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オンラインイベントで本当に提供するべき体験とは何なのかを裏方視点で考えてみた

岩沢兄弟・弟のたかしです。

配信ディレクターとして、無観客ライブやオンラインハッカソンなどの現場を担当することが増えました。

そのなかで、本当に必要なことは何なのか? 今まで通りただ映像を撮って配信するだけでいいのか? そんなことを考えるようになったので、ちょっとポイントをまとめてみたいと思います。

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”想像されていた未来”が来たけれど

イベントやコンサート、会議のオンライン開催が当たり前となりました。

行動制限も解除されつつある中で、「ネットワークさえつながればいつでも、どこからでも仕事や会議ができる。エンタメも楽しめる」という”想像されていた未来”を、私たちは半ば強制的に体験させられている……という状況かもしれません。

私が担当している配信や収録の仕事では、コロナ禍以前から無観客やシークレット開催などは多くありました。だから、裏方に要求されることは昔も今も変わらないはずなのですが、どうも最近、状況が変わったというか考えることが増えてきました。

元から予定していたのではなく、本来は人を集めてイベントやコンサートとして開催されるはずだったものを、オンライン開催に切り替えたときには「ツール」の選択から考え直さないと、参加者の求める体験を提供できないのではないか?と思うようになりました。

もう一度体験する側の視点に立って、伝え方、コミュニケーションのあり方について考えてみる必要がありそうです。そのポイントは、映像だからできること、コラボレーションツールだから出来ることを見極めることにあります。

そもそも必要なのは「映像」だけ?

私の得意とする分野が映像ということもあり、最初から映像だけで完結するようなオンラインイベントの相談を多く受けます。一方通行で完了するのが映像コンテンツという意識が根強く残っているようですが、コラボレーションツールを併用することで参加体験を後押しできると私は考えています。

もちろん、収録した素材をどうやって編集するのかという部分にも関わってくるので、どんなイベントでも双方向型のツールを併用するという必要はないのですが、意識を変えることでオンラインイベントの可能性も広がるはずです。

では、映像と音声を使ったオンラインイベントで組み合わせるべきツールとは何でしょうか? そしてそれはどのようにできるのでしょうか?

参加者が「空間」を意識するには?

もしもオンラインイベントにおける目的が「参加者も含めたコミュニケーション」であれば、「空間」という概念がモニター上にも必要になるでしょう。

たとえば、オンラインツール「Remo(レモ)」は、テーブルや椅子が画面上に現れ、ユーザーがその席を自分で選び、同じテーブルについた人同士でビデオチャットを繋ぐことができます。ビデオチャットのみのツールよりも、移動することで参加者はより多くの体験を受け取ることができます。

私自身がRemoを最初に見たときの印象は、「初期のテレビゲームRPGのようだな」というものでした。(ドラゴンクエストの城下町みたいじゃないですか?)

モニター上で「空間」を感じるためには、参加者が視点やキャラクターなどをコントロールできることがポイントと言えそうです。

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また、オンラインホワイトボードサービスの「Miro(ミロ)などでも、参加者のアバターは見えないものの、同じ平面の上で付箋や図形を操作できるので、ほかの誰かの存在を感じやすい構成になっています。

他には、「あつまれ どうぶつの森」など空間自体を共有するゲームや、VR空間などであれば、当たり前ですが、より簡単に空間を意識したコミュニケーションが可能です。

しかし、体験する視点が増えるほど、オンラインで体験したことをその場にいなかった人に伝えることが難しくなるという問題にもぶつかります。「Miro」のホワイトボードをリアルタイムで動かしていた人たちには共有できていた時間や経験を、それ以外の人はどのように感じるのか? 誰かが議論した後のホワイトボードや付箋の跡を見てもよくわからないように、その体験そのものを共有することは難しくなります。

オンラインイベントにおいて、ビデオチャットや映像だけでなく何かしらのツールも併用しないとコミュニケーションは難しい。けれど、その場の体験を共有するには時間の経過を追える映像が有効である。という仮説が立てられそうです。

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体験してもらうのが一番。でも、理解を促し拡散するのは映像

コミュニケーションツールを駆使しながら、映像も併用することで伝わる対象が広がる。

そのとき、映像は時間軸のメディアであるから、その特性を生かして伝えることがポイントです。

たとえば、オンラインゲームに参加している人がデバイスを操作している様子と、そのゲーム画面とを一緒に撮影することが出来れば、状況が理解しやすい映像になります。そのシーンから、画面のみの映像に切り替われれば「これは、さっき映っていた人が見ている画面だな」とわかります。

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「誰かが操作していることを眺める」という体験は、友人と一緒の部屋でテレビゲームをやったことがある世代の人であれば、思い出すことが出来るでしょう。
ちなみに、ネット上のゲーム実況動画で必ずしも操作している人の様子が必要ないのは、操作体験が動画を見る人にとっても当たり前のものになっているからでしょう。

オンラインイベントにあたってはまず、参加者の体験のあり方をどうつくるかを議論することが重要です。その上で、オンライン上の空間で何が行われているかを共有するために、映像と音声という視聴数(=体験数)を拡大できる方法を使うことは大切です。

だからこそ、参加者の動きや操作を共有できるコミュニケーションツールと、時間軸を共有できる映像や音声の使い分けを意識しながら、新しい体験共有のありかたを考え続けたいと思います。

(いわさわたかし/岩沢兄弟


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