みの

MinoMafia --SideAdabana-- 7

財前は報告書を見ただろうか。全く想定していないところで調査員の1人が脱落した。早く人員が補充されなければ、この”組織”の情報をカバーし切れる保証はなかった。

ジュンコはカクテルを作りつつ、バー全体の話し声に耳をそばだてる。
店内にいるのは決して少ない人数ではなかったが、10人程度の話を同時に聞く程度の芸当は、情報屋として食っているジュンコにとってそれほど難しいことではなかった。当然大半は他愛もない与太話だが、稀に極上のネタを仕入れることができる。

昨日も財前から調査を依頼されている”組織”に関して興味深い話を聞くことができた。
女性二人組がしていた話によれば、近々大きな動きがあるようだ。財前への報告書にも記載しているので、あとは彼の判断を待つだけだ。

「兄貴ぃ、さすがに飲み過ぎですよぉ」
「うるせえ、飲みたい時に飲んで何が悪いっ!」

カウンターではかれこれ4時間ほど男たちが飲み続けていた。
みな例の”組織”の人間だったはずだ。大柄でサングラスを掛けている男はブタゴリラ、同じくサングラスをかけたブタゴリラより一回り小さい方が子ブタゴリラ。もう一人の名前はまだ判明していない。

話を聞いている限りでは、どうやらブタゴリラが失恋したらしい。数ヶ月に1回ほどの頻度でブタゴリラが来店するが、大抵の場合話のネタは変わらなかった。

一方で子ブタゴリラは週に1回程度で来店していた。そちらはブタゴリラと来るときを除き、毎回違う女性を連れていた記憶がある。ブタゴリラの舎弟なのだろうが、経験の豊かさでは弟子の方に軍配が上がるらしい。

キナコちゃんにも連絡がつかねえしよぉ」
ガタン、とブタゴリラがジョッキでカウンターを打ち鳴らす。
やめろ、ジョッキが割れる。それに連絡がつかないんじゃなく、無視されているだけだ。
ジュンコはブタゴリラの言うキナコの所在を知っていた。連絡は取りづらいことには違いないが、必要であれば返信くらいはできるはずだ。

ブタゴリラは尚もカウンターで愚痴をこぼし続けている。
子ブタゴリラが甲斐甲斐しく慰めるが、あまり効果は無いようだった。彼から直接女性を紹介した方がよっぽど早いだろうに、と助言を送りたくなる気持ちをぐっと飲み込む。調査のためにバーを営んでいるのもあるが、ジュンコは個人の事にあまり深入りしないよう徹していた。

それにしても、もう一人、ブタゴリラの隣に居る彼は一体何者なのだろう。
4時間以上一緒にいるにも関わらず一言も会話しないし、なんなら酒の一杯も頼まない。
一人で来店しているのであれば営業妨害も甚だしい所だが、ブタゴリラたちがいくらでも飲んでくれるため目を瞑っていた。
全くの他人ということも考えられたが、ブタゴリラが来店する時は決まって一緒にいるためその線は薄いだろう。
鼻先まで覆い隠すほどの前髪で表情は伺えない。
何を考えているのかジュンコに読み取ることはできなかったが、おそらくブタゴリラの付き人か何かなのだろうと納得しておいた。

チリン、とベルを鳴らしながらバーのドアが開いた。
「あ、デラミさんだ。ブタゴリラさん、デラミさんが来ましたよ!」

子ブタゴリラの呼びかけに、ブタゴリラが重たい頭を持ち上げドアの方を向く。ジュンコも視線だけそちらに送ると、ダークカラーで全身をコーディネートした女性ーーデラミがやや顔を赤くして歩いて来ていた。すでにどこかで飲んで来たようだ。

デラミはゆったりとした足取りでブタゴリラたちのところまで来ると、そのまま隣に腰を下ろした。
そこは今の今まで無口な彼が座っていたはずだが、どこに行ったのだろう。今の一瞬でトイレにまで行ったのなら相当に機敏だ。

「おう、よく来たな、デラミ。お前も飲むか?」
「当たり前よ、今日は飲みに来たんだから。何がいいかしら……お姉さん、何かオススメはある?」
「それでは、始まりの一杯にプレリュードフィズを」
「わかったわ、それをお願い」
「ええ、喜んで」

ジュンコは慣れた手つきでカンパリを手に取りシェイカーに注ぎ込む。カルピスとレモンジュース、アイスを加えてシェーカーを振る。
液体が混ざり、氷がカラカラと音を立てた。

「デラミも何かあったんだろ?」
ブタゴリラが何杯目か分からない酒を一気に煽る。
「そう、実は最近夫の様子が変で……浮気してるんじゃないかって」
マスターがですか?」
「そう。この前も夜中に電話がかかって来たと思ったら、急に『仕事が入った』って出て行っちゃって」

既に全員酔いが回っているからか、随分と突っ込んだ話から始まった。失恋話の次は不倫騒動とは。
グラスに氷を入れ、シェーカーの中身を注いで行く。冷たいソーダを注いでスライスレモンを飾りつける。会話を遮らないように無言でデラミに差し出した。
デラミは短くお礼を言って一口だけ飲む。

「もうあの人が何を考えてるの分からないの」
「いや、男なんてそんなもんだろ」ブタゴリラが答えた。
「確かに怪しいっすね。でも実際、マスターは表の仕事もあるでしょ? どうして浮気って思ったんすか」
それは二つあってね、と子ブタゴリラの合いの手にデラミが理由をつらつらと上げていく。
細かいが、きっちり肯定した上で質問を広げていく辺り子ブタゴリラの慣れを感じさせた。

デラミの言葉に、カウンターの隅に座っている男性が何故だか微笑んでいた。
間違いなく見た顔なのだが、それ以上考えるのをジュンコはやめた。

※本作品はフィクションです。

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