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帰宅難民 冷たい私

予測不能な時代と言われていても、
大体正確に予測してくれている最近の気象予報

最強寒波が来ると2日前から気象庁は警告してくれているにも関わらず、
不要不急の用で出かけて行った洋治さんを何かあった時のために
お風呂にも入れずスタンバイする夜になりました。

案の定、、
電車が止まってどうしよう?の電話が22時過ぎに鳴る。
動いている路線で出来るかぎり近くまで帰って来れるか、調べる。

一夜明けたニュースではJRの京都線、琵琶湖線、湖西線の帰宅時間の多くの人達が列車の立ち往生で大変なことになっていたのですが、
幸運にも地下鉄から乗り継いだ山科駅の外にいたので、動いていた京阪で浜大津まで移動をしてもらいました。

あとは私が車でそこまで行けるかどうか、、、
降り積もる雪、
運行状況やホテルなどを調べるうちに23時になり
判断がつかない相手に苛立ち始めます。

とにかく迎えに出るので、
そちらはそちらで、帰路のためのあらゆる知恵を働かせてベストを尽くせ!
と半分怒りながら電話を切るのでした。

すでに15センチは積もっていた除雪をし、
ガリガリに凍てついたフロントガラスにお湯をかけ
ゆっくりゆっくり走り出しました。

怖いのは除雪が入っていない湖西道路です。
中央分離帯がないので、スリップ時の対向車線はみ出しが本当に怖い!
時折すれ違う車の光を確認しながら、時速30キロでノロノロ走る。
湖西道路は元々有料道路なので、ほとんど高速道路仕様です。
ですから、降り口が、、大体坂とカーブになっています。
嫌だな、大津京は坂の傾斜もカーブもきついな、ハンドル取られると危ないな、
スリップに巻き込まれてもいけないな、と想像して一番カーブと傾斜が緩い出口を一つ一つ検討して、坂本で降りることにしました。(実際、そこから通行止めで降ろされました。)

およそ普段なら20分のところを1時間かけて、大津京駅のコンビニまで戻っていた洋治さんを拾うことが出来ました。
もう日付が変わる頃ですね。帰宅難民の避難場所になったファミマさん、
本当にお世話になりました。

湖西道路は入り口も出口も急な坂なので、帰路は一般道を使うことにしました。
ノロノロとたくさんの車が深夜に琵琶湖沿いの県道を走っていました。

話では、まだたくさんの帰宅難民の人が駅に来ないタクシーを待っているとのこと。

こんな雪の夜にJRがストップしてしまったら、、一体どれだけの人が帰宅出来ずに混乱していることか、さらに雪道で迎えに出れない家族も多かったことでしょう。想像に難くない悲痛さです。

迎えにきてもらった当の洋治さんは私のイラつきを察しており、
コンビニで買ったシュークリームを調子良く食べさせようとしましたが、
こちらは雪道の運転なんや、集中してんねん、そんなん食べてる場合か、
大体判断が甘いねん、
父親やったら娘にこんな危険な夜に車運転させへんで!
と怒りをぶつけていましたが、

気がついたら、シュークリームが速攻でやけ食いされていました、、。

そうこう走っていると、、

??
???
!!!!

県道沿いで歩いている人がいます。

1人、
また1人、、

あ、ひょっとしてこれは帰宅難民になった人たちで
家族の車の迎えもない人達が歩いて帰ろうとしてはるのか??
そうに違いありません。

降り頻る雪、もう20センチは超えている雪の中を進む深夜0時は
仕事帰りにはどんなに辛い行軍でしょうか。

そんな人を追い抜いてしまって、、
どうしよう?どうしよう?

このままスルーしてしまうとなんとも後味が悪く、、
かといって、この雪道の渋滞道路を引き返すのも難しい、、

次にそんな歩いている人がいたら必ず声をかけよう、
そう決めて、間もなく1人の男性が雪まみれで歩いておられました。

助手席の洋治さんが窓を開けて声をかけました。
「家はどこですか?一緒に乗って下さい!」
「いいんですかー!助かります!」
「雪まみれですいません」
「全然大丈夫です、乗って下さい!」
「大変でしたねー、どこから歩いておられるんですか?」
「大津京から」
「ですよねー!それはめちゃくちゃ歩かれましたねーー!」
で、家はどの辺ですか?
「堅田です」
「えええーー!!!堅田まで歩くつもりだんたんですかー!!!」

話せば、洋治さんと同じパターン、
京都から京阪経由で大津京まで辿り着き、そこで万策尽きて終了。

地元の人でないと距離感が分からないと思うのですが、
琵琶湖沿いを電車で4駅分ですね。

滋賀県にはビワ100という、歩いて琵琶湖の周りを100キロ歩くイベントがありますけど、ビワ100ちゃうねんし、最強寒波の夜にそれはないですね。

でも、目を凝らして見てみると、
そんな人が幾人も歩いているのが分かります。

次に声をかけたのは若い女性でした。
「どうぞ乗って下さい!」
「いいんですか!助かります!」
「どこから歩いてはるんですか?」
「浜大津からです」
「ええええーーー!!!」
既におよそここまで12キロを歩いていることになります、、

もう、今時の女の子のど根性にひっくりかえりました。
その子、スカートやったしね。

そうして、琵琶湖を北に向かう県道の渋滞をノロノロ進みながら、
深夜の乗合いは、1人、また1人と旅は道連れの方を降ろし、

最北の我が家に深夜1時にたどりついたのでした。

思うに、、

長蛇のタクシーの時は、必ず同じ方角の同乗者がいないか皆で声をかけ、
お迎えの車がある人も、同じ方角の人がいないか声をかけ、

互いに声を掛け合ってウーバータクシーをやれたらいいのに。

同じ夜、多くの車が側道を歩くたくさんの人を見ていたに違いない。
まだまだ乗せられない人を私もスルーして通り過ぎました。

冷たいよね。

きっと昨晩の悲惨な帰宅難民のニュースの中には、温かい気持ちになった助け合いも沢山あったことでしょう。

声をからして対応したJRの職員もおられたことでしょう。
深夜に事故や設備の復旧作業をした人もおられたことでしょう。

せめて、冷たいのは雪だけにして
人のエネルギーは暖かくお願いします。 

そして、当の洋治さんは

「ほら、僕を迎えにきたことで、助けてあげられた人がいて
良かったやろー!?」

シュークリーム、やけ食いしそうや。








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