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文化人物録42(吉野直子)

吉野直子(ハープ奏者、2018年)
→ベルリンフィルなどの名門楽団、小澤征爾やズービンメータといった巨匠との共演も多い世界的なハープ奏者だが、ご本人とお話しすると非常に謙虚で語り口も丁寧。僕はご自宅で話を伺ったが、何台ものハープが並ぶ中で対話するのは、何となく何者かの監視下に置かれているかのようで不思議な感覚だったのを覚えている。とにもかくにも、音楽には人それぞれの人生や感情の揺れ動きが表現される。吉野さんのおおらかかつ伸びやかなその人間性は、そのままハープの音色、表現に現れている。

*自主レーベル「グラツィオーソ(grazioso)」立ち上げについて
・もともと自主レーベルを作ろうと思っていたわけではないのですが、若いころにデビューしてこれまでCDもたくさん出していただきました。今は系統立てて、またソロ録音をまとめて残したいと思ったのです。こういうのはレコード会社にお願いするのが普通でしたが、今はネット配信など聴き方も変わってきている。目先のものよりも自分のものを大切にしようととりかかりました。

・CDを制作することは目的ではなく、(自分の音楽を残すための)手段です。制作するのは自分ですが、販売宣伝はキングレコードにサポートしてもらうことになりました。制作は大変で、CDのデザインから開設、レーベルの名前、登録商標まで自分がすべてに関わります。でも作りたいものができることはとても楽しいです。
・自主レーベルは海外ではありますが、日本でやっているのは鈴木秀美さんのレーベル・リベラクラシカくらいでしょうか。編集についてもはじめできたものを聴き、また次のものを聴く…と言うように続き、中身はほぼ自分で決めます。曲を理解したうえで客観的に演奏を聴くと、自分の演奏の目指すべきものが分かる。それは自分のためになるし、音楽を深く掘り下げることができます。

・レーベルでは当面ソロ作品を録音します。レーベル立ち上げから5年間で今3枚目ですが、中身は当初とは変わってきている。1枚目はハープのオーソドックスな曲、2枚目はハープのオリジナル作品、3枚目がほかの楽器の委嘱作や現代作品を集めました。ハープ奏者としての最もポピュラーなものを最初に持ってきて、2枚目以降はそこを入り口に深入りしてほしい。

・ハープはオリジナル作品が非常に少ないのです。シューマンやシューベルトなど音楽的に重要な作曲家の作品をハープで無理なくやる必要があります。ピアノで弾きなれている曲をハープで演奏すれば、聴きなれている曲の違う側面が見えるはずです。それこそハープで弾く意味のある曲といえます。ハープは個人で弾くとドイツやオーストリア系よりもフランス、イタリアなどラテン語圏系のイメージが強いですが、ハープで響かせられる曲ならいいと思います。楽器が第一で、ハープの魅力を伝えることが重要です。

・今回収録されているバッハのシャコンヌはいろんなところでCDが欲しいと言われましたが、曲として偉大過ぎてできていませんでした。今の自分ができる最良の演奏にしたつもりです。昨年50歳になり、時間の認識や流れが変わってきました。残りの人生で何でもできますが、ある程度大事なものを選んでやっていきたいです。音楽は年齢は関係なく、若い人ともやるしステージではどちらが上か下かなど関係ありません。レーベルを始めたのも、流れに乗るよりも自分で考えてやりたいと思ったからです。

・私の母もハープ奏者でしたが、昔書き込んだ譜面などが今もあります。でもレコーディングの時は知っている曲でも書き込みなしの譜面でやります。楽譜を自分で読みこむことで作曲家の書いたものが見えるのです。今の解釈でやる。ハープはどうはじくかによってスピードなども変わる。豊かな響きを重ねられるのがハープの良いところです。弦をはじいてどう工夫するのか。工夫を考えるのは面白いですね。

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