みの

MinoMafia --SideAdabana-- 6

この国は腐っている。
それが、国内でも有数の財閥の長男として生まれ、その後継として育てられた財前の結論だった。

「それでは、この件は何卒ご贔屓にお願い申し上げます」
「ええ、分かっています」

ふた回り以上自分と年の離れた人間が、財前の名を頼りに毎日頭を下げにくる。彼らはみな同じような笑顔を貼り付けていた。
自分のような若造に頭を下げることに屈辱も感じるのだろう、彼らの笑顔の奥に秘められた、財前に向けられる淀んだ感情にいい加減辟易としていた。

応接間から去っていく客人を見送ると、財前は深く息を吐きながらソファに腰をおろした。
慣れた手つきでスマートウォッチに溜まった通知を確認し、必要に応じて承認を返していく。

次のアポイントまでまだ30分はある。決まり切った内容を復唱するだけの客人に嫌気が差し、半ば強引に打ち切らせた結果だった。
そもそも今回の話であれば直接会う必要すら感じなかったが、客人がどうしてもと望んだこと、その客人の一族と財前の一族が古くから付き合いがあったことなどから、財閥内で直接会うよう厳命されてしまっていた。

ーー狸じじいめ。

口にまでは出さなかったが、忌々しさのあまりに心の中で毒づいていた。
既得権益や保身にばかり執心する者たちが牛耳る現状を、財前はどうしても許容することが出来なかった。もちろん財閥内にも変革が必要だと考えるものは少なからず居たが、物事の本質よりも慣習を優先する狸どもが踏ん反り返っている今、そういった声は立ち所に消されていく。

新陳代謝が起こらない集団は、いつか必ず腐りゆく。今、この国に必要なのは革命だ。そのためには、時として社会の裏側から力を使わなければならない。

スマートウォッチの画面をスライドしていく財前の指が、ぴたりと止まった。
そこに表示されていたのは、財前が資金を提供しているとある"組織"に関する報告だった。
資金を提供してはいるものの、それは決して信頼の証ではない。ただ単に自らの成す事に"組織"が有用だと判断しただけのことであった。
それゆえに常に調査員を必ず二人はつけ、動向を報告させていた。
財前の目に留まったのは、その片方から送られたものだった。

そこには"組織"の調査をしていた一人が、数日前の晩から消息を絶ったと書かれていた。
その日は確か小規模な集会が開かれていた筈だ。下手を打って拘束されたか、あるいは既に手遅れか。
どちらにせよ、調査員が一人捕えられた程度で財前に辿り着かれるようなことはない。
とはいえ、新たに人を派遣するにもすぐに動かせる駒の少なさが悩ましかった。
単なる見張りでは、前任の二の轍を踏むことになりかねない。たとえ交戦したとしても切り抜けられるだけの力を持つものとなると、どうしても数は限られてくる。
財前が電話を掛けるとワンコールもしないうちに相手が出た。

「なんですか、財前さん? これから仕事だから、髪の毛のセットをしなくちゃならないんですが」
ワンコールで出た割には男の声は随分と不機嫌そうだった。仕事というのは本業のホストのことだろう。
「頼みがある、
「えーこれからですか?」
堅い口調の財前とは裏腹に、電話の男ーー銀の声は軽いものだった。

「そう言うな、サムライの出番なんだ」
「サムライ?」と聞き返す銀の声は少し弾んでいる。「本当に?」
「刀の所持も今回は許可する」
「やった! あーちょっと待ってください、そうと決まればすぐにスイッチ入れるんで…………お待たせ致しました、若」
少し間が空いてのち再び銀が口を開くと、先ほどとは打って変わって、ともすれば芝居くさいほどに真面目な態度となった。財前の呼称まで変わっている。

本人曰く、メガネを掛けることが”サムライ”へ切り替わるトリガーらしい。順当に考えれば逆に思えるが、彼なりに拘りがあるのだろう。
この男、ふざけているのか真面目なのか、財前自身昔から測りかねているため、普段から銀には本業に専念させていた。しかし、今回の件に関してはそういった部分も含め銀が適任のように思われた。


「ーー以上が今回の依頼内容だ。刀の所持は許可するが、前提として正面からの戦闘は避けろ。原則、調査に徹してくれればそれでいい」
「承りました、若。然らば、こちらで失礼させて頂きます」
ぷつり、と電話が切れた。
これで監視は2名。おそらく近いうちに”組織”の中で大きな動きがある。後のことを考えれば更に補充が必要かもしれないが、既に次の商談の時間が迫っていた。
これから来る客人を片手間で相手にできると思うほど財前は自惚れていなかった。
応接間の隣室に待機させていた秘書が「もうすぐお目見えになります」とドア越しに報告に来る。
さて、自分も気を引き締めよう。何せこの後に来るのは経済界のドンである。将来この国を変えるにしても、あの男を敵に回すにはまだ早い。
応接間の扉が開く。秘書に案内され、男が姿を現した。

不敵な笑顔で男が言う。

「ーー戦争に来たよ、財前くん」

※本作品はフィクションです。

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