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フイユタージュがスキ。

至難

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小学生の頃です、母親に懇願して買ってらもたった手作りお菓子の本。美しいお菓子たち、すぐに私は魅了されました。
この本を網羅する、意気込んで菓子作りをしました。

まずはスポンジ生地、ブルーチップで購入したNationalのハンドミキサー片手に卵をかき立てる。すごい攪拌力、手立てとは訳が違います。が、250°のオーブンで焼いては真っ黒焦げになり、何が原因か分からず一人迷走。そんな失敗を毎度のように繰り返す。工程の写真しか見ていなかったのです。
母親の言葉に救われました、
「温度高いんじゃない?」

スポンジが焼けるとすっかり菓子作りに夢中です。シュークリームやクッキー、タルト、ババロア、アイスクリーム、もう楽しくてしょうがない。

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そして、ずっとずっと避けていた生地、それが折り込みパイ。なぜならレシピの解説が全く理解できなかったからです。何言ってるか分からない。

折り込みパイとは、粉と水を合わせたこね生地(デトランプ)を四角く成形したバターに包み、伸ばしては折るを繰り返し、何百にもおよぶ層を作り上げる、高い技術を必要とする生地。

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みなさんどうでしょうか、理解できますか。自身が小学3年生のときこの解説を読んだとして理解できそうでしょうか。正直今改めて読んでみても怪しい。
”三つ折りを二回、冷蔵庫で休ませる、これを3回行う” 
これだけのこと。

もう一点、バターをしなやかにする作業があります。
冷蔵庫から出したてのバターは硬くてとても伸びるような状態ではありません。これを麺棒で叩いて伸びのある状態にします。デトランプとバターの硬さを同じにすることでキレイに生地が伸びてくれます。しかしこれが至難。
”まずやってみる”の精神でやったのですが、結局しなやかでないバターを包んだため生地は破れ、折り込み回数もめちゃくちゃ、とんでもない生地を生み出したというわけです。
挫折です。

フイユタージュを知る

専門学校に入学するまで後にも先にも折り込みパイに挑戦したのはこのときだけでした。
学校で学びました。このパイ生地のことを。怖い女性の担任でしたが手取り足取りきめ細かに教えてくださいました。
フランス語でパート・フイユテ(Pâte feuillté)といいます。またの名をフイユタージュ(Feuilletage)。  
学生時代、この生地にすっかり魅了され、自宅アパートで折り込みを繰り返し、日々研究を重ねていました。折り込み回数を変えてみたり、デトランプの水分量を増やしたり減らしたり、その結果焼き上がりはどうなったのかをビッシリ書きとめたり、6畳の部屋はすっかり粉まみれです。

発酵バター

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2004年当時、大阪に住んでいたのですが、MaxValu難波店に200g¥298で食塩不使用発酵バターが売られていました。巷の言葉を借りれば神です。これは神です。
まず発酵バターが専門店ではない24時間年中無休のMaxValuで売られていること。発酵ですよ。さらにトップヴァリューブランド、そして食塩不使用。食塩不使用ってなかなか売っていないんです。とどめの¥298。気絶です。
当時平気で10本買っていました。
※国産食塩不使用発酵バター業界シェアNo. 1の明治発酵バターを200g換算すると約¥450です

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この発酵バターを使い、学校で教わったガレット・デ・ロワやピティビエというお菓子をひたすら焼いていました。フイユタージュとアーモンドクリームのシンプルな焼き菓子です。バイト先(お菓子屋)の店長に食べてもらいフィードバックをもらい改善点を見直しデータをとる、そんな変態でした。

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レイエ(飾り包丁)というテクニック。
包丁の刃の部分、背の部分を使い分けて模様を入れています。
葉脈と淵の飾りは刃で切り込み、生地の開きを与えています。それ以外は背で筋をつけるイメージです。このメリハリを与えることでガレッドに表情が生まれ立体感、躍動感が感じられるようになります。まだまだ練習が必要なのですが。

MILL・FEUILLES

ミル・フイユ(Mille-feuille)とは、mille(1000の)+feuille(葉)、つまり薄い層が幾層にも重なった様子を表し、それが菓名になったものです。Mille-feuilleをミルフィーユと発音すると「mille filles、1000人の娘さん」に聞こえます。綴りも発音も似ていますが、お菓子の名前としてはミル・フイユ(Mille-feuille)です。

これは有名な話です。”ミルフィーユ”って言いますよね。もちろん表現は自由ですが、覚えておいて損はないと思います。


2000FEUILLES

ピエール・エルメの代表作でドゥ・ミルフイユというケーキがあります。フイユタージュ、チョコレート、アーモンド、ヘーゼルナッツ、プラリネ(ナッツとキャラメルをペーストにしたもの) のミルフイユです。
パリのピエール・エルメ、サンジェルマン・デ・プレ店で初めて口にしました。私は心打たれる熱い感動に出会うと鳥肌が立つのですがこのときも例外なくそうでした。7月の暑い季節でしたが瞬時に平らげました。
味わいは濃厚とこってり一点突破のケーキです。特にナッツの主張は圧巻です。酸味などのアクセント要素は一切ありません。ではどのようにバランスをとっているのか、食感です。フイユタージュのハラハラシャリシャリ、フィヤンティーヌのサクサク、ナッツのカリカリ、この3つの食感が、濃厚なケーキのアクセントとなっています。フィヤンティーヌとはフランスの薄い焼き菓子で、軽い食感に焼き上げた生地をフレーク状にしたもの。フイユタージュとフィヤンテーヌが組み合わさった食感はすごくおもしろい、ナッツの塊が歯にヒットしたときの香りの広がり素晴らしい、自分の引き出しにそっとしまうのでした。

ちなみに余談ですが、私はムッシュ・エルメと誕生日が同じです。一人で勝手に運命を感じています。

※ドゥ・ミルフイユの解説はあくまで私の見解です、人によって感じ方、捉え方、違うと思います。参考程度になさってください。

フイユタージュをデセールに

フィユタージュを用いたデザートは、お菓子屋やビストロなどで提供されているイメージです。私は高級フレンチであまり見かけたことがありません。あの野暮ったい感じがスタイリッシュさに欠けるからでしょうか。
自分の経験と知識を注ぎ込んだこの生地、是非高級フレンチのアシェットデセールで表現したい、そう思いました。
シャープなフォルム、そして食べやすさも考慮しなくてはならない。すると自然と形状は決まりました。長方形です。正確には3㎝×13.5㎝。焼成すると棒状に近い形に焼きあがります。棒状のものは口の幅に収まるので食べやすい。エクレアというお菓子を思い出すと、あれもまさに棒状です。名前の由来はエクレール(éclair)=稲妻、”稲妻の如く素早く食べられる”そんな意味があります。食べやすいから素早く食べられるというわけです。
見た目もシャープで召し上がる際もスマートに、フイユタージュの形状は決まりました。ここにドゥ・ミルフイユからの発想、フイユタージュとフィヤンティーヌの組み合わせを拝借します。フイヤンティーヌと自家製ヘーゼルナッツのプラリネ、チョコレートを合わせ薄い板状に成形して使用します。
このプラリネ、外注の商品を使っているお店が多いようです。私は自店で仕込んでいます。直径50㎝の銅ボールに2kgのグラニュー糖、水を加え120°まで加熱します。ここへ2kgのヘーゼルナッツを加えじっくりと火にかけキャラメル化させていきます。1時間ほど火の前に立ち、大きな木べらで絶えず混ぜ続けるので重労働です。このナッツを冷ましてフードプロセッサーにかけ、ペースト状にしたものがプラリネです。外注の物に比べてなめらかさは劣りますが。香りは抜群です。他の比になりません。キャラメルの具合をコントロールできるのも自家製の良いところです。
フイユタージュ、フィヤンティーヌ、チョコレート、このテンプレートを軸に考え、各旬の食材を盛り込み、通年お出しできるデザートとしました。その中から一部のデザートを紹介します。

Feuilleté au marron, MB, yuzus, praline noisettes
マロンのフイユテ  モンブラン  ユズ  プラリネノワゼット

このデザートはマロンと柚子をメインにチョコレートとプラリネがサポート役のデザートです。
マロンはピューレとペースト、クリーム、3つの形状のモノを練り上げ、バターをたっぷり加えコクを出しました。モンブランをラム酒風味にするのは好みではないにでここでは加えていません。
フィヤンティーヌにはチョコレート(ドゥルセ)とヘーゼルナッツのプラリネをあわせます。
ヴァローナのドゥルセというブロンドチョコレート。香ばしさと塩味を兼ね備えた大変おいしいチョコレートです。販売当初、業者さんがサンプルを持ってきて、あまりのおいしさにすぐに注文手配をしたほどです
そして酸味のアクセント要素、柚子です。クリームとコンフィ(ジャム)、ソルベに柚子を使用しました。この柚子の要素を点在させることでどこを食べても柚子を感じられるよう配慮しています。
迎え撃つは濃厚なマロン、チョコレート、プラリネです。アクセント要素が中途半端だとバランスを崩します。柚子のソルベにはボンベイサファイア(ジン)を、クリームとコンフィにはパッションフルーツを加えてキレを補っています。
このデザートは去年の12月、”グルメチキンレース・ゴチになります!”の収録でも提供したメニューです。注文していただいたタレントのみなさん、キレイに完食してくださいました。

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Feuilleté aux fruits rouges, champagne, rose,
赤い果実のフイユテ  シャンパーニュ  ローズ  

ベリーをメインにバラのフレーバーを加えました。ラズベリーのクリームにはラズベリービネガーを少量加え少しクセのある味わいに。最後まで食べ飽きない工夫です。
チョコレートはヴァローナのインスピレーションシリーズのラズベリーフレーバーを使用しました。このチョコレート、発色がとてもキレイです。板状に成形し一番目立つ部分に配置しました。そして酸味がハッキリしているのでアクセントには持ってこいです。
フィヤンティーヌにもプラリネとラズベリーのチョコレートを合わせます。
このデザートは挑戦でした。個人的に酸味主体のフイユタージュ菓子があまり好みではなかったからです。この酸味とフイユタージュのバランスを繋いでくれるのが辛口のシャンパンジュレでした。このジュレを使うと、反発しながら調和へ向かう、そんな不思議を味わえます。このパーツがデザートに与える働きはキレと清涼感と潤いです。辛口シャンパンのアクセントと微発泡の爽やかさ、そして水分が加わることで口内の潤滑剤として機能します。このジュレ無くしてこのデザートは成り立たない、それぐらい重要な要素です。
今年の春メニューのデザートです。昨今の影響により提供していた期間は短かったですが、ゲストには大変ご好評いただきました。

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Feuilleté au citron,praliné noisettes,jivara
レモンのフイユテ プラリネノワゼット ジヴァラ ラクテ

先にもお伝えしたように酸味主体のフイユタージュ菓子が私は好みではありません。しかし欧米で愛される続けるレモンパイ、フランスの古典菓子タルト・オ ・シトロン。これらの菓子はフレッシュレモンを丸かじりするのと何ら変わらない、酸味だけが際立っています。パイやタルトの食感さえも不快でならない。なぜ普遍で愛され続けるのか、この事実に背を向けることはできませんでした。何とか自分の解釈を持ち、歩み寄りの意味を込めこのデザートを提案しました。
まず、伝統的なレモンクリームのレシピがあり、これが目の覚めるような酸味なのです。しかしレシピにはあえて手を加えず、クリームが占める割合を少なくすることにしました。デザートのアクセントとして考えればこの酸味は申し分ないからです。そしてお気に入りのプラリネ・ノワゼットをふんだんに使用します。プラリネはやはりフィヤンティーヌと合わせ、さらに世界一美味しいミルクチョコレート、ジヴァラ・ラクテを加えます。さらにプラリネはクリームとしても使用し際立つ酸味とのバランスを図ります。
レモンのソルベは酸味よりもキレの要素で、ジンを多めに配合し清涼感を意識しての採用です。仕上げのミントは決して装飾目的だけでなくポイントで味わいの変化を楽しんでいただく意図があります。
これが私が考え抜いた”レモンパイ”です。私と同じような抵抗意識がある人にこそ召し上がっていただきたい一品です。

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フイユタージュへ

フイユタージュはデトランプとバターが無数の層を成した生地です。バターが高温にさらされ沸き上がり、その蒸気圧で生地が持ち上がります。その様はまるで生き物のようです。今なお生地が焼かれる瞬間、幼い頃の好奇心が蘇るんです。いつもありがとうございます。
粉、バター、水、塩、材料はたったこれだけ。たったこれだけの材料だからこそごまかしは効きません。いや、ごまかせません。これまで愛を持って接してきた生地ですから。今後も長く寄り添うことになるでしょう。よろしくお願いします。

ありがとうございました。



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