将棋の短歌

短歌をはじめてはや3年余。短歌よりはるかに長い時間を費やしてきた将棋に関する歌を数えてみると50近くある。1000を超える中からだから多くはない。けれど、他のうたとは違い、個人的な実感のこもった歌が多いような気がする。結社誌に提出したもの、短歌誌に佳作掲載されたものもある。日の目を見ずに埋もれていたものもある。とりあえず集めてみた。

信号を待つ白い息「ナナロクフハチヨンフ」矢倉定跡そらんじる
審判の合図にあわせいっせいに駒音激しやがてしんとす
将棋指す子のしぐさ我と同じで髪触る手を見てそっと部屋出る
はにかみの顔で駆け来る目の中の波見て次はがんばれという
場内に脱ぎ捨てられしジャンパーを回収しつつ子の勝負見やる
負けた後なんだか世界眩しくて目を細めつつエビアン飲み干す
駒形の墓石の前に頭垂れ最初の一手指し供える
駒掴む指が震えて次の空飛べないままに時間切れ負け
前の負け思い返せば目の前が真っ暗になり暫し席立つ
踊り場の窓を見上げて最後まで指し続けられる法思案する
考えてわからないなら想う手を指す指す指す指したいように指す
想うから勝つと限らぬ惨敗をせしもチームは決勝進む
羽生藤井らの住む島があるという 浜で流木拾いしわれは
決め手だと着手震わせ耳たてる「負けました」声の静かに聞ゆ
わが子とは飛車角落ちの手合いなれど今日は平手で指してみたりき
いつの間にわれが気づかぬ手を指され少しうろたえしも打ち破る
駒箱に飛車と角行しまいつつ平手で負ける春の日想う
恒例の鶴喜そばにて昼をとり将棋教えに湖畔を北へ
新しき駒をならべるように一年部員らの「おねがいします」
もう駒にふれようとせず指に巻く旧部長の髪はアッシュに
いつかまた彼女が駒に触れることあれよと願う 風、髪ほどく
投了の一手前にて着手せず涙を流す新二年生
待つことも指導のひとつ「負けました」の声待つことはわれの鍛練
会終り先生方と酒を酌み交わししときはわれは生徒に
人生は将棋用語で事足りるそう信じた夏があったこと
たとえば飛車とか銀とかそれだけで会話をつなぐ魔法みたいに
はじまりはみんな同じ構えから指し進められ終の形に
中指と人差し指で駒支えこぼれぬように枡におさめる
ひきかえにわれの内なる一面の将棋盤が月影のごと消ゆ
微睡みにこそほんとうの幸せがあるかのように次の手を読む
勝ち抜きし父を残して予選落ちの吾子はさっさと家に帰りき
負けたりて必勝だったとふわれに勝者はいつも負けでしたとふ
一手ずつ指しあふごとに雨だれは遠く響けるフィッシャールール
コントレイル手合い違ひと思えどもそれしか知らぬ角落ちと決む
コンピュータ将棋練習ひたすらに負け続けたり電源落とす
「七手詰めハンドブック」を持ちて来しお守りとしてリュックの中に
天と地と法と人とは組みあはせ名人たちの書を見上げつつ
掛け軸は木村から谷川までの森内と羽生のはまだなきか
竜王は黒きバッグを手に提げてふらりと来たる皆振り向けり
撮影の請ふたるごとに初手6二銀はスローモーションで指されぬ
静まれる対局室にわれ凛と正座を十分間続けたり
考えるスタイルは頬に手をあてタイトル戦のごとくで嬉し
われの駒少し歪みて指す指でカドを押せるは船頭のごと
秒読みは水の張られし洗面器に顔をつけゐる苦しさに似て
テレビにて見たる「投了」は水飲みてのちに告げをり ここに水なし 
ああ、たとへ記念対局だとしても勝ちたかったなWITTAMER買ひ

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?