藤井風の恐るべし世界と、沼。

唐突に、わたしは藤井風さんにハマっている。

呼び方は、藤井風(ふじいかぜ)さんだ。先日、経営するカフェに開店当初から来てくれている70代のお客さんに、「さやさんの好きな人紅白出てたね!藤井ふう!!あ、違った藤井ぷう!!!」と不意に言われて飲んでたコーヒーが鼻から出そうになったので念のためお伝えしておく。

きっかけはというと、昨年秋に北海道の礼文島という最北の離島へ出張へ行った際に出会った一人の女性との出会いからだった。連日朝から深夜まで続く視察やミーティングの中での唯一心が軽やかになる楽しみは、関東から遥々参加していた3人のバリキャリお姉さま方との温泉タイム。そして雑談。

仕事とはいえ、なんだか修学旅行のような気分で5日間楽しめたのは、ほかでもないこのイケてるお姉さま方のおかげだった。

そこにいた一際心惹かれた女性のKさんに勧められたのが、「藤井風」だった。Kさんいわく、「藤井風さん、恋愛の歌とか歌ってないねん。」

会いたさに震え、雨の中頬を伝う涙を拭い、LINEの既読を待ちわびる歌が世で多くの人の共感を呼んでいるこの時代に、「え、恋愛の歌がないんすか」とシンプルに驚いたし、速攻で「 "ふじいかぜ"」とGoogleで探したら昭和と平成と令和の良さを精度の高いミキサーで綺麗にかき混ぜたような端正な顔立ちがヒットして「いや、お願いだから恋愛の歌歌っててくれよ」と思ったが、曲を探して一番最初に出てきた「旅路」をかけた瞬間にそんな邪念は一気に吹っ飛んだ。

(念のため伝えておくと、決して恋愛ソングをディスっているのではない。恋愛してなくても恋愛ソングよく聴きます。)

その日から、藤井風さんを聴かなかった日は一日もない。

特定のアーティストや芸能人にハマったことがない私としては、初めてに近い新鮮な感覚だった。いや、正確にいうと、高校生の時に周りがジャニーズで盛り上がる中、「わたしも一緒に何か盛り上がりたい!」という思いでウエンツ瑛士さんと小池徹平さんのデュオ、「WaT(ワット)」を発掘し、友達に「え、そっち?」と驚かれたのは淡い遠い思い出だ。(誤解しないで欲しい。しっかりライブにも一度行ったが、しっかり大好きになって帰ってきた)

ほとんどの歌を耳コピで即興で弾くことができ、ピアノに限らずあらゆる楽器を自分の身体の一部のように操り、自ら作詞作曲を手がける。岡山県の人口1万人の町出身。英語は堪能ながら、歌詞は岡山弁を多用。デビューからわずか3年でSpotifyのグローバルデイリーバイラルチャートで世界4位を記録。お酒は飲まない。ベジタリアン。181センチ。B型。物をよくなくす。

煩悩にまみれた私との共通点は、B型と物をよくなくすことだけだ。よかった。共通点あって。

藤井風さんは、一貫して「執着からの解放」「素直で自由であること」、そして「自分を愛すること」の大切さを歌っている。実際に、ファンを囲い込むことなく出入り自由にしたという理由でファンクラブも設けていないし、ライブ席も一律の良心価格で、親子席や車椅子席などを用意し、何かに囚われず、みんなが楽しめるライブ設計にもなっている。

そして聴いた後に優しい気持ちになれる歌が、とても多い。

ああ 全て与えて帰ろう
ああ 何も持たずに帰ろう
与えられるものこそ 与えられたもの
ありがとう、って胸をはろう

藤井風 「帰ろう」

どの楽曲の歌詞のどの部分を切り取っても、心に淀みなく流れていくメッセージは、誰を置いていくこともなく、生きとし生けるもの全てを肯定し包み込んでくれるような優しさすら感じる。だからこそ、この時代に多くの人たちの共感を呼んでいるのだろう。

そして最近は何より、藤井風さんの世界観を作り出すチームFujii Kazeから目を離せなくなっている。

藤井風チームはミュージックビデオの監督や共演するミュージシャンやダンサーが多国籍で、若手が多い印象を受ける。

とりわけ注目すべきは、藤井風さんの多くのMVや舞台演出を務める山田健人監督だ。控えめにいって、爆イケも爆イケにイケ散らかしている。弱冠20代にして宇多田ヒカルさんをはじめとする日本を代表するアーティストのMV監督を担当し、藤井風さんの舞台演出ではド肝を抜かれる演出をガンガン決めてくる。現在、30歳というのだから驚きを隠せない。一歳年下でも、尊敬語と謙譲語と丁寧語をふんだんに使って接したい。

昨年末に開催された仙台公演では、「全部目に焼き付けて記憶に刻んでやるぞ!」と鼻息荒めで心して参加したものの、行ってみると藤井風さんから10列目の席ということが判明し、あまりの近さとかっこよさでライブが始まった瞬間からの記憶があまりない。正確には、ライブ中の2時間、ずっと記憶が飛んでいた。

結果、「どうだった?」という友人からの質問に、「すごかった。」しか言えないという事態が起きてしまった。どうやら語彙を仙台においてきてしまったようだ。

ということで、追加販売を見計らっては「もう一度あの演出を見たい!」と先週は3人の友人とともに、豪雪の日に北海道からこれまた大寒波到来中の福井の公演に向かった。死に物狂いで到着したそのライブ会場で何に一番感動したかというと、PA席(ライブを演出する人たちが座る機材席)を見た瞬間だった。

「え、そっち?」

高校生の時に言われたあの時の言葉が、また違う形で返ってきたが、「ライブ」というのは多くの人たちの手によって作り上げられるものであり、何もないゼロのところからその世界観を作り上げ、花火のように一瞬で人を魅了し、終わればまたゼロに戻すという、なんとも哲学的な仕事である。

その一瞬に魂を吹き込む仕事をされているライブに関わる全てのスタッフさんはかっこよすぎるし、素晴らしい世界を垣間見せてくれることに感謝で頭があがらない。会場にいる人たちは観客含めもれなく全員素敵だったし、今回はしっかりライブを堪能することができた。

個人的には、開演直前、3人の若い女性がすっとPA席へ入っていき、おそらく主要な部分を担う仕事をしている後ろ姿が最高にカッコよかった。若い世代が日本のエンタメの第一線を担い、そしてこれから「世界へ進出していく」という未来さえ体感させてもらえたその瞬間は、とてもとても幸せな時間だった。こんなにまだまだ若い素晴らしい多くの才能が必要なところに集まっているなんて、日本はまだ大丈夫だと、なんだか希望さえも感じられた。

一曲だけ撮影OKだった「なんなんw」のシーンから / 手前はPA席


わたしも自分の仕事が大好きだ。

目の前のことに押しつぶされそうな時もあるけれど、自分の仕事を通して、誰か一人でも笑顔になっているのを見ると、大げさではなく「今日まで生きててよかった」と思うし、がむしゃらだった20代のような生き方ではなく、30代はもっと自分自身が楽しみながら、仕事を通して自分自身をどう表現していこうかと考えることがある。

そんな自分との対峙を続けている中で出会った藤井風さんというアーティスト。初めて聴いたときに、「藤井風、いいっすね」というわたしに、少しためて、「藤井風さん、ええやろ」と真顔で返してくれたKさん。 わたしはKさんに出会えたことも、とても嬉しい出来事でした。

そして、エンタメは不要不急なんかじゃなく、多くの人たちにとって生きる源になる分野だと改めて知った2023年の幕開け。

2023年はエンタメ心を持って、エンタメのように人生を楽しんでいきたい。

追記

バックパックで世界一周していたときも然り、普段から書くことで自分の感情やその時々の気持ちを整理していたのに、一時期生業にしていた「書く」という仕事からも離れ、感情と向き合って文字と遊びながら整理することもなくなってしまったので、久しぶりに仕事に一切関係ない記事を書いてみました。タイトルには「沼」と書きましたが、実際にはもっと清らかで淀みない、四万十川のような、いや、風のような気持ちのよい世界が広がっていて、「沼」っていうのはあんまりしっくりこない表現かもしれません。でも不思議なことに書いているうちにいろんなことがスーッと抜けていったのは、これもまた世界の藤井効果か。ありがとう、藤井ぷう。あ、間違った。藤井風(かぜ)さん。

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