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パンチライン百科事典 p.28 -NYNEX-

 2022年4月8日、ニューヨークのアンダーグラウンドシーンで長年確かな存在感を放ち続けているアーティスト、Billy Woodsが新譜『Aethiopes』をリリースしました。今作も彼のラップスタイルの特徴である、社会性に溢れる歌詞と詩的表現、ストーリーテリング的なラップアプローチが存分に詰まっており、ある程度の覚悟を持ってリスニングに臨まなければ聴き逃してしまうようなメッセージが数多く散りばめられています。今回はそんな彼の複雑な魅力を皆さんにもなるべく分かりやすく紹介したいと思い、比較的シンプルなラインを一つピックアップしました。


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Billy Woods -  NYNEX 0:10〜

The future isn't flying cars, it's Rachel Dolezal absolved
未来は空飛ぶ車ではなく、レイチェル・ドレザルの免罪だ

0:10〜

 この曲は客演にElucidQuelle ChirsDenmark Vesseyを呼んでおり、本アルバム『Aethiopes』において最も豪華な作りの曲となっています。そして、その名だたるメンツから発せられる言葉の中でも、最もパワフルな衝撃を残したのが個人的にはBilly Woodsのこのラインでした。この曲でのBillyは基本的に、彼が考える社会の悲惨な将来像に関して淡々とラップしており、これはその最たる例となる一文です。まず「レイチェル・ドレザル(Rachel Doleza)」というのがどういう人物なのか軽く説明します。

レイチェル・ドレザル(Rachel Doleza)

 彼女は全米黒人地位向上協会のワシントン州スポケーン支部の元支部長であり、当時全米を代表する人権活動家の1人だったのですが、2015年に彼女が自身のことを長年黒人だと偽っていたことが判明し、大きな社会問題となりました。いわゆるこの人種詐称を彼女は今となっては「人種転換(transracial)である」と主張しているわけですが、Billyはこのような主張がまかり通ってしまう社会に対し疑問を呈し、楽曲を通して彼が感じている危機を共有しようとしているのではないでしょうか。このラインの「The future isn't flying cars(未来は空を飛ぶ車ではないぞ)」という部分から分かる通り、確かに私たちが想像する未来は、まるでドラえもんの世界のように、車が空を飛びかうような華やかなテクノロジーの発展と結びついていることが多いかもしれません。

しかし、現実は違うんだと。「it's Rachel Dolezal absolved(レイチェル・ドレザルの免罪だ)」の通り、実際は人種の詐称といった特定のコミュニティや文化に対してリスペクトに欠ける行動を許してしまうような、人間の考え方における危険な変化が起ころうとしているとBillyは言っているわけですね。もちろん、レイチェル・ドレザルの行動には米国内でも賛否両論あり、一概にこういった考え方の変化が危険であると言い切ることは出来ないかもしれません。ただ本アルバムのコンセプト的にもここでの彼は、ブラックプライドの観点から「自分達が大切にしてきたものがそれほどにも軽く扱われようとしているのだ」という悲観的な現実として、彼女の行動を取り上げていると考えられます。また、これは拡大解釈かもしれませんが、「我々人間がより良い社会を築いていくために必要なことは、テクノロジーの発展という物質的な豊かさを追求することではなく、それぞれが平和なコミュニティを築いていくための心の豊かさを追求することである」という彼なりのメッセージが込められているようにも感じました。


P.S. DJ Preservationが全編プロデュースしているのですが、彼仕事しすぎです。笑 往年のイーストコーストの空気感を保ちつつアブストラクトな仕上がりで、且つBillyのトークを引き立てるためのドラム少なめ仕様。バッチリです。



written by じょん

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