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MinoMafia --SideAdabana--

昔から夜が嫌いだった。何かから逃れるように仕事に打ち込んでも、街が静まり返っていると、どうしても余計なことを考えてしまう。
決して大それたことを考えるわけではない。ただ、なんとなしに過ぎていく時間に苛立ちを感じるのは確かだった。

PCの画面上で時間を見ると、すでに24時をすぎていた。
原稿の締め切りは12時間後の正午。けれど、どうにもやらされている感が強く、この件はいまいち筆が進まない。
今夜は徹夜かもしれない。PCの画面を見つめながらため息をついた。

正直今すぐベッドに飛び込んでしまいたい。気乗りしない仕事も、夜の焦燥も、寝てしまえば忘れられる。
魅惑的な現実逃避に後ろ髪を引かれつつ、彼女は再びキーボードを叩き始めた。
やはり進みは遅かったものの、それでも目の前の画面に意識を集中させることで雑念をふり払う。
そもそも、彼女がライターとして活動しているのも、こうして言葉を紡いでいる間は静けさから逃れられるからだった。

キーボードを叩く音。脳内に響くインタビュー時の会話。それらが入り混じり、確かな質感と輪郭を伴って人の気配を感じさせる。
人に話せば他愛ない話だと一笑に付されるだろうが、今を苛烈に生きる人たちの言葉には、それだけの熱量があると、彼女は経験から知っていた。
熱は人に伝播し、言葉は人を感化する。彼女の周りにいる人間たちも、同じように言葉の重みを知っているものばかりだった。

彼らは今頃何をしているだろう。
間違いなくデカは酒をあおっている。ブタゴリラはもしかしたら男衆を集めて肉を喰らっているかもしれない。
マリアからは先ほど連絡が入っていた。自分と同じく仕事の最中だろう。

狂一郎は、いや、考えるのも忌々しい。“組織”に入る際に、俗世のものとは別に新たに名前を与えられるのが通例だったが、よりにもよって何故「夜」の文字を入れたのか。
これまで飽きるほどに問いただしてきたが、毎回決まって「深い意味はない」としか答は返ってこなかった。

思えば”組織”も大きくなったものだ。今では全国各地で1000人以上もの人間が”組織”に関わっている。
勿論、中には興味を本意で関わり、数ヶ月もすればいなくなる者も多いが、その流動性、あるいは束縛の無さは嫌いではなかった。


“組織”などと言っても、結局のところ、これは単に物好き達が集まっているだけなのだ。
最初は本当に小さな集まりでしかなかった。たった1人の人間--に惚れ込んで、数人が集まった。の熱狂は次第に人々を巻き込み、今では最古参でさえ全容が把握できないほどに大きくなっていった。
実際に目の当たりにしていなければ、悪い冗談だと相手にしなかっただろう。
だが、そんな冗談のような”組織”が、遂には社会にまで影響を与えようとしている。

興奮を覚えると同時に、”組織”の行く先が少しばかり気がかりだった。
もはや自分では止められないほどの勢いがあると、も自嘲めいた笑いを浮かべつつ言っていた。
杞憂に終わればいいが、最近、”組織”の中でどうにもキナ臭い噂を度々耳にする。
念のため、調べておいたほうがいいかもしれない。
作業を一時中断して、彼女は電話を手にとった。


※本作品はフィクションです。

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