嚥下困難な高齢者について

沖縄県立中部病院の高山義弘先生が書いていた、意識状態が悪い患者の経口摂取を再開するかについて。


高齢者の経口摂取が可能かどうかは勿論意識レベルも関係しますが、何よりも嚥下反射、咳反射が有効に機能しているかどうかが大事です。咳反射が機能しているかどうかは咳するか、むせるかで分かりますが、嚥下反射は一見して分からないことがあります。特にむせずに食べているようでも実はむせずにするすると誤嚥している、と言うケースもあるからです。

誤嚥性肺炎は正しくは不顕性誤嚥に限定され、食後にガバッと誤嚥するのは「誤嚥性肺臓炎(aspiration pneumonitis)」で「誤嚥性肺炎(aspiration pneumonia)」とは区別されます。食止めしても夜間の不顕性誤嚥によって「誤嚥性肺炎」を生じることは少なくなく、必ずしも食べさせなければ誤嚥性肺炎が起こらないわけではありません。特に経鼻経管はそれ自体が誤嚥性肺炎のリスクであり、また胃瘻も誤嚥性肺炎を有意に減少させないことが分かっています。これは誤嚥性肺炎が主に不顕性誤嚥によるものである以上むしろ当然です。

さて患者の経口摂取再開可能かどうかを見る簡便で分かりやすい検査に「嚥下テスト」があります。具体的には高山先生にpptを送付しましたから見てください。一度やれば誰でも覚えます。これにより嚥下造影などの面倒な検査をやらなくてもその患者の嚥下反射がどの程度か客観的に知ることが出来ます。高齢者の正常値は3秒以下で、10秒超えるとほとんど肺炎必発とされます。もっともこれはかなり昔に開発された検査で、感度・特異度などはきちんと調べられていません。

この検査で嚥下反射が遅延している場合は半夏厚朴湯などの適応に(保険適応は「咽頭閉塞感」ですけどこの場合は実際に食べ物がつまるわけですので)なりますが、私は最近こう言う誤嚥性肺炎をくり返す患者はそれ自体が寿命であると考えるようになりました。

黄帝内経という古い中国伝統医学の教科書に、「胃気無き者は逆となす。逆はすなわち死す」とあって、要するに食べられなければ人間お終いと言うことです。寿命だというのです。私は30年誤嚥性肺炎の研究と臨床に関わって、結局黄帝内経の言う通りだなあと思うようになりました。これは私独りが勝手にそう思うだけでなく、日本老年医学会からもこうした高齢者の人工的栄養注入について見直してはどうかという提言が出ています(https://www.jpn-geriat-soc.or.jp/proposal/pdf/jgs_ahn_gl_2012.pdf)。

誤嚥のリスクがあって経口摂取出来そうに無い。病院からは早く退院させろとせき立てられる。そうすると急性期病院の医師としては手早くやるには経鼻経管を入れて慢性期に送るというチョイスをしがちです。しかし前述したように経鼻経管はそれ自体誤嚥のリスクを高めますし、第一患者にとって不快なものです。不快ですから患者は抜こうとします。抜こうとするから両手を抑制するという、泥沼状態に陥っていきます。

日本では社会的に、一度入れてしまった経鼻経管を「抜く」というのは容易ではありません。裁判沙汰にもなりかねません。先にレトロスペクティヴな調査で、長期に経鼻経管が入っていた患者でも半数は実は抜けるのだという英論文を出しましたが(https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC7586527/)、それでも逆に言えば半数は抜けないのです。ですから慢性期に係わる者として急性期病院の医師にお願いしたいのは、病院から幾らせかされても安易に経鼻経管を入れて慢性期に送らないで欲しいと言うことです。むしろそう言う、何度試みても誤嚥性肺炎を起こす高齢者というのは一つの寿命の形であることを家族に十分説明し、「看取り目的」で送ってきてくれれば我々も対応がしやすいのです。どうぞよろしくお願いします。

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