『かぶとをかぶる』

ー第11回塔新人賞候補作ー

かぶとをかぶる1


かぶとをかぶる2

ここからは遠くの町へゆく駅のホームにわれと幾人か待つ
われひとりボックス席に座りゐて蒼い光は窓より入る
あの山に五歳の夏を迷ひたりそれからずつと夏に迷ひぬ
アーケード屋根の名残りを見上げつつ商店街の夏影の下
街道の標識に大本山の名は記さるる。まつすぐにゆく
坂道をゆつたり昇りゆきたれば夏の光は沁みるからだへ
本山の池に二艘の舟浮かびそのどちらかにわれは隠れし
吾の前をスーツの男歩きをり小さき町の家々で売る
風吹きし後のごとくに家はなくただ一本の櫟がありて
夏の夜に小学校が火事となり屋根の上に立ち火を払ふ父
燃え尽きし校舎の跡地のいくつもの空の溜まりに水馬の群れ
校庭に拾ひし木切れでまるを描くその先に芦谷くんと出会ひし
一本の櫟となれるわが家の跡地を過ぎて川まで降りる
蟹取りし橋の下まで降りたれば草茫々と水は淀めり
橋下でカニを数へる冬の午後芦谷くんの背に雪は降りつむ
川筋の柿の木(たしか渋柿)を目印に折れて、石段の下
石段の下に表札の跡白き廃屋はあり 芦谷くんち
アーケード商店街にウルトラの兄弟来てサイン会開きし
駄菓子屋のガラスケースはいつせいに陽を反射して夕、雨上がり
新聞紙折る父の手ぶあつい手広い手が吾にかぶとかぶせし
夕焼けに顔を半分染めながら車中で喧嘩をする父と母
真つ白きボンネットの上にちさき雪だるま置きたる父との写真
ふるさととふ言葉覚えし春を吾はトラックに乗り、越してゆきたり
ひととほり説明をうけ人形に名前を書きて箱へ納むる
死ぬための絶食し初む父のこと妻に話せり秋虫の夜
絶食をしばし忘れて好物のあんぱんを気にかけたる父は
兄でなく弟として生きたいとカミングアウトする弟に
死にたいと言ひ願ふのが生きがいの父に届けるごまのあんぱん
風呂場から梟の鳴きまね止んでリインカネーションなど無いといふ
新聞紙でかぶとをつくり妻と子にかぶせし後にかぶるわたくし

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