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おもしろさの話

私は東京の美大に進学させてもらったのだが、学生時代のかなり最初の頃に、同じ学部の同学年で勝手にライバルだと思っていた男がいた。
何のライバルなのかはもうよくわからないが、たぶん当時の私はそういう存在を求めていて、絶対負けんけんな(博多弁)みたいな無駄なプライドを爆発させる必要があったように思う。

私は高校を4年行って現役で入り、彼は私と同年で、東京で1年浪人して大学に入ったらしい。
お互い金髪だった。
彼は日本人離れした目鼻立ちのくっきりした金髪のおかっぱで、ファッションもいけてて、おしゃべり好きでいつもガハガハ大声で笑って同学年でカッコいい男子の部類だった気がする。

私は実にいけてない福岡のデザイン科の出で、自分、家族、東京等々あらゆるコンプレックスの塊だった。

彼の言うことは標準語で、現代美術を当世風にあれこれ語っていたはずで、それらの物言いがいちいち癪にさわるといった感じだった。
東京で浪人をし、美術の現場にそれなりに触れていた彼と、福岡の美術好きなデザイン科学生でしかなかった私との知識量の違いが如実で、私は学内で皆さんが交わす話題については知らないことが多く、知らないと言える勇気もなくて焦って聞いていたように思う。

大いに首都風を吹かせている(別に彼は東京出身ではないし正確には標準語でもない)様に見えた私は大いに劣等感を発揮し、マイ美術論を闘わして、絶対俺の方が正しいったい(博多弁)みたいなことをやっていたんじゃないだろうか。
思い返すと実に情けないやら、可愛いやらの気持ちになる。

その時に彼が言った中で一番グサッと来たというか、反発したというか、とにかく強く印象的だった言葉がある。

おもしろければ何でもいい

確か何かの飲み会で、彼は半ば冗談めいて言ってて、その無責任な言い方が余計に腹が立ち、しかしその場で何か言うこともできず、ずいぶん怒りを引きずった思い出だ。
自分一人がおもしろければ、他のことはどうでもいいような言い方に聞こえて、今思えば彼はそこまで極端なことを考えていなかったと思うし、私も思い込みがひどいと思うが、何だかとても自己中心的なことを言ってるように聞こえたのだ。
私の20代は、本当に短気だった。

が、これは後々、私の行動指針の検討材料になってゆく。
おもしろいって何だろう、自分はおもしろけれは何でもいいだろうかとよくよく考えるきっかけになった。

私は学生時代、いろんな人と「~とは」の話をすることが好きだった。
哲学というほど大袈裟でない、個人的な感覚の話。

現実とは、社会とは、生きる目的とは、絵とは美術とは、死ぬとは、評価とは、恋愛とは、性別とは、善悪とは、ガンダムとは、数えあげればキリがないが、ひとつひとつ人と話して検証していったように思う。

それらほとんどが、2021年の今も現在進行形で検証していることでもあるが、多くの人が同じく答えが出ないであやふやなままに生きているらしいことが分かってきて、ずいぶん私はほっとした。
考えたってしょうがないじゃないという無責任さというか、己の限界を認めるというか、そういうスタンスの軽みと凄みも学んでいくこととなった。

そういう中で、結論めいたものとしてはおもしろいものを現実として採用するということが私のスタンスになっていった。
理由、根拠問わず、感覚的におもしろいと思えば採用、今は現実になってなくても、そうかもしれないを検証し、実践していく。

おもしろいから採用して検証しているなかで、一番お気に入りの台詞を引用する。

人が死ぬ理由はひとつだけ
みんなが死ぬからだ
何も考えずにおつきあいってことよ
つまらんよ、死ぬなんて大馬鹿だ
おれはそんなもんにつきあうつもりはないね

人はみな死ぬ(さまよえるユダヤ人って奴がいるかもしれねえが)、だけど、だからっておれもそうなる決まりはあるまいが?
おれはついてるかもしれないじゃないか
なんにだって最初ってもんがあるだろ

「サンドマン4 ドールズハウス・下」第四章 運のいい男 ニール・ゲイマン 原作 柳下毅一郎 訳 インターブックス 

サンドマン(The Sandman)はDC comicsより1989年から連載されているコミックスで、翻訳版がインターブックスから出版されたのは1998年。
該当のエピソード、「運のいい男(men of good fortune)」はサンドマンのシリーズの中で、一話完結の物語。
物語の冒頭で、こう話していた男は運良く死神(のような存在)に、その話を聞かれて、それから不老不死のまま何百年も生きることになる。

こういう与太話は、自分の思い込みを外し、人生を変に悲観的にせず、強迫観念的にもならず、おもしろく創造していく礎になってくれた。

その後、おもしろさについての考えは自動的にアップデートされたが、続きはまた。

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