納得いかない話#8 ロリコンの話

この話は正直嫌いな話題なんですが(大半の人がそうだと思います^^;)、もう本当にね、この納得いかない話シリーズの中でもダントツ1位で書きたいことなので、魂を込めて書きたいと思います。
最後までお付き合いいただけますと幸いです。

ロリコン嗜好の方は、小児性愛障害(ペドフィリア)と言って、精神疾患だそうで、そういう方は少なからずいらっしゃるんだそうです。
これはご病気ということで、そういう精神疾患があることは理解できます。
しかしながら、当然ですがご病気だから小児性犯罪を犯していいということにはなりませんので、治療を続けながら、自身を律して生きていくか、それができなければ人に迷惑をかけない状態(例えば入院)に身を置かなくてはなりません。
自身の行動を律することが出来ない人を社会にとけこませるのは、人を殺さずにいられない人を社会に野放しにするのと同義です。
このへんの話は全く異論がないところだと思います。

問題の一つ目は、小児性愛者であることが精神疾患であるという自覚がない者がいるということ。

「可愛い子が好きでなぜ悪い!」「表現の自由だ!」「アダルトカテゴリーの1コンテンツだ!」と、こう言った嗜好の方のブログなどを見ると平気で書いています。そういう方々に共通しているのは、

「好きなんだからしょうがない」と「表現するのは自由だ」という考え方です。

確かに日本では憲法で「表現の自由」は認められていますし、好きなものを止めることは人間の内面の話なので難しいでしょう。しかし、こう言った嗜好の持ち主が、インターネット上やコミケなどの公の場で、堂々と相互コミュニケーションを図って、コミュニティーを作り情報交換したり、小児性愛を表現したコミックを販売したりすることまで許されることなんでしょうか?

否。絶対に許されません。

アメリカの禁酒者の会や薬物依存者の会とは全く違います。彼らは治療とリハビリ目的にコミュニティーを作っていますが、小児性愛者の皆さんの目的は、

単なる欲望の垂れ流しだからです

小児性愛者の欲望、又は事業者のお金儲けのために、こう言った小児性愛者向けの表現をしたエッチな漫画やノベルは、毎日のように垂れ流され続けています。

これは正しい「表現の自由」の使い方でしょうか?

そもそも表現の自由とは、図書や刊行物に猥褻な表現を規制していた時代に生まれた言葉であって、第日本帝国憲法の規制に対して、日本国憲法でその自由を保障したものであり、通説では「公共の福祉にのみ制約される」とされています。

その点で言えば、小児性愛を表現した出版物やWEB上のページは、目にした子供の心を傷つけ、子を持つ親を心配させるものであり、「公共の福祉」を明らかに阻害していると私は思います。

「表現しているだけで誰にも迷惑はかけていないし、好きな人同士のコミュニティーの中でやっている。それにアダルトコンテンツの一つとして既に市民権を獲得しているじゃないか!」というご意見もあると思います。

それこそが二つ目の問題点なのです。

二つ目の問題点は、当たり前のように「ロリコン」のカテゴリーが性的嗜好として認知され、当たり前のように販売されていることです。

これは、格闘技のカテゴリーのなかに殺人嗜好者の「人殺し」を認めることだったり、趣味のカテゴリーの中に盗癖がある方の「万引き」を認めることと何も変わりません。

一切のロリコンカテゴリーは排除され、規制されるべきなのに、なぜか日本には根付いてしまっています。それだけそういった嗜好の人が多いのかもしれません。

私もエッチなことは嫌いではありませんが、私がどんなジャンルのいやらしいことが好きだとしても、ロリコン嗜好とは全く別物です。自律できる大人が秘かな楽しみにするようなものではないのです。

ロリコン嗜好は、幼児を含む未成年者に対する性的嗜好であり、実際に性犯罪に走らないとしても、表現するだけで、子供の心を傷つけ、子供を持つ親の心を傷つけ、また、表現者と同嗜好の人間の自己肯定感を助長し、犯罪を惹起する可能性がある、社会的におおよそ許容出来ない嗜好なのです。

嗜好が犯罪とまでは言いませんが、表現は犯罪とすべきなのです。(嗜好も病気ですからすぐに病院へ!)

そうすると線引きの問題など諸課題はあるので、政府も踏み込みは甘くなるのでしょうが、早急に改善すべき日本の恥部だと確信しています。


以上が私が最も納得がいかない話でした。
ですから私は、ロリコン規制を公約した政治家には、間違いなく投票します。




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