研究開発と生活を統合したLab Lifeのススメ(1) ラボを作る利点やポイントについて
こんにちは、Nakamaruと申します。現在は主に企業の研究開発者として研究活動を行いながら、大学、個人の副業などでも研究活動なども行なっています。
私は元はいわゆる大企業の研究職だったのですが、家庭の事情もありかなり遠いところに住む必要が出てきたことをきっかけに、2018年に小さなラボスペースを備えた家を建てました。その後インフラ設備のないIT系の企業で材料やデバイス系の研究テーマを持ちながら働くという少し変わったライフスタイルをはじめています。
今年のコロナ問題により、自宅での勤務やリモートワークをせざるを得ない状況が広がってきました。
そんな中、ラボのある生活が、はじめた当時は変わった趣味くらいに私自身も捉えていたのですがこのような状況になってみると、自分の働き方が今後の一つの働き方のモデルケースとして面白いのではないかと思い、自身の体験を少し発信してみることにしました。
特に共働きの家庭などの利点も大きいと思いますので、このようなライフスタイルを検討している人や家族を説得したい人の材料になれば幸いです。
数回に分けて下のようなトピックでnote記事を投稿したいと思っています。(予定なので、執筆しながら少し変えていくかもしれません。)
第一回:自宅ラボを持つ利点とポイント
実際に2年近く運用した体験から、利点やポイントについて私見を述べます。
第二回:作り方、おすすめの機器などの紹介
自分の場合に行ったことや、この部分で失敗したなど具体的な体験をシェアします。設備導入のポイントを説明します。
第三回:Lab Lifeのワークスタイルについて
プロジェクトベースで研究開発に参画するスタイルについて思うところ書きます。
第四回:自宅にラボを持つ人が増えていったら?
少しSpeculativeに個人で小さなラボスペースを持つ人が増えた場合の自分が思う想定シナリオを書いてみます。
今回の投稿は主に自宅ラボを持つ利点やその特徴について紹介します。
・Why Home Lab?
要点:)Home Labの他の設備との最大の違いはカスタマイズ性の高さと常時アクセス性です。普通のラボとは異なるワークスタイルを可能にします。一方で限界も存在する点を理解して、設計していくことで研究生活がより充実します。
1. 場所を作る利点と特徴
現在は、ソフトウェア分野ですとパソコンとインターネット環境があれば、様々な創作活動を行うことが可能です。
一方で素材や機械など何かしらの"モノ"を扱う技術者や研究者にとって、自宅でできることは、設備のある大学や企業と比べると通常大きく限定されます。これはスペースをとったり、必要なインフラが高価といったことから、個人で環境を整えることが、そもそも厳しいという状況があると思います。
そんな中でもガレージ文化に代表されるように、一部の人は生活の中にその様な要素を取り込んでいる人達もいらっしゃいます。
しかし、日本の現状をみると、技術者の多くは、企業や大学といった組織に所属し、そこのインフラや施設を訳あって活動しているのが現状ではないでしょうか。
これ自体は非常に合理的ではありますが、一方で個人のアイディアや自分の専門性を現業とは異なる領域でも活用しようとした時には、一つの障壁となっています。
最近ではメイカーズスペースやFablabのような共通で施設を利用できる場所が民間や時には大企業の中にも構築されるようになってきました。そのため、プロジェクトベースで個人が参加できるような場所も増えつつあります。
ものづくりの場所が個人に所属するか組織に所属するかという軸と、規模が大きいか、小さいかという2軸でラフにマッピングしてみました。
自宅に作るラボは規模は小さくても、パーソナルな空間であるというのがポイントです。このパーソナルな空間で生み出せる価値についてもう少し掘り下げます。
2. パーソナル空間であることの価値
1. 常時アクセス性
1つは、時間的な制約から解き放たれるという点が挙げられます。研究開発の要素の一部が生活環境に置かれることで、普通では難しい夜の時間帯や細切れの時間に作業できることが増えます。
特に部品の成形や素材の硬化などは作業は数分、待機時間が数時間というモノも多いのでこの部分が緩和されるのは非常に大きいです。
私は学生の頃は高分子素材を扱っていて、透析のためにわざわざ大学まで言って溶媒を置換していたことなどを思い出しました。
例えば朝一で3Dプリンタを稼働、夜子供を寝かしつけた後から続きの作業をし、次のパーツを出力といった具合に、隙間時間が非常に有効に使えます。
ポストコロナでリモートミーティングなどがより普及すれば実験の日は出社、そのほかはより自由にリモートという会社も増えてきそうなので、より活用しやすくなりそうです。
2. スペースの話
Fabスペースなどでも個人の物品を置けるスペースなどはありますが、モノを置けるスペースが限定されます。また、多くの人が作業をするので、毎回作業を終わらせるタイミングに現状復帰させることが必須になります。
整理整頓は自宅でもある程度必須ですが、翌日も作業する場合には机に並べたまま置いておいたり、自宅への入室さえ管理しておけば情報漏洩などの心配もありません。
私はプロジェクト毎にコンテナを用意しており、汎用部品とプロジェクトに紐づいた部材を管理しながら作業しています。複数のプロジェクトを行う場合に、物品管理が容易というのはメリットが非常に大きいです。
3. 機能のカスタマイズ性
先ほどの図に自宅ラボは規模としては通常小さいので一番下にマッピングしています。しかし、使い手が自由に導入する設備などを設計できるため機能のカスタマイズ性は最高です。
そのため、設備は少ないが自分のプロジェクトやスキルセットに合わせて必要なものだけを導入することができます。
規模こそ小さくても、できることベースで考えると無駄がなく、意外と対応範囲が広いです。(特に研究や製作活動の初期フェイズは現在の設備を上手く活用すればある程度は回せてしまいますし、分野によっては論文がかけるレベルの仕事を行えるポテンシャルがあると思います。)
それなりの期間モノ作りに関わっていると、計測装置や製造装置毎に精度や導入難易度に閾値が存在するのを感じている人も多いかと思います。その辺りの経験値を活かすと割と広いの検討がカバーできるようになります。
下の表に自宅ラボにモノを導入する際の評価要素とポイントを書いてみました。(詳細は次回にお伝えします。)
3. 自宅ラボの限界
自宅でできることの限界についても少し触れたいと思います。上で述べたように会社ではできないようなワークスタイルを可能にしつつ、カスタマイズ性も高い自宅ラボですが、やはり限界も存在します。
一つは設置可能設備の限界です。具体的には化学系のワークはかなりハードルが高いです。必須とも言えるドラフトなどはやはり導入ハードルが高く、金額投資以外のハードルも大きいです。
私は博士課程でHCI系の研究室に入り、そこで簡単な実験を行えるようにウェットラボを立ち上げた経験があります。
その場所は雑居ビルであったため、ドラフト配管がないといった問題もあり、当時も色々と設備やルールを調べていました。なんとか実験を行える環境を整えましたが、これを個人でやるとなるとかなりハードルが高いです。
例えば、ABEKとHEPAのフィルタが一緒になったドラフトなどの商品も存在していますが、これは初期に200−300万、年間20万程度のランニングコストがかかります。
そして何より、薬品管理や作業場所の安全確保については、消防署、自治体、保健所などに必要に応じて相談・確認する必要があります。
基本的には毒劇物法に従う必要もあり、保管する防爆冷蔵庫などもそれなりの金額がかかります。また作業環境測定や産業廃棄物の処理なども必要になってきます。
また化学系の分析機器は価格も高いため、必要に応じて外部の分析サービスを使ったり、産総研といった設備利用などを検討するのが現実解になると思います。
化学系に限らず、3Dプリンタもある一定の機能を求めるとサイズが大きくなるといった問題もあり、やはり自宅ラボに適した設備のレベルというのがあるでしょう。(この辺りは次回以降にもう少し詳しく述べたいと思います。)
4. まとめ
一般的な話も多いですが、私なりに自宅にラボを作りながら日々感じていることを中心に紹介しました。
実際に作ってみるとそのカスタマイズ性の高さから必ずしも大学や企業のラボの縮小版ということではなく、新しい研究開発のライフスタイルを提案できる面白いものかと思います。
個人の研究開発のテーマやライフスタイルに合わせて、その制約条件を上手く把握しつつ環境を作っていくことが一つの醍醐味になると思います。私自身今後他者との共同利用や個人研究者やメイカーとの連携という形でさらなる可能性を探っていきたいと思います。
自宅ラボで実験などを始めると、普段とは異なる工夫が必要になります。それは、高価な測定機器を使わずに自分が必要とするデータをとる手法であったり、そのための装置の知識だったりします。
これは検出精度は落ちるのですが、モビリティが高く、値段もこなれているため、実は違う価値を内包した測定や製造の方法論を学んでいるように思います。
このような知見そのものが実は一つの研究領域として面白いのではないかと最近の自身の感想を持って今回の記事のまとめにしたいと思います。
過去記事
アイディアの具現化やプロトタイプを応援してくださる方はサポートいただけると助かります。個人プロジェクトで得た知見やツールの情報はnoteにて発信していく予定です。