恋十夜 第二夜

こんな夢を見た。多分夢だと思う。

雨上がりの夜。歩道の水たまりが街路灯に照らされ、鏡の様に光っている。
私は水たまりを避けながら家路を急ぐ。

(あー疲れた)

新人研修が終わり週明けからは配属先での勤務が始まる。今日は激励会だった。

(眠い、早く帰ってお風呂に入りたい…)

バシャっ!

少しのアルコールと、疲れ、おまけにボーッとしていたせいで、うっかり水たまりを踏んでしまった。

(あちゃー。濡れちゃったぁ…)

次の瞬間、視界が傾き、水たまりの奥へと身体が引き摺り込まれた。

「えぇぇええっ???」

暗い空間を抜け、私の体はどこかに着地した。
と、思ったが、先ほどと変わらぬ道を歩いている。

(思ったより酔っ払っているなぁ)

私は寮への道を急いだ。

最寄駅から歩くこと10分、寮に着いた。
私に当てがわれた寮は築25年のボロアパート。他の同期は新築の寮に入寮しているというのに、入社早々独身寮ガチャで敗北した。

(まぁ、ボロいけど他の寮より会社に近いからいいけどね…ん?)

今日はなんだか寮が新しく見える。
灰色に薄汚れていた外壁が白い。元はこういう色だったのか。

(業者に頼んで掃除でもしたのかな?でも、そんなお知らせ入ってなかったよなぁ)

まぁ、いいか。と、鍵を開け部屋に入ると見知らぬ男が部屋で寛いでいる。

「えええぇっ???」

 同期の誰かがふざけて遊びにきた?いやいや、部屋の鍵は私が持ってる、それにあんなヤツ見た事ない。じゃあ一体…?

「は?誰アンタ?」

私の存在に気がついた男がこちらを振り返る。

(イヤァァァァ〜!!!)

パニックになった私は恐怖から男に向かって手当たり次第ものを投げつける。
相手が怪我したって構うもんか。人の部屋に勝手に入ってくるやつが悪い。

ガツっ

最後に投げたスマホが男の額にクリーンヒット。男はそのまま倒れた。

「フー!やった」

とりあえず警察に電話しようとスマホを探すが見つからない。
そりゃそうだ、男に投げつけたのだから。

我ながらマヌケだと後悔するも時すでに遅し。
倒れた男を目覚めさせない様、そろりそろりと近づきスマホを回収した。

「あっ!」

投げつけたせいでスマホ背面ガラスがバキバキに割れてしまっている。

「あー買ったばかりなのに最悪」

 それもこれもこの不法侵入男が悪いんだ!とっとと警察に突き出して弁償させてやる!

「おいっ!オマエ!!」
「ひゃあっ!」

倒れていた男が起き上がった。何というリカバリの速さ!

(ヤバイヤバイ!男が独身寮に忍び込むって事は強姦目当てだよね?私このままじゃこの変態男に汚されてしまううううう…)

「急に人の部屋に入ってきて何なんだ?」
「ええっ?!」

 変態男が訳のわからないことを言い出した。

(人の部屋ですって??人の部屋な訳ない。ここは私の部屋。もうっ!こんな変態の言葉いちいち取り合ってるヒマはないわ。まずは警察!警察を呼ばなきゃ!!)

私はスマホの緊急ボタンを押す。助けて!国家権力!!


「……何で?」

つながらない。こんな時に通信障害?

「オマエさっきから何やってんだ?」
「いやっあ!」

抵抗するも腕を掴まれ、あっさりスマホを奪われる。男の力には敵わない。

(ああああ、万事休す…私はこのまま変態の餌食に…)

「うわっ!何だよこれ、お前こんなのどこで手に入れたんだ?」
「え?」

変態男は興味深げにスマホをいじっている。

<<カシャ>>

「うわわわわっ!これカメラ?うそだろ?こんなに薄くて小さいのにめちゃくちゃ綺麗に撮れるじゃん」
「……え?」

新機種のスマホに感動している変態男。

「それ、12 pro」
「とぅえるぶ ぷろ?」

変態男は絵に描いたように盛大に首を傾げる。

「いや、あんたセキセイインコか?」
「あ、俺インコ好き」

何こいつ、変態なだけじゃなくてバカなの?

「いやー俺のサイバーショットが最強かと思ったけどこんな画面でっかいやつあんのな」
「あんた、どんだけ古いスマホ使ってるのよ?」
「すまほ?なんだそれ。言っとくけどサイバーショットは最新モデルだぞ」
「そんな携帯聞いた事ないわ…」
「携帯?携帯は持ってない電話はあれだけ」

変態男が指さしたのはThe・固定電話(FAX付き)

「何でこんなものが私の部屋に…?」
「…オマエ、いいかげん部屋の中よく見てみろよ」

変態男に言われて部屋の中を見回す。

(嘘でしょ…?)

違う、違う、違う、どこもかしこも私の部屋と違う。

「違う、私の部屋じゃない…」

私は自分の部屋の開けた筈なのに、何故か他人の部屋にいる…何で?ハッ!も、もしかしてココの寮って全部同じ鍵で開くタイプ?じゃあ、警察に突き出されるのは私の方?
私ったら他人の部屋に闖入して住人に暴行を働いた不法侵入罪および傷害罪じゃない!
……謝ろう。平謝りだ。うん、そうしよう。それがいい。

「…ごめんなさい。どうやら私は部屋を間違えて入ってきた様です」

 入社一年目、しかも正式配属前に騒動を起こしてしまった。最悪だ。

「え、いや。まぁ間違いは誰にでもあるっつうか…オマエ、酒飲んでんのか?」
「あ、ハイ。本日新入社員研修が終わったので激励会がありまして、そこで少々…」
「あぁーそういうことな。まぁ、酒入ってりゃヘマの一つもするわなぁ」

 謝られた事に驚いたのか変態男は闖入女(私)をフォローする。

「ま、まあなんだ。新入社員研修が終わったって事は、来週から配属先勤務が始まるんだろ?どこの部署だ?」
「…営業部です」
「おっ!マジか!俺も営業部だ。二年目の大友譲治。来週からよろしく!」
「せ、せんぱい…?」

 この事は一生ネタにしてやるから。ニカっと笑う変態男改め大友先輩。悪い人ではなさそうだ。変態呼ばわりして本当に申し訳ない。

「なぁ、ところでこのカメラどこで買ったんだ?俺も欲しい」

 大友先輩が私のスマホを興味深げに見ている。たしかに新機種だからカメラの性能は良い。画像全般が綺麗になったのだと動画を見せると大友先輩は大感動して「もっと色々教えてくれよ」と冷蔵庫からビールを取り出してきた。

「祝Vベイスターズ?」
 
 大友先輩が冷蔵庫から取り出してきたビールに祝Vの文字と星のマークのマスコットその下にベイスターズとが描かれていた。野球見ないから知らなかったけど、どうやら今年はベイスターズが優勝したらしい。

 私は勧められるがままビールをいただき、大友先輩が教えてくれと聞いてきた新しいスマホについて、さらにパソコン、おすすめのサブスクなどなど色々な話をした。その度に先輩は「ほー」と言って感心している。どうやらガジェット類には疎いらしい。
 
話してみると大友先輩は優しくて面白くて、よく見ると横浜流星に似たイケメン。

(月曜からの正式配属が楽しみだなぁ)

 私はいつのまにか眠ってしまった。


<<<ピピっ!ピピピピっ!>>>

 平日しか鳴らない目覚ましの音で目が覚めた。

(うーん月曜?確か昨日は金曜…)

 目覚まし時計が壊れたのかとテレビをつける。すると平日の朝の情報番組が映し出された。

(ヤバ!マジで月曜だ。着替えてメイクして会社に行かなきゃ!!)

***

「…と言う事で、本日付で営業部に着任になりました。よろしくお願いします!」

思いっきり走ったおかけで、初日から遅刻することなく着任の挨拶も済ますことができた。会社に近い寮で本当によかった。大友先輩も同じ寮だし、ボロさには目を瞑ろう。
ただ、肝心の大友先輩の姿が見当たらないのだ。

(もしかして先輩ってば遅刻?)

 部署内のレイアウト表を取り出して大友先輩の席を確認する。

「ない?」

 営業部の中に大友先輩の席がない。不審に思い、隣の席に座る庶務のおばちゃんに「営業部に大友譲治さんという方はいませんか?」と尋ねてみた。

「大友譲治?営業部にはいないねぇ」
「そうなんですか?」
「でも、同じ名前の人は部長室にいるよ。それも元営業部。噂をすれば、ホラ」

 私は庶務のおばちゃんが指差す方を見る。中年の男性がこちらへきた。

「よお、忘れ物届けに来たぞ」

 男性は私にスマホを渡す。背面が割れている。

(これ、大友先輩に投げつけて割れたやつ…)

 顔を上げると中年の男性はニカっと笑った。


第二夜 終

#眠れない夜に #小説

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