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2/18 とある先生の違和感

エブリシングニーズラブ。全てが愛を求めている。皆様、こんばんは。DDCJ、具合が良くなってきました。教え子の方ですがね。とりあえず完成。本当にひとまずという感じだ。僕が前に立つわけじゃないけれど、作っているショーが完成するというのは嬉しいものだね。ここからさらに完成度を上げねばね。とりあえずこれを帰りの電車で書いているんだけど、およそ11時間後にはまたレッスンなわけだから家に着いたらさっさと眠り落ちたい。内容に関してはどれくらい触れていいか分からねえな。でも僕個人的にはめちゃくちゃ好きなショーになったと言える。彼女らのリアルが浮き出てると思う。もっと色濃く象ってほしいけどね。でもその辺は自分の采配がかなり影響すると思うので、色々頑張りたいな。

一方、自分はというと。うん、まあ……そういういことだ。チームメイトの二人へ、全然進捗してなくてごめん。いやほんとね、僕の創造性ってどこで落としてしまったんだろう。何も出てこない。いや、出てこなくはないんだけど、浮かぶ点を結ぶ線が描けない。難しい。

この画像で言うとKnowledgeで止まっている。ExperienceもCreativityも仕事をしてくれない。冬だから眠たいのかな。


こういうパターンもあるんだね。知恵が深みを作るということか。他にも色々パターンはあったけど、まあ言わんとしていることは同じだったから割愛。


さ、何を書こうかな。思日記は宵越しを許さないから、この車内で一文字でも多く書きたい。元来書きたいことを書いていたんだけど、今は書く為に書いている。目的と手段が逆転しているが、それを良しとする。理由は単純、僕がルールだから。目的と手段が逆転して本来の主旨と変わっても何が悪い。文句あるか?あ?

急に思い出したんだけど、小四の時の担任の先生はよく「は?」と言う人だった。ただ僕を含めてクラスメイトたちからの信頼は厚かったと記憶している。

彼女がどういう人物かを説明しよう。名前は……まあここで書くのは憚られるからイニシャルからW先生としよう。体育会系の若い女性の先生で、いっつもジャージを着ていた。大きい声で男勝りで、感情の起伏が激しかった。でも粘着せず、褒める時は本気で褒め、叱る時は本気で叱り、といった風にスッキリした性格で皆から愛されていた。

僕もW先生のことは信頼していたと思う。当時の僕は(今もだが)運動が苦手だったのだが、縄跳びだけは誰よりも得意だった。三学期が終わり進級雨するタイミングで、先生から頂いたメッセージカードには「なわとびマスター」という言葉が添えられていたのを今でも覚えている。

そんな僕も、先生が時々放つ「は?」という疑問符だけは苦手だった。心の壁のようなものを感じていた。おそらく彼女は嫌味のつもりもなく、ただ単純にその言葉を使っていたのだと思う。それでもずっと苦手だった。心から信頼できそうな先生なのに、その言葉だけが壁となっていた。

元気しているかな、W先生。子供からすると大人ってのはおじさんおばさんか、おじいさんおばあさんの二種類しか存在しないものなので、詳しい年の頃は覚えていない。とても若かったような気もするし、意外と年増だったような気もする。

急に思い出したのだが、W先生は学生時代にセブンイレブンでバイトをしていたと言っていた。たしか社会の授業中だったと思う。ゴミの分別についての説明の中で、先生がバイトしていたセブンでは、毎日大きなゴミ箱にゴミ袋をセットしていたという話をしていた。たったそれだけの記憶なのだが、当時の僕にとっては”先生”というある種の聖域にいる人間が、”セブンイレブン”という僕らの日常に存在していたのが意外だったのだ。当たり前に思考すれば先生も普通の人間で、ダイエーにも行くしバーミヤンにも行くのだが、小学生からすると先生というのは、”先生”という生命体で、僕らとは全く違う存在だという認識を持っていた。そんな先生から過去にセブンイレブンでバイトをしていたという事実を伝えられて、違和感を覚えずにはいられまい。これがもし、”コンビニでバイトをしていた”という言葉だったらもう少しすんなり受け止められたのかも知れない。しかし、セブンイレブンという言葉はあまりに生々しすぎた。小四の僕ですら行くような我々の日常に溶け込んだ店、そこに先生が従事していたという事実。やはり違和感でしかない。

書けば書くほど何を書いているのはよく分からなくなってきた。今なら先生がセブンでバイトを……



降りる駅が近づいてきたのでパソコンを畳み、電車を降りる。22時というのにまだ人は多い。駅前のATMで幾許か下ろす。再び駅に向かい、ポケットの中の交通系ICカードにチャージをする。明日は7時半には電車に乗らなくてはいけない。だから一秒でも寝る時間を増やす為には今のうちにできることはしておかくてはならない。家に帰り風呂に入る。そして食事を済ませ今に至る。W先生のことは電車の中ではいくらでも浮かんできたのに、今は何も浮かばない。彼女はどこへ行ってしまったのだろうか。もう二度と会うことはないかもしれない。いや、おそらくはないだろう。



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