岩崎本舗の「波乱まんじゅう記」5
こうして、地元の人からも愛される「長崎角煮まんじゅう」が完成しました。
販売当初は、順調に売れていましたが、次第に角煮まんじゅうの売れ行きは落ちていきます。
なぜ売れ行きが落ちていくのか考えた結果、「角煮まんじゅうは日常品ではなく嗜好品だからこそ、地元の人が遠のくのだ」と栄司は気づいたのです。
商品をたまに買ってくれる人の購入に繋がれば、もっと売れるのではないか?と考え、ある試みをします。
それは、長崎ちゃんぽん・皿うどんを販売する「みろくや」さんがブレイクするきっかけとなった物産展への出店でした。
栄司は、みろくやさんの販売体制をみて、すぐに長崎県の物産協会に連絡を取り、角煮まんじゅうの試食を送りました。
物産協会の当時の担当の方からは
「まだ知名度もない。やめたほうが良い。」
と忠告されてしまいましたが、その忠告を押し切り、長崎浜屋の物産展に参加しました。
普段、お店で販売した場合、二人で八万円程度の売上…期待と不安でいっぱいの栄司でしたが、なんと!
1人で15万円も売り上げたのです。栄司は物産展の出店に面白さと手応えを感じます。
知名度が低いという弱点を克服するため、まずは、角煮まんじゅうをもっとたくさんの方に知ってもらうために売り場で試食を配り始めます。
その試食配りは今も受け継がれ、岩崎本舗の各店舗、物産展でもたくさんの方にお試しいただいています。
たくさんの方にお試しいただき、ご購入いただいたことで、口コミが広がり、テレビなどで取り扱っていただく機会も増え、瞬く間に角煮まんじゅうは「長崎の名物」として、全国に知られていきます。
ところが、売上があがるにつれて、今度は製造が追いつかない状態が続くようになります。
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