みの

MinoMafia --SideAdabana-- 4

人心掌握において、”組織”で自分の右にでるものはいない。
髪型やメイク、ファッションは言うに及ばず、指先一つの動作、相手の心の揺れ動きに至るまで、何年もかけて完全に研究し尽くした。
何より彼女ーーリリーにとっての誇りは、それを自身で完結させず、周りのものに伝授できる再現性を確立したことだった。

「とは言え、それは決して難しいことではないの。まずは今の自分を認めることから始めてみて」
暗めの青色で照らされたバーカウンター。静かにジャズが流れる空間で、彼女はいつものように恋愛相談を受けていた。
寒色の店内に合う藍色を基調としたワンピースに白のカーディガンを羽織り、リリーはカシスソーダに口をつける。
依頼人が緊張してしまうため、普段は格式ばったところでのコンサルを避けていたが、今回は依頼人の強い希望ということもあり、酒を交えて話を進めていた。
当初は懸念していた通り依頼人も表面的な回答ばかりしていたが、酔いもあるのだろう、次第に依頼人自身の生い立ちといった深い話も聞くことができた。
どうやらその生い立ち故に、依頼人である彼女は人を見下さずにはいられないようであった。
人を下に見ようとする心理は、往々にしてその人自身のコンプレックスに起因する。依頼人自身が今の自分を認められれば、その心理も改善するだろうというのがリリーの見込みだった。

しばらくコンサルを続けていたが、依頼人もだいぶ酔いが回ってきたようで「今日ぁ、あぃがとうごぁいましたぁ」と呂律も回らないままに会計を済ませて帰っていった。
果たして、依頼人は変わることができるだろうか。依頼人の幸せを願っているものの、こればかりはリリーの力ではなく、依頼人の意思による。
「……だから頑張って幸せになって、」
ーー私の奴隷になってね。
彼女のつぶやきは、ピアノの音に呑み込まれて誰の耳にも届かなかった。

チリンとドアのベルが鳴った。
背の高いボブカットの女性が静かな足取りでリリーのそばに歩み寄り、隣の席に無言で腰を掛ける。手短にバーテンダーにハイボールを注文して受け取ると、グラスの半分以上を一気に流し込んだ。

「あら、よくここが分かったのね、あつこ
ミクダスに聞いた」
長身の女性ーーあつこがつまらなさそうに答えた。

「ミクダス……ああ、今日の依頼人の子ね。なんだ、知り合いだったの」
「そんなことはどうでもいい。例の件、首尾はどうなってる?」
「もちろん、上々よ」

例の件ーー仲間集めはリリーに課せられた責務だ。ただし、それは”組織”のためではない。むしろ、その逆。”組織”に革命を起こすために、リリーは仲間集めを行っている。

ちょろい男であればリリーの人心掌握術によって直接操ることも可能だったし、実際そうして洗脳した者もそこそこの人数いたが、それ以上に必要なのは質だ。
上っ面の魅了ではなく、心酔させ、リリーの意見は絶対であると思い込ませる。そのために内外問わずにリリーは恋愛相談を受け、何組も成就させてきた。
今日の依頼人ーーミクダスがアツコの知り合いと言うのなら無駄骨だったかもしれないが、仮にリリーの影響下にある人間を彼女の派閥とするのなら、”組織”内でも相当の勢力となりつつあることは間違いなかった。
まだ表面化していないだけで、あつこの計画を実行するには十分すぎる規模だろう。

「それで、具体的にこれからどうしてくつもりなの? どうやって貴方はみんなの聖母様を引き摺り下ろすつもりなの?」
「ああ」と依然として固い表情のあつこが、その計画を語り始める。
リリーは優しく微笑みながら、時折カクテルを口に運びつつ耳を傾けていた。
あつこの決意に満ちた、それでいてどこか寂しさを称えた眼差しを見て、ああ、これは愛だ、とリリーは確信する。愛ゆえに、あつこはマリアを引きずり落とそうと決めたのだ。
これまで幾人の恋愛相談を受け、そして成就に導いてきた彼女の勘がそう告げていた。

愛は世界を救う。使い古された文言だが、確かに愛にはそれだけの力があると、リリーは信じていた。
だからこそ、ともリリーは思う。
だからこそ、世界を滅ぼし得るのもまた、愛なのだろう。
リリーは新たにスティンガーを頼んだ。

※本作品はフィククションです。

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