アラサー女の週末のお楽しみ

好きな人が働く工場に来たけれど、
今日は彼はお休みの様子。
ここはおそらく土日片方休みなのだ。
たまにどっちもいるときもあったけれど。
てことはわたしのお楽しみは明日だ。
引っ張るなぁおい。
でももし今日いたら明日来る気失せるからよかった。
わたしはお楽しみは取っておきたいタイプだ。
今日はこの後まつげパーマに行くからアイメイクして来てないし、いなくても大丈夫大丈夫!

にしても彼のタイムカードは出勤のところに置かれたままだし、
ネームも貼りっぱなしで、
彼は今日も1階にいることになっている。
きっと昨日のままなんだろう。
土日片方休みってことは金曜日はいるんだろうな。
いいなーわたしも来たい!(本業がある)
でも今日は靴箱に上靴があるので出勤はしていないだろう。
来ているかどうか確認するには靴が一番確実だ。
根暗過ぎてこういうスキルだけ年齢と共にどんどん上がっていっている気がする。
そんなわけでわたし今日は適当。
わたしの本番は明日なので今日はゆるゆるいきます。
といつもより適当に作業場に向かった。




…いや王子おるやんけ!!!!!





え?どうして?靴は?
わたしもしかして幻覚見てる?妄想?やばいかな?
しかし彼はなぜか今日は外靴で作業している。
今日は外作業でもあるのかな?そんなまさか!
もしかして履き替えるの忘れてる?内履き壊れたの?

しかしそんなことを聞ける仲じゃないし、
たぶんここで彼が今日外靴で作業してるのに気づいているのはわたしだけだろう。
言ったらストーカーみたいだから絶対言えない。
(いやお前もう立派なストーカーやんけというツッコミは無視!)
しかし靴よりタイムカードの方が確実なのか…。
うん、勉強になった。
やっぱりわたしはまだまだだ。

わたしの隣にいたパートの女性に、
彼が話しかけに来た。
朝の彼はいつも顔がむくんでいて、
ただでさえいつも腫れぼったい一重瞼がさらに重そうになっていて、
寝起きみたいでめちゃくちゃ可愛い。
好きな人の寝起きの顔が見れるなんて、
なんか得した気分になる。
だからわたしは朝の彼も大好きだ。
この人はたぶんむくみやすいし太りやすいんだろう。
最近ちょっとお腹が出てきている気がする。
もちろん言えないけど。

いつものようにパートの女性達と働いていて、
「彼女達はここにどれだけ外国人研修生が入っても、変わらず彼に会えるんだろうな」と思った。
当たり前だ。自社雇用だもの。

わたしも毎日ここでこうやって彼に会えたらいいのになと思う。


もしかしたらその方が毎日楽しかったりして!
わたしは平日の午前中はいつも体調が悪い。
たぶん本業が嫌なのだ。
わたしは本業はメールなんて全然見てないし、
(未読が2万件ある)
誰かがやってくれることは誰かにやってもらう。
うちは主婦の人がすごくガツガツしている人なので、
わたしはいつも彼女に任せて後ろに引っ込んでいる。
「わたしがやりますよ!」なんて滅多に言わない。
きっと気の利かねえねーちゃんだなと思われているだろうけれど、わたしはどうでもいい。
それくらい本業はやる気がないのだ。


わたしがもし、

ここの求人に応募したら。


ここはいつも求人が壁に貼ってある。
希望者はいつでも事務所に来てねという感じだ。
もしわたしが自分の仕事を捨てて、
ここで働くようになったら。

うちの会社はきっと想定外だろう。
新人さんこそ入ったものの、
うちもこれから繁忙期で、
妊婦さんが1人抜けて大変になるのわかるでしょ!という感じになるだろうけど、
でもわたしはただのパートだから、
またきっと代わりの人を採用するんだろうな。

わたしは時給が100円下がる。
4月に上がったばっかりなのに!
ここの会社は時給960円で、
個人的には〜が付いていないのがすごく気になる。
もしかして昇給しないの?そんなことある?


そして絶対絶対絶対に、
わたしはパートのおばちゃん達に苛められる。
さっきパートの女の子も、
「社員の男の人で嫌な人がいる」と言っていた。
わたしが「みんな優しくないですか?」と言うと、
彼女は顔をしかめて首を横に振った。
この子は美人ではないけれど、
いつも優しくて親切な良い子だ。
たぶん仕事もできるはず。
わたしはいつもこの子が近くにいたらホッとする。
こんな良い子に辛く当たる意味がわからない。
でもその嫌な男の社員がもしわたしの好きな彼だったら…
こわ!!!もうホラーの域だ。

今はタイミーだから優しくしてもらえるけれど、
自社雇用になったらわたしは一番下っ端。
どこの会社に行っても、
タイミーより下っ端の人への当たりが強いのをいつも見ている。
だからわたしはタイミーがいいのだ。
内部の人間になった途端に、人の接し方は変わる。
わたしは今までもずっと普通の仕事ができなかった。
毎日同じ会社に行って同じ人に会ったら、
わたしはメンタルが死ぬ。
だから工場なんてもってのほかなのだ。

そしてこの工場は衛生面でも問題がある。
ここは年中無休で稼働していて、
たぶん機械のメンテナンスもろくにしていない。
いつのかわからない茶色いホコリが機械や床にたくさん落ちていて、
作業中もいつも綿ボコリが舞っている。
今わたしは風邪の治りかけで咳が出るのだけど、
ここで5時間近く作業をした後、咳が酷くなった。
たぶんわたしはここに勤めたら、
気管支をやられるかアレルギーを発症するだろう。
タイミーのおばちゃん達も
「ここはホコリ酷いからマスクしてた方がいいよ!」と言っていた。
みんなよくノーマスクで作業しているなと思う。

「だから絶対やめろよ、変な気起こすなよ」と、
去年からずっとわたしは自分に言い聞かせている。
わたしがここに入社したって、
好きな男はせいぜいわたしのことを名字で呼ぶようになるだけだろう。
それ以上の関係は絶対に望めない。

どう考えてもわたしの方が失うものが大きすぎるのだ。


それでももし、
たぶん障害のあるあの子のように、
わたしも彼に下の名前でちゃん付けしてもらえたら。
毎日彼がわたしの名前を呼んでくれたら。
わたしは自分の安定した仕事を捨ててしまうのだろうか。
ここと違っていつでもお手洗いに行けて、
家で好きな飲み物も飲めて、
力仕事もなければ、
長い髪すら縛らなくてもいい恵まれたお仕事なのに。

…わたしはいつもそんなことばかり考えながら、
ここの単純作業をこなしている。


彼がお昼に行ってしまうと、
途端に時間が長く感じられて、
時計が全く進まなくなった。
振り向いても彼がいない世界にわたしは限界を感じて、
自分もお手洗いに行かせてもらう。
お手洗いに行くところなんか、
好きな男に見られたくない。(たぶん見てないけど)
だからわたしは前半の勤務のときは、
いつも彼がお昼に行っている間にお手洗いに行くようにしている。

お手洗いで鏡に映る自分の顔を見た。
アイメイクしなくても、ぱっちり二重の真ん丸の目。
わたしはここに通うようになってから1ヶ月で体重が3キロ落ちて、そこからほとんど増えない。
50キロあれば400ミリ献血ができるのだけど、
タイミーを始めてからは全く行けなくなった。
彼は毎日こんな暑いところで働いているのに、
どうして太るんだろう。本人には絶対言えないけど。
よくカップルや夫婦は顔が似ていたりするけれど、
わたしと彼は顔も体型も絶望的に似ていない。
並んで歩いてもきっと姉と弟には見えないだろう。

今日は仕切っているのは彼ではなくておじさんだったので、
結局彼とは一言も話さなかった。
帰り際に彼が機械の下に潜り込んでメンテナンスをしていたけれど、
ちょっと奥過ぎてとてもお疲れ様を言える距離じゃなかった。
「なんでわたしがいる間にメンテナンスに来ないかなぁ!!!したら近くで見れたのによ!!!」
と心の中で不満を呟いて工場を後にした。

今日はこれからまつげパーマに行って、
夜は1人でイベントを見に行く。
わたしの休日はまだまだ続くのだ。

そして明日はたぶん彼がいない。
来る気が本当に失せるけれど仕方ない。
そんなことを考えていたら、
なんとこの工場の日曜と月曜の夜の募集が出た。
夜の募集が出るのは2月以来だ!
やった!平日も行ける!
わたしは念のため火曜の夜のティッシュ配りの仕事をキャンセルして、
もし火曜の夜も募集が出たときのために備えた。

どうして一言も話せない、
目すら一度も合わない男に、
こんなに入れ込んでしまうのか自分でもわからない。
わからないけれど、

わたしは好きな男に会いに行けるうちに会いに行きたい。