宙返りし、九輪をどんどん登っていく。


(クーカイ、逃げるだけか!)


怨霊は笑いながら空海を追いかける。


「く、かい?発音がおかしいで。わしを知らんとは、さては、大した仏教の知識もない外国人やな」


空海が九輪を登り終え、空中であぐらをかくと九輪の先にある炎の形をした金属の装飾を独鈷杵でこーん。と叩いた。


軽やかな金属音が五重塔の屋根に響き渡る。


「昔から、薬師寺の水煙が羨ましい思うとったが、これはこれで。家光はんが建ててくれたんやし」



装飾の名は水煙。炎の形をしているが、実は火災防止の願掛けで、水煙を模したこの装飾が五重塔の先端には必ず飾られる。


(休んでいる場合か!)


ここでとどめをかけよとばかりに全身を炎で包んだ怨霊が空海に抱き付いた。が、両手は空を掴んだ。


「馬鹿者、そっちは幻影よ」



遥か下、屋根の上にいた空海が槍投げの五輪選手も舌を巻く程の美しい姿勢で錫杖を振り投げ、怨霊の胸を貫いた。


そして、水煙から大量の水が迸り滝となって、怨霊の体に叩きつける。


「あんたの力は怨嗟の炎、東京で倒したマリス・フレイムと同じ炎や」


何故、自分は精神体なのに、この杖から逃れられない?怨霊は初めて受ける神通力に混乱した。


「その炎は、聖なる水でしか消せない。龍神カヤナルミ様程ではないが、5代目五重塔の力でも相当のものよ」


空海は片手に扇を持って大仰に構えた。


「さては水芸つかまつる」


水煙から噴き出た滝は、無数の水蒸気で出来た龍の形になり、五重塔の屋根全体を包んだ。


「この東寺の五重塔は、4度も火災で焼失してなあ、今ので5代目や…5度目の火災が無いように水の結界を張らせてもうた。


東寺はわしのテリトリー、そこでタチの悪い火遊びしくさって、可愛い弟子をホイル焼きにされたわしの気持ち分かるか?」


小さな水龍の2体が空海の両手に巻き付き、液体の手袋となる。



「仏族と戦うんは初めてか?ならその恐ろしさ、思い知るがいい!」


空海はマッハ3の速さで飛び上がり、怨霊の顔を掴んだ。怨霊の顔の熱で水の手袋がたちまち蒸発する。両手が蒸気で相当熱いはずだろうに、空海は、笑っていた。


「さあ正体を現すがいい、そのうっとおしい霧を剥がしてやる!お前の炎の熱に、わしの水攻め、どっちが強いか?さあ、さあさあさあ」


こんなにも美しく恐ろしい男は初めてだ…自分の内部が空海の法力による水でどんどん満たされ、溺れそうになる。


「ここにもう1つの『力』を加える」


(な…ん…だ…と?)


「古都京都といえども、所詮現代社会。PC、スマホ、家電、人間は電気漬けや。ちょーど京都駅も傍にある」


空海は怨霊の顔から手を離し、すぐに後ろに飛び退った。


「あんたを繋いどる九輪をアンテナにして、いっぱい電磁波集めとってなあ」


やっぱり空海は、笑顔だった。


瞬間、怨霊は内部から凄まじい熱と振動を受けた。自分を構成する分子が、すべて弾けそうになるほどの苦しみだ。


(ぎゃーあーあーあーあー!!)


「ホイル焼きのお返しは、電子レンジ蒸しや」


空海の目は、冷たく怒っていた。口元だけ微笑している。


時間にして3分か4分ぐらいだが、地上で待つ真雅には1時間以上もの長さに感じた。


早く、兄上…!


とうとう、怨霊からすべての黒い霧が剥がれた。背の高い男がうなだれている。ゼブラのような白と黒の長い髪をしている。


「成敗」


空海は男の髪を左手掴んで後ろに引き、相手の額を突こうと右手の独鈷杵を振り上げる。


男の顔を直視したとき、空海の動きに一瞬の躊躇いが生まれた。


…なんでや!?


それが空海にとって痛恨のミスとなった。途端に空海は、全身から力が奪われるのを感じた。


あかん、時間切れや…水龍の結界が解けて、男は、上空を向いた。

意識を取り戻したのだ。錫杖を自力で抜き、結界が解けた一点を目指して男の怨霊は京の空の遥か高くに飛び去った。


ミスったな。と空海は思った。


甘いな、とシルバー聡介に鼻で笑われるだろうな、とも。


そうだ、自分が甘かったのだ。事態はわしの予想をはるかに…空海の体は、五重塔から落下した。


「あにうえーっ!」


真雅は空中に飛び、小柄な兄の体を両手で受け止めた。


「言わんこっちゃない!だからはよ決めろと…」


空海は薄れゆく意識の中、弟にこれだけは、といくつかの指示をする。


最後に「休暇は取り消しや、『隠(オニ)』動かせ…」と告げると、そのまま昏倒した。


夜中1時過ぎである。


野上聡介は両目だけを開けて目を覚ました。


この感じ。この起こされ方は、前にも経験ある。


そうだ、知性の神、スミノエに起こされた時だ。


常夜灯に照らされた室内の中央に人影が3人、僧形だ。聡介は起き上がって枕元の電灯のリモコンを点けた。


1人の僧が、気絶した2人の僧を担いでいる。コイツ、知り合いの誰かに似ている…


「夜分起こしてしまってまことに申し訳ありません。空海の弟、真雅です。…急患です」


「患者は、空海さんと泰範さん!?何事なんだ」


聡介は驚いてベッドから降りると、自室のスライド書棚を開けた。


そこは未知の機器で囲まれた診察室である。


ここが未来の医療が結集された通称エンゼルクリニックかぁー、噂には何度も聞いたが。


「まるでリュック・ベッソンのSF映画みたいですねー」と真雅は正直な感想を述べた。


「フィフス・エレメントだろ?初めて見た時俺もそう思った」


診察室のデスクの上ではスミノエこと小人の松五郎が知性の神の証である「角」を天井に向けて眠っていたが、ただならぬ気配にがばっと飛び起きて「ああん?なにごとだべえー」と呑気な声を上げた。


やっと、松五郎の登場である。


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