電波戦隊スイハンジャー#217 常若に帰す

第10章 高天原、We are legal alien!

常若に帰す

そこが崖だろうと谷だろうと岩石転がる荒地だろうと

自分の目の前にあるものを全て無視して、

けーーーん!

と鳴いて飛び跳ねる巨大な白狐、葛葉くずのはが谷底の里の人々に九本の尾と桃色の肉球を見せつけてひらり、と舞い上がる。

それを見た人々は収穫の季節でもないのに葛葉さまが現れるなんて…葦原中津国の豊穣神ウカヒメが荒ぶっておられる!

何か大きな禍つ事の前触れでなければいいが。

と今しがた神の使いの白狐が通り過ぎた夜空を不安げに眺めるのだった。

「疾く行けえええぇー!」

と吼えながら葛葉の背にまたがり急かすのは建国者スサノオの長女ウカヒメ。

急がなきゃ、急がなきゃ間に合わなくなる!

外界から来た者の中からとてつもなく大きな存在が生まれそうな気配と同時に、

自分にとって一番大事な存在の気配が弱弱しくなっていのを感知したウカヒメは不安に駆られ、

使いの白狐を急かしながら自分が統括する国辺境の農作地帯から急遽、出雲の王宮へ向けて走った。

その頃、王宮の外では飛来した異星人、高天原族の王を宿した智持のお産が始まり、

夫のオシホミミと父親の思惟以外は「いても役に立たないから」と小人のハガクレに追い出された男たちが焚火を囲みながら神妙な面持ちでぽつ、ぽつと語り合っている。

「ねえおじい様、女王の譲位で生まれたばかりの赤子が王になるって…天照さまはいったいどういう御意思なんでしょうねえ」

「この国のことは外国とつくにの者であるわしはあずかり知らぬ。

が、無力な赤ん坊を王にする事で豊葦原族のやる事に直接関わらない御意思を示しておるやもしれんな」

と問答する二人は白髪に赤い目の青年と長い顎髭ををたくわえた仙人然とした老人は豊葦原族第二王子コトシロと、彼の母方の祖父の老神龍ラオシェンロン

二人はちょうど二時ふたとき(4時間)前に大津波が来ることを何百年も前から予知していたツクヨミに呼び出され、コトシロは逃げた山の奥地で、老神龍は鳥居の結界内であらかじめ龍体に变化し、スサノオとタヂカラオを助けるよう控えていたのである。

「え…じゃあお前が調印拒否して逃げたのって臆したからじゃなく最初っから全て狂言だったってこと?」

「はい」と微笑む弟の笑顔を前に兄のタケミナカタは…

全力を尽くしてタケミカヅチ将軍に挑み、盛大に放り投げられて負けたあの異種族間素舞勝負も、

全てはツクヨミ様と思惟どのの描いた筋書きに過ぎなかったのだ。

そう思うと隣でほぼ同じ事を思っているタケミカヅチと顔を見合わせ、脱力して同時に地面に寝っ転がって、
もう、飲まなきゃやってられん!

とばかりに二人で酒を酌み交わしたちょうどその時である。

ざっ、ざっ、ざっという足音と共に豊かな黒髪を雑にまとめ、白衣に荒縄の帯を巻いた荒々しい恰好をした妙齢の女性が橙色の焚火の明かりの中に入ってきてスサノオを一目見るなり、「お父様」と呟いて抱きつきスサノオは「来たな、家出娘」と受け止めてしばらく抱擁し合った。

スサノオと長女ウカヒメ、実に百年ぶりの再会である。

「一つの大きな存在が常世に生まれ出ようする気配を感じましたので馳せ参じました」

と言って丘の上の宮殿を見上げるウカにスサノオは
「たちまち宮殿が産屋に変わった。手伝うなら身を清めてから中に入りなさい」

とさきほどから鍋で沸かしておいたお湯を甕に汲んで娘に渡した。

近くの河原で身を清め、衣も変えたウカヒメが「我はスサノオの第一王女ウカヒメ。お産を手伝いたい」と戸を叩くと中から現れたのは自分と同じ年頃の銀髪銀眼の女だった。

「私は高天原族女官長アメノウズメ…なるほど、あなたオトヒコさまによく似てる」

「父様から事情は聞いた、お産を手伝わせて」

「あなた、ヒトの赤子を取り上げた経験はある?」

「過去に158人取り上げた。必ず役に立つ」

ちょうど良かった!ウズメはウカを即中に入れ、白い布に覆われた産屋と化した宮殿宴の間で天井から吊り下げられた紐に摑まりながら顔を真っ赤にしていきむ智持の傍に寄せた。

「智持さま、息を止め続けると気を失いますわよ!私の真似をして短く息を吸って!」

ウカが智持を背後から抱き留めてはっ、はっ、はっ、はっ、はっと呼吸をさせると失神寸前だった智持が意識を取り戻した。

「…過去のデータから分、娩…に至るまでの痛みの過程はデータに入っております…でも、痛いものはいったーーい!!」

と初めて体験する激痛に泣き叫びつつも断続的に呼吸することで痛みを逃がすコツを覚えたのはさすが思惟の最高傑作というところか。


「普段人工子宮から生まれる高天原族も自然分娩は700年ぶりで、私も医師団も人口生命体の自然分娩は初めてだから戸惑っていたの。ウカが来てくれて本当に助かったわ…」

高い文明や豊富な知識持ってても経験のないあんたら役立たず。

とウカはツクヨミ王女と高天原族医師団を一瞥したが、今は目の前のお産に集中するべし!

「伯母上、智持さまは我々豊葦原族とも高天原族とも違う種族のようですが…体の構造は私たちヒトの女性と同じっ!

赤さまの回転が中途半端な上、高天原族の特徴である縦長な頭部をもっているゆえ子宮口で引っかかっているのです。後はお任せあれ!」

と智持のお腹に手を当てたウカはぐりん!外側から胎児を半回転させる外回転術に成功し、ツクヨミと医師団はおー!と感嘆の声を上げ、

「臍帯(へその緒)が首に掛かっていない、凄い腕前です」

と智持の胎内と胎児を透視管理モニタリングし続けている思惟が畏敬の気持ちで成長したウカヒメを見た。


「尖った頭部をもつ故これでお産は容易い筈です。智持さま、私が合図したらいきんで下さいませ」

は、はい…と奥歯を噛み殺しながらうなずく智持は断続的に来る激しい陣痛の度に「今です!」とウカの指示を受けていきみ続けた。

夫オシホミミも智持を背後から抱きすくめて「頑張って!」と励ますことしかできないが、いてくれるたけでどんなに有難いか!


そして出雲の里に明け方の日が昇った時、

ほあっほあっほあっ、あっあっああ!

と元気の良い産声が王宮から響いて外オオクニヌシとスサノオをはじめ外で待っていた男たち、そして豊葦原族と高天原族の民を安堵させた。

「王陛下ご誕生、健やかな男子おのこでございます!」

王宮の入り口が開いて宣言するウズメを朝日が照らす。

こうして後々の世に

天孫ニニギ

と呼ばれる赤子が誕生した。

疲れて熟睡する智持の隣には銀髪の赤ん坊が薄目を開けて銀色の瞳でこちらを見ながらあくびをしている。

「よく頑張ったなあ…」

と妻の頬を撫でるオシホミミは智持よ、そして我が子ニニギよ、父はこの未知の惑星でもお前たちも守りながら生きるぞ!と決意した。

お昼近くに中に入ることを許された男たちはまずは大叔父にあたるスサノオ、その婿であるオオクニヌシの順に赤子を抱き、次に長年天照に仕えた元老長アメノコヤネが赤子を抱くと、

「これはこれは…ヒルメ様(天照の幼名)によく似た賢いお顔立ちをなされている」

と老いた顔に微笑みを浮かべ、
「オトヒコ様、これだけはお伝えしたい」

と次第に狭まる視界の中でほぼ自分と同年代になったスサノオを見つめた。

「あなたはワカヒルメの事でご自分を責めておいでのようですが私に恨みは微塵も無い。
むしろ制御できない力を持って生まれさせられた貴方を哀れに思っていましたよ」 

とかつて自分の妻を過失で死に至らしめた相手に向かって憐れみの言葉をかけた。

「ワカヒルメの命と引き換えに生まれた息子は成人し、一族はこの地まで逃れることができた。もはやなんの悔いもございま、せん…」

力を失ったコヤネの腕ごと天照はニニギを支え、

「今まで有難う、叔父上」
と最初で最後の肉親としての感謝の言葉をかけた。

その声を聞いて

ヒルメ様、ユミヒコ様、オトヒコ様、あなた方はもう大丈夫ですね。

と口元で小さく笑い、赤子を抱いた老いた忠臣は目をとざしてそのまま逝った。

高天原族元老長アメノコヤネ、享年7700才。

王陛下ニニギ誕生で笑い踊り合っていた二つの種族は元老長の突然の訃報にどうすればいいかわからず動きを止めたが、

「今日のこの日は宴を止めるな。という元老長どのの御遺言である」

とオオクニヌシの機転を利かせた宣言で皆宴を再開し、

左騎将軍タケミカヅチは手を取って踊る娘にウズメの面影を見つけたので酔いに任せて
「俺の妻になるか?」と求婚し、「はい」と即座に受け入れられたのでタケチカヅミは彼女を娶って子を成し、後の賀茂一族の祖となる。

右騎将軍タヂカラオは思惟からの情報で

昔宇宙の果てに放り投げた天の岩屋戸がこの島の東にあるというので探しに行き、

東国の地で焼け焦げた岩屋戸を見つけた後にその地の部族の娘たちと結ばれ36人の子を成した。

なお、生まれた子は皆一卵性双生児である。

こうして小角と琢磨に繋がる血は受け継がれ、高天原族は秋津洲に定住し一つの星に定住したら寿命が縮まる運命を受け入れた。

そして7年後、

一人の褐色の肌をした少年が出雲の国に降り立ち、森の中の切り株に腰掛ける老人に向かって「挨拶にきたよ」と笑いかけた。

地球ちだま降下以来ですな、薬師如来どの…」

肉体年齢80才のスサノオは剣を杖代わりにして立ち上がる力も無く

娘のウカヒメとスセリビメ、婿のオオクニヌシ、そして姉天照と月読、オシホミミ一家に囲まれて最期の時を迎えていた。

「約、束、通り…両手の瑠璃をお返し致す」

そう言ってスサノオが両腕に巻かれた革の腕輪を差しだすと片方に一個ずつはめられていた瑠璃石(ラピスラズリ)がひとりでに浮き上がり、如来の首飾りの定位置に収まった。

地球降下から2000年間、スサノオが力を制御して暮らすことができたのは制御装置に欠かせない瑠璃石を如来が貸与したためであった。

「よくぞ常世を生き抜いたな、また会おうぞ」

と言って如来はそのまま天に昇って去り、スサノオは最後の力で「姉上」と一振りの剣を差し出す。

「ヤマタノオロチの…尾骨から作った剣です。一振りで海を凪ぎ、空を割る強大な力を秘めている…これを、姉上に献上致します」

「解った、我がしかと預かった」

天照が両手で剣を受け取るのを見届けたスサノオはぐらり、と上体を揺らして姉の肩にもたれ

「後をよろしくお願いします」

と言い遺すと目を閉ざし、眠るように息を引き取った。

後に建速須佐之男命タケハヤスサノオノミコトと呼ばれるスサノオの3800年の数奇な人生がここに終わり、天照は受け取った剣と弟の亡骸を抱きしめたまま咽び泣いた…

それから時は経ち、天孫ニニギ肉体年齢10才。

川面に浮かんだ魚影を目視で確認するなりすっ…と川に手を入れて手のひらに迎え入れた魚を掴んで引き上げ、

「見て下さいおばあ様、初めてうおを捕らえることが出来ましたよ!」と
誇らしげに振り返って見せるといつも見守ってくれていた祖母天照は川原の岩から立ち上がって、

「一人で獲物を捕れるようになったらもう一人前だな」と笑うと「この肉体衰えてきた故しばらく隠れる」と言ってウズメの手を取り、森の奥に向かって去って行こうとするではないか。

「いつまで、いつまでなのですかあ!?」

急に不安になったニニギが川原に上がって駆け出し、二人の背中に向かって叫ぶと二人の女神は天孫を振り返り、

「ほんの5,60年くらいお休みになるだけのことですわ」

とウズメが言い、この星の生物周期に従って数十年おきに生まれ変わる常若、という自己転生の道を取った天照は


「大丈夫だ、我は何度でも生まれ変わって必ずお前のもとに帰って来る」

とはっきり宣言して森の奥にお隠れになられた。

その様子を見守っていたニニギの両親、オシホミミと智持は

「天照さまはいつまでもあなたを見守って下さるのよ」

と言いながら獲物の魚を握ったまま泣くニニギの肩を抱いて慰めた…。


スクリーンが暗転し、約二時間半に及ぶ高天原族の物語を見終わった7人の戦隊の若者と3人の少年少女は膨大な情報量に頭の整理がつかず、まず、脳は強烈な眠気を訴えた。

観客たちがTDLホテルの割り当てられた部屋に入って部屋着に着替え、歯を磨くとすぐにベッドに潜り込み、本能のままに爆睡してしまった。


舞台の上で酒を酌み交わすのはアメノコヤネと天孫ニニギ。

人の子よ
明日からの忌まわしき戦いに向けて
今はただ眠るのですよ…

明かりの消えたホテルのセミスイートに向けて人ならぬ二人は杯を掲げた。

後記
宴を止めるな。次回からまた2013年年末に戻る。




































































































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