みの

MinoMafia --SideAdabana-- 5

真っ赤な夕焼けが印象的な日だった。
仕事を終えて家に帰り、靴を脱ぎ、廊下を歩いて、リビングのドアに手をかける。
ここでAZはこれが夢だと気づく。飽きるほど繰り返し、そしてその度に死にたくなってきた夢だ。

ドアを開けリビングに入ると、クラッカーが盛大に打ち鳴らされる。
誕生日おめでとう、と当時付き合っていた女性から笑顔で祝福される。
懐かしく、心地のいい空間。
このまま、ここに居たい。けれど、これ以上先に進んではいけないこともAZは夢ながら自覚していた。
部屋から逃げ出そうと今まで夢を見るたび試んできたが、過去の記憶の再現だからかAZの心とは関係なしに体は動く。

テーブルの上には、キャンドルに火が灯された、生クリーム仕立てのホールケーキ。
部屋の明かりが消され、キャンドルの小さな火の揺らめきだけが目に映る。
息を吹きかけないうちに、キャンドルの火が消える。
生暖かい何かが頬を伝った。
明かりはつかない。
手探りにリモコンを探して手に取る。
嫌だ、ダメだ、この先は見たくない。
誰か、誰か助けーー

「大丈夫?」

誰かの声で目が覚めた。
全身にびっしょりと汗をかき、Tシャツが肌にひっついていた。不快さを感じつつゆっくりとベッドから体を起こした。
メガネをかけると自分を起こした当人に焦点があった。いけ魔だ。寝ている間に鍵を開けて入って来ていたらしい。
室内灯で明るい部屋とは対照的に、カーテンの隙間から見える外は既に暗かった。ほんの少し仮眠を取るつもりが、ガッツリと寝てしまっていたようだ。

「うなされていたみたい。怖い夢でも見た?」
「昔の夢をちょっとな」
「また? 最近多くない?」
いけ魔は心配そうな顔でタオルとペットボトルを差し出した。どちらも有難く受け取る。顔を拭って水を流し込むと、幾分不快感も晴れた。

「そうそう」といけ魔は鞄から新たに袋を取り出した。「起き抜けだけど、お菓子はどう? 新しく焼いてみたの」
「頂くよ、ありがとう」
半透明の袋で個別に包装されたその中身はクッキーだった。サクッとした食感。ちょうどいい焼き加減だった。
風味はいつものように少しだけ独特な香りだったが、なぜだか食べると気が晴れてくるので特別気にもならなかった。

「うまい」
「よかった。たくさん焼いたから好きなだけ食べて」
いけ魔はそう言ってまたいくつか袋を取り出した。甘いものは控えようと心がけているのに、どうしてもいけ魔の焼く菓子だけは断ることができなかった。
ついつい手が伸び、気付いた時には最後の一つを食べ終えてしまっていた。

「食べ終わっちゃった? 材料が手に入ったらまた焼いてくるから」
いけ魔が申し訳なさそうに謝る。謝るだなんて、とんでもない。もっと欲しい気持ちもあったが、いまは満足感の方が勝っていた。

それにしても、”材料”とわざわざ言うことは、やはり特別な素材を使っているのだろうか。
「うん」といけ魔は首肯する。「サンチェースから特別に卸してもらってるんだ」
どうしてか連絡が取れなくなっちゃってるんだけどね、といけ魔は困ったように笑った。

※本作品はフィクションです。

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