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詩人が読み解くパレスチナ(11)

パレスチナはどこへ行くのか(11) 
  ※写真は、2003年の筆者、ヨルダン・アンマンで。

 7月30日現在、ガザ側死者3万9400人(ガザ保健当局)。9号では13日、3万8443人と記したので、約半月間で956人。オリンピックが開かれている現在も、毎日毎日60人近くの命が、イスラエルによって奪われ続けていることになる。
 パリ・オリンピックに参加したパレスチナ選手(競泳男子100メートル背泳ぎ、ヤザン・アル バッワーブ、アラブ首長国連邦在住)の言葉を、NHK「NEWS WEB」(7月29日)に見つけた。

 「スポーツは平和につながる道だと思う。しかし、いまパレスチナにはスポーツがない。もしパレスチナにスポーツが戻ってくれば、人々はそれに集中でき、生活に楽しさ、笑顔が戻ってくると思う。私たちのふるさとには食べ物もなくプールもない状況だ。それでも、このような世界規模の大会に出て自分の名前を知ってもらい、パレスチナの状況を知ってもらえる機会を持てたことを光栄に思う」

【パレスチナ各派「和解政府」合意】 

 「中国のパレスチナ各派『和解政府』合意 中国仲介」という小さな記事が、新聞に載った(「中日新聞」7月24日)。

 中国外務省は23日、パレスチナで対立するイスラム組織ハマスと自治政府主流派ファタハなど各派の代表が21日~23日に北京で和解に向けて対話し、23日「パレスチナの分裂 終結と団結強化に関する北京宣言」に調印したと発表した。「臨時民族和解政府」を樹立することで合意したとしている。

 小さな記事だが、重要な意味を持つと私は考えた。もちろん、アメリカに対抗したい中国の思惑からの仲介であり、またパレスチナ各派がそんなに簡単にまとまるはずはないと思われるので、その実効性には期待しないが、しかし、現在のガザの状況打開に向けて、パレスチナ各派、とくにハマスとファタハが歩み寄ろうとすることは意味ある方向性だと思う。この記事は、次のように締めくくられていた。
「対話にはハマスとファタハを含む14の各派代表が参加。北京宣言調印に立ち会った中国の王毅(おうき)外相は①ガザでの早期停戦②パレスチナ人によるパレスチナ統治③パレスチナの 国連正式加盟ーの3段階で問題解決に臨むべきだと提案した。」
 
 この「臨時民族和解政府」のキーマンとなるのは、①の駆け引きをしていたハマスの最高指導者ハニヤ氏であろう。②③などはイスラエルの眼中にはない。イスラエルもアメリカも、常にこれまでパレスチナの分断を画策してきているからだ。だが、イスラエルがこの「和解政府」への動きを苦々しく思っていたことは間違いない。

【ハマス最高指導者ハニヤ氏の暗殺は、
  パレスチナ統一暫定政権発足への妨害でもある】

 ハマスの最高指導者ハニヤ氏が、7月31日、暗殺された。イラン訪問中であった。そして8月1日には、イスラエル軍が6月13日の攻撃で標的にした軍事部門トップのデイフ氏の死を確認したと発表した。
 これで、イスラエルが嫌う停戦案を模索していた政治部門トップのハニヤ氏が暗殺され、イスラエルにホロコーストの記憶を呼び起こした10月7日の越境攻撃の首謀者、軍事部門トップのデイフ氏が殺害され、ハマスの邪魔者二人がいなくなったことになる。ハマスは「臨時民族和解政府」どころではないだろう。司令塔を二人失ったわけである。ハマス創設者ヤシン師も、2004年イスラエル軍に暗殺され、その後継者もすぐに暗殺されたが、殺しても殺してもハマスは生き残り、イスラエルの狙い通りには壊滅しない。8月8日、最高指導者にシンワル氏が選ばれたことが報道された。シンワル氏はデイフ司令官と並んで、イスラエル急襲の首謀者の一人と言われている。このことによって、ネタニヤフ首相が停戦を拒否し、ガザを攻撃し続ける根拠が生まれた。
 
 パレスチナがまとまりかけたところでの指導者暗殺。この現在と酷似した状況が、2014年、イスラエルのガザ侵攻時にも起こっている。2014年7月8日からのイスラエル軍のガザ侵攻。第4次中東戦争(1973)以来最大の衝突となったこの衝突での、パレスチナ側死者はガザ地区2158人、イスラエル側の死者は73人(wikipedia)。8月26日の無期限停戦で一応終結している。この紛争のきっかけは、イスラエルの少年3人の誘拐殺人事件とされるが、その前日にパレスチナの子ども2人も殺害されており、その具体的な要因はここでは追わない。
 私がよく似た状況といったのは、このイスラエル軍の侵攻(当時もネタニヤフ首相)の1か月前、2014年6月2日、ヨルダン川西岸地区の自治政府とガザのハマス政権とが、7年間の分裂状態を解消し「統一暫定政権」を発足させたことだ。首相はハニヤ氏ではなく西岸政府側のハムダッラー氏が就いた。イスラエルとしては、ファタハ主体の自治政府とガザのハマス政権が敵対関係であった方が御しやすい。先の②③も両組織が一体となって初めて議論の俎上に上がる。2014年6月、この暫定政権が発足したところで、7月8日、イスラエルのパレスチナ侵攻が始まり、そして7月29日には、ハニヤ氏暗殺を狙ってガザ地区の自宅が空爆された(このときは家に誰もいず、死傷者は出なかった)。
 分裂したパレスチナにおけるテロ組織ハマス、という構図の方が国際的にも攻撃する理由が立つ。先の中国の提案は、イスラエル以外の世界各国がベターであると考えている(バイデンのアメリカさえも)案である。その流れを閉ざすためにも、ハマス幹部を殺害することによってハマスに報復をさせて戦闘に引き込み、その上でハマスもろとも市民も殺害し、ガザを完全にイスラエル支配下におきたいと考えているのではないか。
 
【空爆と植民地主義(人種差別)】 

 さて、すでに10か月が過ぎようとしているイスラエルのガザ攻撃であるが、10月7日のハマスの急襲後、イスラエルはガザ空爆を開始し、11月地上侵攻に踏み切った。その後、空爆と地上侵攻を繰り返しながら、北部から中部、南部へと攻撃を続けている。このイスラエル軍の攻撃で何度も登場するのが〈空爆〉である。
 この空爆について、吉見俊哉『空爆論 メディアと戦争』(岩波書店・2022)に、次のように説明されている。

 空爆は、単にそうした国家間の地政学に埋め込まれているというだけでなく、むしろそ れ以上に帝国の植民地主義と深く結びついてきた。一九四〇年代から六〇年代までの空 爆のピークとなったのは、日本空爆と朝鮮空爆、ベトナム空爆である。(略)二〇世紀の 空爆史を通じ、空爆する側は技術力の面で圧倒的な優位に立ち、空爆される側はいつも 到底、技術力では空爆する側に有効な対抗手段を持ち合わせてはいなかった。この目も 眩む不均衡、本書でいう「非対称的対照性」が、ほぼすべての空爆を特徴づけてきたの である。だから、空爆は、植民地主義的メディア行為なのである。(p18)

 「空爆する側は技術力の面で圧倒的な優位に立ち」というのは、今回の場合はイスラエル軍となる。そして「空爆される側は(略)技術力では空爆する側に有効な対抗手段を持ち合わせてはいなかった」というのは、ハマスである。制空権を握られているパレスチナは、空爆され放題である。まさにイスラエルとパレスチナの紛争の形は「非対称的対照性」と言える。ここで説明される「植民地主義」。このことに気づくと、イスラエルのパレスチナに対する残虐性と、そのことに対して(多くの市民も含めて)痛みを感じていないことへの(私たちの)疑問が解決するように思われる。イスラエルのパレスチナに対する人権無視の心性はどこから来るのだろう、と私はずっと考えていたのだが、この言葉でストンと腑に落ちた。植民地主義と結びついているのだ。言い換えれば、白人至上主義という人種差別意識が、根強く彼らの考え方や行動を支配しているのだ。
 開戦直後の10月9日、イスラエルのガラント国防相は「私たちはヒューマンアニマルズ(人畜)と戦っており、それに応じた行動をしている」と発言。12日には、ネタニヤフ首相も「私たちは野生動物を見た。私たちが直面しているの野蛮人だ」と発言している。また、同じく12日、駐ベルリン・イスラエル大使ロン・プロソールも「血に飢えた動物と戦うイスラエル」と表現している。これらの表現は、ハマス奇襲に対する怒りという以上に、ハマスを、ひいてはパレスチナ人を人間以下に見ている表れと考えてよいだろう。かつて白人が黒人を揶揄してバナナを投げつけていた差別と全く同じだ。イギリス人である黒人ラッパーAKALAの『ネイティブス』(感覚社・2024)を読んでいて、ドイツの哲学者ヘーゲルの「ニグロは野蛮で無法な動物的人間の見本であり、仮にも彼を理解しようとするならば、ヨーロッパ的な態度をすべて捨てなければならない……」という言葉に出合ったが、まったくそれと同様の意識が、イスラエル人の深層に流れているのだと想像する。
 この差別意識については、じっくり考えていかなければならないが、今回はその問題からはいったん離れ、「空爆」および「AI兵器」について論を進めていきたい。   

【AI兵器と空爆】

 現在、人工知能(AI)の軍事利用が懸念されている。イスラエル軍のガザ空爆、地上侵攻が始まって1か月後の「公明党ホームページ・ニュース(2023年11月18日)」に、イスラエル軍が「ファイア・ファクトリー」という作戦立案AIを用いているらしい、という指摘があった。

 例えば、ハマスが実効支配するパレスチナ自治区ガザ地区をイスラエル軍が空爆する際、攻撃する場所の優先順位などをファイア・ファクトリーが提案する。軍事作戦を実行する上で、AIの判断が重要な役割を果たしているのである。
 懸念されるのは、AIを搭載した兵器が、人間の手から完全に離れ、自らの判断で標的を発見し、攻撃する自立型致死兵器システム(LAWS)の登場だ。

 少し遡って、2022年10月21日「ニューズウィーク日本版」の記事には、AI自動銃の記事がある。

 緊張高まるイスラエルのヨルダン川西岸地区に(筆者註・ヨルダン川西岸地区はパレスチナ自治区であるので、「イスラエルの」はおかしい)、AIが標準をコントロールする銃が配備された。人間が引き金を引いてターゲットをロックすると、AIが自動で照準を補正し、目標を狙撃する。

 AI銃から作戦立案AIへ、そして、ウクライナやロシア、ハマスも使用するドローン(無人機)攻撃。さらに、このドローンに爆弾を搭載させ自立型致死兵器(LAWS)として使用する。そんな流れが生まれている。
 2023年12月22日、国連総会で自立型致死兵器システム((LAWS)への「対応が急務」とする決議案が採択された(「中日新聞」12月24日)。賛成152カ国。反対は、ロシア、インド、ベラルーシ、マリの4カ国。棄権は、中国、北朝鮮、イスラエルなど11カ国。アメリカが賛成に回っているのが意外だが、反対や棄権をした国は、すでに開発しているか、今後使用する可能性が高い国であろう。新聞では「LAWS」が実用化すれば、火薬と核兵器に次ぐ「第3の軍事革命」になると指摘している。LAWS関連決議は総会では初めてとのことだが、イスラエルが作戦立案AIを使用している可能性を指摘されたのが2023年11月の記事。つまり、この国連総会の決議は、イスラエルが自立型致死兵器システム(LAWS)を使用する恐れがあることからの緊急採決だと推測される。
 そうして、2024年1月3日の「中日新聞」に、「ロイター通信は、(略)軍は大規模攻撃を縮小し、精密作戦へ移行する方針を示しており、米政府関係者は実行に移し始めた可能性があると語った」との記事を見つけた。この「精密作戦」とは? 私は、この「精密作戦」とは、AIを活用した攻撃だと理解した。(国際的に非難を受けている)民間人の巻き添えを少しでも縮小するために、AI兵器を使用する、ということではないのか。逆に言えば、それまでは、戦闘員も民間人も関係なく、十把一絡げで殺害していた、ということだ。それがいわゆる「空爆」であり、植民地主義的戦い方である。(続く)

※詩の個人誌「CASTER」号外11 2024.8.15 より転載 

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