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MinoMafia --SideAdabana-- 2

誰しも、生きるために何かしら軸を持っている。
当然、それは人によって異なる。例えば、ある人にとっては「平和な日常」であるかもしれないし、またある人にとっては「家族」や「仕事」かもしれない。
「楽しく生きること」という人もいるだろうし、「モテること」に心血を注ぐ人もいるだろう。
大事なのは自分にとっての軸を認識することであり、その人の持つ軸が何であれ他者に口を出すことも出されることもあってはならない。
そして、自分にとっての生きる軸は「美女」と「美食」である。

先ほど食べ終えたばかりのフルコースの余韻に浸りつつ、食後酒としてボトルからワインをグラスに注いだ。2つのグラスに少し控えめに注ぎ終えたところで、芳醇なバラの香りが部屋を満たしていく。
ワインに関してはまだ勉強を始めたばかりであったが、友人から贈られたこの一本は初級者の自分にもかなり上質なそれであるように思われた。
彼自身の好みからすると随分と甘口であったが、なるほど余韻に浸るというのであれば、この甘さはとても心地がいい。

同席者である美女にも勧めてみたが、眠っているのか反応がなかった。彼女は深く椅子に腰をかけ微動だにせずに俯いている。まるで命を感じさせないその様子は、さながら人形のようであった。

どうやら想定していたよりも薬が効き過ぎてしまったらしい。念のため、歩み寄り彼女の手首に手を添える。規則正しい脈動が確かに感じられた。
安心したところで、自分が随分と失礼なことをしていたのに気づく。

全身を椅子に縛りつけているのに酒を勧めるだなんて、なんて配慮に欠けていたのだろう。

「美食」と「美女」を人生の軸としている自分とは思えない、あまりにも軽率な行動だった。
彼女が目覚めた時には、自身の非礼を詫びなければならない。誠意を持って謝罪をすれば、きっと彼女も許してくれるだろう。

楽観的な未来を描けたところで、この後の手順の復習を兼ねて道具を点検する。
とはいえ、それもすぐに終わる。なんせ彼の愛用する道具は二つしかない。それは、よく磨かれたナイフとフォーク。優しく肉を切るのに、これ以上の道具はない。
勿論、刃物なら他にもいくらでもあるし、切れ味を考えれば鉈や包丁の方がよっぽどいいだろう。騒音を考慮しなければチェーンソーを持ち出すのもありかもしれない。
しかし、あくまでも彼は自身の行為を「食事」だと見なしていた。包丁は料理人のものだし、チェーンソーは林業に従事するものたちのものだろう。であれば、やはり自分にとって最良の道具はこの2本をおいて考えられなかった。

薬が効き過ぎてしまったことは想定外だったが、それ以外は今のところ全て順調だ。
ターゲットを選定し、2人での食事に誘う。
2人で美食を堪能する。
別れ際に未開封を装った睡眠薬入りの水を飲ませる。
意識を失えば、あとは予め用意しておいた”2次会”の会場へお連れするだけだ。
手順自体はひどく回りくどいが、食事に薬物を混入させることなど彼の美学が良ししなかった。
水を飲まない場合も当然あるが、その場合は単に別れ、SNSに当日の様子をアップすればいいだけの話である。
そうして周囲に自分はそのような人間であると示すことで、次のターゲットを誘う時に下心などないと説明する布石とする。

活動の初期こそ食事に誘う段階で相当に苦労していたが、今では比較的クリアしやすい課題だった。
やはり”組織”の中心メンバーとの食事を経たことが、かなり良い影響を与えている。
彼らが失踪したとなれば真相が突き止められるまで調査が入ることは目に見えていた。
だが、逆にいえば彼らとの食事の様子を発信することは、それだけ自身の信頼を産むことになるだろうことも想像できた。

だからこそ、中心メンバーとの食事では、我慢して”1次会“だけでお開きにしてきたのだ。
一度だけ、我慢できずに中心メンバーの1人と”2次会”まで行ってしまったことがあった。

幸い、偽装工作がうまくいっているようで騒ぎにはなっていないが、それもどこまで続くか。
やはりターゲットとするのなら、まだ”組織”に加入して間もない者にするのがいい。ほんの数ヶ月で”組織”を抜けるものも少なくないため、行方が知れなくなろうとも、そういうものだろうと解釈してもらうことができる。当然、対外的な証拠の隠滅を図る必要はあったが。

ん、と小さくうめき声が聞こえた。
まだ朧げではあるようだが、彼女が意識を取り戻したようだった。
ちょうどこちらも準備を終えたところだ。
それでは、先ほど決めていたように謝罪から始めよう。

頂きます、を言うのはまだ少し先でいい。

※本作品はフィクションです。


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