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DXとテキストコミュニケーション 【これからの医療とDX #10】

コロナ禍以降、筆者がコンサルティングで関わる病院では、SlackやTeams、LINE WORKSなどのチャットツールを導入するところが増えてきています。感染対策のために院内のコミュニケーション手段が対面からオンラインに移行していることも理由の一つでしょう。

チャットツールの普及とともに、テキストコミュニケーションの量と割合は医療機関でも増えつつあります。本稿では、テキストコミュニケーションとDXについてお伝えします。


テキストコミュニケーションとは

テキストコミュニケーションとは、メールやチャットなど文字情報(テキスト)をやりとりするコミュニケーションのことです。一方、会議や申し送りは通常、オーラルコミュニケーション(口頭でのコミュニケーション)の形をとっています。

大げさに聞こえるかもしれませんが、テキストコミュニケーションがDXの経営基盤をつくります。むしろ、テキストコミュニケーション中心の組織設計なしにDXを進めることは現時点では難しいとさえ思います。なぜなら、DXに必要な2大要素である「デジタルデータ」と「組織文化」は、テキストコミュニケーションによって生まれ、育つからです。


利活用できるのは「デジタルデータ」だけ

本シリーズでも「データ」という言葉を繰り返し使っていますが、データの中には利活用ができるものとできないものがあります。医療経営における “データ” を考える際に、筆者は大きく3つに分類します。エアデータ、ペーパーデータ、デジタルデータの3つです。

まず、エアデータは「口頭で伝える情報」です。これは発した瞬間になくなる特徴があります。エアデータは記憶に依存し、どこにも記録されないため、再利用することができません。

次に、ペーパーデータは「紙に記載された情報」です。会議で話されたことはエアデータですが、それを紙の議事録に書き起こせばペーパーデータになります。印刷された会議資料とそこに書き込むメモもペーパーデータに該当します。ペーパーデータは管理や保管が大変です。筆者も経験がありますが、机の上に山積みされた大量の資料から必要な情報を見つけるためには、整理整頓から始めないといけません。また、そのままでは利活用は難しいため、資料をめくりながら書いてある数値や文字をExcelに打ち込んで、時系列に並べたり、グラフ化したりします。

このExcelなどで “データ化された情報” をデジタルデータと呼んでいます。デジタルデータはアクセス可能な環境さえあれば、PCやスマートフォン上で操作が可能です。利活用できる唯一のデータ形式ともいえます。(※1)


テキストコミュニケーションとデジタルデータ

デジタルデータの観点でテキストコミュニケーションを考えましょう。テキストコミュニケーションはいわば「やりとりのデジタル化」です。これにより、「誰と誰がいつどのようなやりとりをしたか」という事実が、エアデータやペーパーデータの変遷を追うことなく、発生時点からデジタルデータで記録されていきます。(※2)

現在、医療機関のデータの多くはペーパーデータです。また、本当に必要な情報がエアデータであることも少なくありません。そして、いずれも利活用するには手間をかけてデジタルデータに変換しなければなりません。

テキストコミュニケーションの浸透は、この問題を根本的に解決します。やりとりが最初からデジタルデータとして入力されるからです。

もちろん、テキストコミュニケーションもコミュニケーションの一種なので、記録が主目的にはなりません。業務上ストレスなくやりとりできることや、コミュニケーションそのものが楽しいことが重要です。SlackやLINE WORKSなどではツールの使いやすさに加えて、スタンプをつかった楽しいやりとりができることなども利用者が増えている理由です。


テキストコミュニケーションと組織文化

テキストコミュニケーションはDX推進に必要な「ログ参照の文化」と「非同期の文化」を組織に根付かせます。

1つ目の「ログ参照の文化」とは、わからないことがあったときに、まずログ(過去の記録)をみて解決をはかろうとする職員一人ひとりの姿勢のことです。この文化がないと、職員が何かわからないことや問題に直面した際に、調べることなくベテランなどの問題解決能力の高い職員に聞いて解決しようとしてしまいます。その結果、ベテラン職員など一部の職員に“問題”が集中して疲弊してしまうなどの状況が起こります。

「まずはログを調べて、それでもわからない場合は相談する」という文化が根付いていれば、各個人で解決できることは多くなります。

また、ログ参照の文化は「言った言わない問題」にも有用です。前述の「発する瞬間になくなる」エアデータとは異なり、デジタルデータには「発生と同時にログとして残る」特徴があります。これにより、ログに残っているものを「言った」、残っていないものを「言っていない」と客観的に判断できるようになります。人類が永遠に解決できないと思われていたこの問題すらも解決できてしまうのです。

2つ目の「非同期の文化」について説明します。「非同期」とは元々コンピュータプログラミングの用語で、「複数のユーザーがタイミングを合わせずに通信や処理を行う方式」のことです。「非同期の文化」とは、相手のタイミングに合わせずに業務上のやりとりを進めていくスタイルのことです。

シリーズ第6回でご紹介した疑義照会を例に挙げると、電話(同期)からSlack(非同期)に切り替えることで効率化と質向上の両立を実現しました。従来の電話対応では、医師の出られるタイミングでなければ直接連絡がとれないので、薬局は再度かけ直したり、医師以外の職員に伝言を残したりすることで対応していました。

このやりとりをSlackで行うことで、非同期の疑義照会が可能になり、医師は時間ができたタイミングで照会内容を確認し、薬剤師に相談できるようになりました。薬局側も疑義照会を随時知らせれば、電話の掛け直しや伝達ミスによる再度の疑義照会をすることなく、返信を待つだけでよくなりました。


これは「非同期の文化」の上に成り立つDX施策の事例です。非同期で業務を行う上での懸念事項であるタイムラグを、テキストコミュニケーションによる「即座に記録された文字で送付」という特徴で補完し、より柔軟な働き方に変化させています。


テキストコミュニケーションがDXの経営基盤をつくる

冒頭で「テキストコミュニケーションがDXの経営基盤をつくる」と書きましたが、“DXの経営”を実践するためには、「データが事実を反映されていること」と「データに基づいて判断がなされること」が必要です。

インターネットやクラウドコンピューティングなどの情報技術を手軽に使えない環境では、大型のシステム投資をできる大企業を除いて、経営の意思決定の大部分を勘やセンスに頼らざるをえなかったように思います。しかし、現在、比較的安価に技術やITツールがつかえるようになりつつあります。データが事実を反映し、データから判断できる仕組みと組織を構築することで、“勘やセンス”を温存し重要な意思決定に振り向けることができます。


テキストコミュニケーション中心の組織では、やりとりが日常的にデジタルデータとして入力され、データに基づく判断が日々なされることになります。その過程を通じて、「事実をデータにして、データから判断する組織力」が醸成されるのです。それはDXを進める上でも、よりよい医療機関をつくる上でも大きな原動力となります。

「たかがチャットツール、たかがテキストコミュニケーション」と思われるかもしれませんが、テキストコミュニケーションはDX推進において最も重要な変革の一つです。デジタルデータと組織文化をつくることを念頭に取り組んでいただければと思います。

次回は、「DX導入後の教育」についてお伝えします。


※1 ペーパーデータをデジタルデータに置き換える技術がOCR(Optical Character Reader)であり、近年、ツールの進化が著しい領域です。
※2 データ構造やデータベース化の論点は非常に重要ですが、「データ入力」に劣後すると考えています。

※本記事は、倉敷中央病院医事企画課係長 犬飼貴壮さんとデジタルハリウッド大学院大学特任助教 木野瀬友人さんにアドバイスを得て執筆しております。
<筆者プロフィール>
岩本修一(いわもと・しゅういち)
株式会社DTG代表取締役CEO、医師、経営学修士。
広島大学医学部医学科卒業後、福岡和白病院、東京都立墨東病院で勤務。2014年より広島大学病院総合内科・総合診療科助教。2016年よりハイズ株式会社にて病院経営およびヘルスケアビジネスのコンサルティングに従事。2020年より株式会社omniheal・おうちの診療所目黒でCXO・医師として、経営戦略、採用・人事、オペレーション構築、マーケティング、財務会計と在宅診療業務に従事。2021年10月株式会社DTGを創業、代表取締役CEOに就任。

<関連情報>
株式会社DTGホームページ




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