みの

MinoMafia --SideAdabana-- 8

サンチェースは今ピンチだった。
それはもうこれ以上は無いという位に分かりやすいピンチだった。

「いい加減に楽になれよ、なあサンチェース」
「悪いなあ、あんたらとじゃ俺の潤う未来が見えねえんだわ」

革ジャンを羽織ったいかにもな男ーーどうやらボスらしいーーが安っぽい脅しをかけてくる。
唾でも吐きかけてやりたかったが、生憎ここ数日飲まず食わずで吐き出す唾すら出てこなかった。

絶賛監禁されている最中である。サンチェースの体を支えるには少々心許ない木製の椅子に縛り付けられ身動きが取れない。
潮の匂いがすることから、おそらく港の倉庫のどこかだろう。廃材やドラム缶が辺りに打ち捨てられている。それらの使い道はあまり考えたくなかった。

1週間以上前、日本にブツを届ける際にこの集団に襲われた。手口自体はとても手際が良く、サンチェースが”組織”に連絡を取る間も無くあっという間に拉致されてしまった。

見張りは常に一人。3人が数時間おきに交代している。今はボスの護衛のためなのか10人前後の人間が集まっている。
時折慌ただしく出入りするので、下手したら更に多いかもしれない。

今までは挑発するだけの威勢もあったが、流石にこれだけ飲まず喰わずでは気力を保つのも厳しい。
さて、どうしたものか。

「お前にとっても悪い話じゃねえだろうよ、サンチェース? 上手くいきゃ今まで以上に金が手に入るんだぜ?」
「あんたらの考えが気にくわねえんだよ。あいにく商売相手は好みで決めるもんでな」
「ほざけっ」
ボスらしき男もサンチェースの挑発に苛立ったのか、手を掲げ勢いよく振り下ろす。

サンチェースの頬を平手が打ち鳴らそうとした瞬間。
代わりに渇いた破裂音が二回響いた。
紛れもなく銃声だった。

ボスらしき男もうろたえた様子はなく、その場にいた部下たちに目配せする。
無言で部下たちは頷き、数名を残して倉庫の扉から外へ出て行った。

「サンチェース、お前が呼んだのか?」
男が訝しげにサンチェースを睨む。サンチェースは否定も肯定もせず、ただ男を睨み返した。

確かに呼びたいのは山々だったものの、この状況で連絡を取ることはいくらなんでもできない。
可能性があるとしたら、直前まで共にいたキナコが異変に気付いて”組織”に連絡を取った線だろうか。
しかし、いくら血の繋がりあるとはいえ、どこまでも我が道を往くキナコにサンチェースのことを毛ほども心配しているところが想像もつかなかった。
あるいは、サンチェース自身も標的である可能性も現状は否めなかった。


「遅えな、何してやがる」
5分ほど経っても音沙汰がなく、男が腹立たしげに舌打ちする。

痺れを切らした男に応えるように、再び銃声が響き渡った。数秒間銃声が鳴り続け、それが途切れると再び静寂が辺りを包む。
緊張感が漂う。暑い。サンチェースの頬を汗が伝って落ちた。

扉が開いて、何者かが姿を見せた。
部下の一人だった。フラフラとした足取りでサンチェースたちに近づいてくる。
その男は焦点も定まらないままに歩み寄るも、事切れたようにどさりと崩れ落ちた。

男たちは少しの間倒れた者をじっと見ていたが、その内の一人が銃を構えつつ壁伝いに扉ににじり寄って行った。
他の者たちは離れたまま手にしていた銃を扉に向ける。

扉ににじり寄っていた男が開け放たれたままの扉に近づいた、その時。
扉の向こうの影から男の顔に手が伸びた。
耳を掴まれた男が強引に引き寄せられ、苦悶の顔を浮かべると同時にーー180度首が回った。

ごきりっ、と嫌な音がサンチェースの耳に届いた。
男から生気が抜け、膝から崩れ落ちるかに見えた。
が、つられているかのように力の抜けた体は倒れない。
いや、実際に吊られているのだ。首の折れた男の後ろで何者かが隠れている。さながら盾のように。
人を抱えたまま侵入者はサンチェースたちに向かって急激に走ってきた。
銃を構えていた者たちは仲間の亡骸ごと侵入者にひたすら撃ち込んだ。
しかし、侵入者はそれすら意に介さない。
サンチェースたちに迫りながら亡骸の持っていた銃を奪い取り、的確に周りの男たちの眉間に銃弾をぶち込んで行く。
サンチェースの目前に来る頃には、ボスの男だけを残して周りに立っているものはいなかった。

侵入者は盾代わりにしていた亡骸をぞんざいに打ち捨て、ようやくその姿が露わになる。
侵入者は戦闘服のようなものに身を包み、顔の下半分を黒いマスクで覆っていた。
彼は確かGTO。直接の面識はなかったが、”組織”の武闘派の中でも特に暗殺に秀でているものだった。

突然現れたGTOと、あっという間に部下を壊滅させられた事実に、これまで平静を保っていたボスの男もさすがに狼狽を隠せていない。
ボスは手に持っていた銃を一瞬GTOに向けようとして、思い出したようにサンチェースを見やった。
銃口の向かう先を変え、サンチェースのこめかみに銃を突きつけようとし「こっちには人質がーー」
ボスの男が言い切るのを待たずに、GTOが彼の手首を掴む。
ボスが悲鳴をあげると、GTOに掴まれてた手がだらりと垂れていた。
間髪を容れずにGTOが体を寄せボスの首に手を回す。
再び、ごきり、と嫌な音がし、ボスの男はその場に崩折れた。

「…………」
あっという間の出来事にサンチェース自身理解が追いつかなかった。
GTOはサンチェースに歩み寄る。背中に回ると、サンチェースの首に手を添えた。
次の瞬間、サンチェースの絶叫が響き渡った。
GTOがポツリと呟く。

「やっぱり、凝ってるな」

GTOの表の仕事がストレッチトレーナーであることをサンチェースが知るのは、まだ少し先のことだった。

※本作品はフィクションです。

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