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おちょくられてるのかな?

「養育費の月々の支払いを5千円にしてくれって舐めてんですかね?」

抑えきれない怒りを全面にだしながら弁護士さんに言った。

「まあ、私もそう思いまして。はっきりと申し上げました。月5千円では一般的な算定表にも載っていない金額なので、もう少し頑張っていただかないと難しいですと。」

「そうしたらなんて言ってました?」

「8千円でいかがでしょうか?って言われましたよ」

…メルカリかよ!

『値引きしてください→無理です→じゃあ8千円で落札します』
みたいなやり取りしてる訳じゃあ無いのよ。
マジで舐めきってやがる…!

私は深く息を吸って、吐き出し気持ちを落ち着かせた。
悪いのは元・夫であって、この面倒な案件を受けてくれている弁護士さんではない。

「わかりました。そうしたら…」

私は相手がそう考えているのならば、こちらも負けじと煽ってやることにした。

ー数日後ー
私の意見通りの言葉を伝えたところ、元・夫は大激怒。
お互い、会って話し合いをしたいと言ってきたのだ。
それが私が望んでいた結果だ。

私が弁護士さんにお願いをしたのはこうだ。
「わかりました。そうしたら、今後養育費の請求を行わないという代わりに、16年分の未払いと
娘が20歳になるまでの4年間の養育費。合計金額にして240万円を一括で支払ってください。分割払いに関しては一切認めません。そもそも、毎月の支払いを行えなかったのだから譲歩はできません。…そう伝えてみて下さい。」

まあ、月に支払う金額を5千円にしてくれっていうほど生活が困窮しているのだとしても。
元・夫がバイクに車を所持していて、尚且つ趣味であるパチンコに興じているのは知っている。
どれかを削るなりすれば支払うことができる金額である事も。

きっと、馬鹿にしている私からこんな話が出ると思っていなかったんだろう。
家族揃って大騒ぎしているんだろうなぁ。
私が仕事の公休日に、お互いの中間地点である場所の公共施設の会議室を借りて
(このレンタル代は私持ち)話し合いの場を設けることにした。
今回の話し合いにも私が条件を出した。

それは、お互い弁護士のみ連れてくる事。

離婚調停のような騒ぎは勘弁だし、【自分の事なんだから親とかいつまでも頼ってんなよ】という私のメッセージも込めていた。

私が稼いでいるよりも金があるんだし、弁護士さんなんて何人も依頼できるでしょ。

そう思っていたんだけど…。

会議室に入ってきたのは、まさかの元・夫一人だけ。

え?お得意の弁護士はどうしたの?

私が内心驚いた顔で見ていると、元・夫は不満そうな目で私を睨みつけてきた。
そして席に座ると早々に口を開いた。
「今回の養育費の話なんだけど、一括では支払いができないから月々で払っていきたいって言ってるんだけど、どうしてわかってくれないの?」
私は弁護士さんに話を任せていたので返答はせず、ただ黙って元・夫を見ていた。
「それに関しては、以前もお話ししましたよね。月1万円で支払いをしていくと調停で決まっているのにも関わらず、あなたは16年間支払いをしてこなかった。今更信じられますか?」
「だからって、240万円を一括で支払いができる訳じゃない!」
「そうですか…。では、あなたがお持ちの物を処分して支払いを行うって事は考えないんですか?」
「俺には、そんな金になる様なものは持ってない。」
「私たちは、あなたの財産を確認させていただいたんですが。車とバイクを所有していますよね。」
「どっちも古いものだから金にはならないだろ。通勤に使っている物だから処分したら、どうやって通勤しろっていうんだ?」
「あなたのお住まいの団地には、5分間隔でバスが乗り入れてますよね。それで通勤されるのは考えないんですか?」
「なんで、俺がそんな大変な思いをして通勤しないといけないんだ?」
自分勝手なんだなあ…相変わらず。
呆れながら小さくため息をつくと、その行動が気に食わなくなったんだろう。
元。夫は座っていた椅子を後ろに跳ね飛ばしながら立ち上がり
「おい!お前、借金取りみたいな事しやがって!黙ってないでなんか言ったらどうなんだ!」
思い通りにならなくなったら、大声で威嚇する。
結婚していた時と全く変わらない。
それでも私は言葉を発する事なく、ただ黙って元・夫を見つめた。
大声をあげた元・夫に弁護士さんが
「話を逸らさないでいただきたい。あなたと今話をしているのは私です。」
とキツくさっきまでとは違い、声を張り上げた。
その迫力に少し気まずいと感じたのか、椅子を元に戻しそのまま座った。

この人は権力の前では、本当は弱い人。

この場での『王』は私が依頼している弁護士さんだ。

「養育費はこの方に支払うのではなく、あなたの娘さんが受け取る権利があるものです。それを調停で話し合って、あなたも支払う事を了承されたんですよね。…何故支払いを拒むんですか。」

「2度と会えない子供に支払う金はない。」

「2度と会えない?面会権に関しても調停で話合いましたよね。しかも、あなたに面会日はどうするのか彼女は毎月メールを送っています。…最終的にメールアドレスが変わってしまい面会日を決める事すらできなくなりましたが。」

その言葉に黙ってしまった元・夫。

しばらくすると大きな溜息と一緒に
「…いやぁ、マジでこの女と結婚したのは間違いだったわ。」

その言葉に思わず声を上げて笑ってしまった。
弁護士さん、元・夫がキョトンとしながら、私を見ている。
「失礼しました…。コレだけお互い嫌い合っているのに考えてる事は一緒だったのが可笑しくって」
笑って上がってしまった息を深呼吸で整えて、笑顔を元・夫に向けた。
「そう思って頂けて大変光栄です。私もあなたと結婚したのは人生最大の汚点だと思ってますから。」
元夫が顔を真っ赤にしている。その姿に私は不適な笑みを浮かべながら

「もう、私が黙ってなくても良いですかね。ここまで向こうも本音を晒してくれた訳ですし。」

弁護士さんに発言許可をとった。私の言葉に頷いてくれた。

「あのさ、240万円でいいって言ってるんだよね。それだけでも支払う気持ちっていうのはない訳?あんたと結婚していた時に私の父の保険金勝手に使ってるよね。本当はあれも返して欲しいのよ。それを我慢して240万円でいいって言ってるんだけど。」

「その金に関しては結婚の時のお前のモラハラを…」

「私がいつアンタにモラハラをしたっていうの?された事なら理解してるけど。」

「俺に小遣いを渡さなかったじゃないか!」

「渡してたじゃない。机に置いておくのがそんなに嫌だった?それとも何?『はい、おこぢゅかいですよ~、無駄使いは駄目でちゅよ』って手渡ししてあげた方が良かった?…アンタは私が正当に渡していたとしても気に食わなかったんでしょ。それをアンタにとってはモラハラな訳?」

「…。」

「世間一般的にはあんたが主張している事は通らないと思った方が良い。調停の時には弁護士さんが一緒にいてくれたから自分の意見を押し通すことができたと思うけど、今回はそうはいかないわよ。」

「俺の考えがおかしいて言いたいのか。それこそ人権侵害じゃないのか!」

「え?アンタに人権なんてあったの?知らなかった。」

「お、前!どこまで馬鹿にすれば気が済むんだ!」

「それはコッチのセリフよ。どこまで自分の知能が低いことを晒せば気が済むの?」

一人だとただ叫んで威嚇することしかできない弱い男。
何で、こんな男を私は恐れていたんだろう。

「調停の時は、私が父の生命保険を使った分を返して欲しいって言ったら、絶対婚姻生活の中で些細な出来事をでっち上げて慰謝料請求してくる事は予想がついていた。そのまま戦っても良いとは思ったんだけど、長期戦になって娘の生活が脅かされるのを避けたかったから、交換条件で相殺してあげたの。…本当は納得なんてしてる訳ない。あのお金は父が私達が困らないように遺してくれたお金だったんだから。」

「些細な事じゃないだろ!」

「何を根拠に些細じゃないって言ってるの?」

「お、俺がそう覚えているからだ。」

「アンタが自分の都合のいいように書き換えた記憶でしょ。私は根拠を示せと言われたらキチンと証拠を出すことができる。毎日記録しておいた日記がその証拠よ。」

「それこそ、でっち上げだろ。」

「見てみる?私はこう見えても細かい人間でね。その日、何時に何が起きたのか箇条書きで記録してあるの。自分の心情は一切書かずに淡々とその時になったことを記録してきた。」
私の手から日記を奪うと、それを見た元夫の顔がだんだん青ざめていく。

「何で、調停で私の意見が通ったのか。アンタと違って証拠能力のある物を提出したからよ。」

家計簿とは別に、レシートや通帳をコピーして一緒に記録に残していた。
クレジットカードの利用に関しては、クレジット会社の利用明細をつけておいた。
一つ一つは弱いカードでしかない。でも、そこにその時にあった出来事を加えておくことで強いカードに生まれ変わる。

元夫たちが用意した形ばかりの見せかけカードではなかったと言う事。
私が記録した日記を見て元夫の手がガタガタと震えている。

「その内容が本当に起こった出来事よ。アンタが自分の頭で都合よく書き換えた事じゃなくてね。それとも、母親に催眠でもかけられていたのかしら。」

「…。」

「今からでも、結婚生活中に私が受けた経済DVに関しての慰謝料と父の保険金を返納して欲しいって訴えることもできるだけど。それだけじゃない。私の実家に怒鳴り込んできた時に壊してくれた門扉の修理料金、離婚してから発覚した不貞行為に関しての慰謝料もあったし、小学校に乗り込んできたりした時の迷惑料を上乗せしてもいいんですけど?」

自分に都合が悪くなるとダンマリを決め込むのはいつもの事。
今、元夫はこう考えている。
『いかにこの状況を早く切り上げることができるのか』
おそらく、この場所に来たことは養育費を支払いためじゃない。
自分に降りかかっている面倒な状況をリスク少なく回避することができるのか。
手八丁口八丁でこの場をすり抜け、ここから逃げ出すことができれば後は知らん顔でトンズラすればいいと思っているはず。
そして、今私が口にした言葉を自分の都合の良い様にすり替えて『脅迫された!』って後から大騒ぎしたいのだろう。
ここで私が熱くなってしまっては、ヤツの思うツボ。
私は深呼吸をして、自分の気持ちを落ち着かせた。

「まあ。今はそんなことを話に来ている訳じゃないんだけど。娘の養育費をあなたは調停で一万円ならば支払えるって言って調停調書も作ってある。今さら支払いませんは通らないから。養育費だけは、何とかしてください。」

「これ支払いを拒んだ場合は俺はどうなるんですか?」

「それに関しては私もよく知らない。(聞いてはいたけれど)」
私は横に座っている弁護士に視線を送った。

「養育費を支払い拒んだ場合は、強制執行を行うことが可能になります。まず、あなたの財産を確認させていただいて差し押さえを行なっていきます。主に口座を差し押さえになります。」

給与口座の差し押さえというやり方が有る事は聞いていた。
社会保険や税金などを引いた金額の2分の1。限度額だから最大でやるとこのぐらいって事なんだろうな。

給与の半分を持っていかれるのと、親族一同に頭を下げて一括で支払うのとどっちが良いんだろうね。

そう思いながら、反対側で苦悶の表情を浮かべる元夫を眺めていた。

「…わかりました。給与の差し押さえされると生活ができないので、一括で支払います。」

小さく掠れた声で渋々支払いに関して了承をとることはできた。

その後、弁護士から支払い期日に関してかなり猶予を設けて待つことになった。
8月18日に今まで未払い分を弁護士事務所の預かり金口座に振り込むと言うことになった。

ー約束の期日。8月18日ー

その日は元々公休日だったが、次の週に娘の学校行事に一緒に行くことになっていたので
(娘の在籍している学校は、年に何回かスクーリングがある。それは地元ではないので一人で行けないと泣きつかれた)
休日返上で出勤することになっていた。

母を病院に送り出し、娘と母のお昼ご飯を用意して仕事に向かった。
遅番だったので、仕事前に息抜きをしつつ連絡が来るのか待っていた。

あの話し合いの後、元夫には改めて催告書を送付した。
まず今までの未払い養育費192万円を一括で8月18日期日。
これからの分は月末に調停調書通りの1万円を送金する事になった。

正直、期待はしていない。
というのも、催告書を送った後から、気味が悪い位何とも言ってこなくなった。

あの話し合いを終え催告書を送付した後に、元夫側にも弁護士がついた可能性がある。
弁護士に『養育費の支払いを何とか逃れる方法はないのか』とか『支払い金額を減額する方法がないのか』などと大騒ぎをしている事だろう。

そして、一番問題になるのが、元夫の母親。そう、元義母だ。
あの人間も自分の息子が可愛いので、必死に抵抗をしようとしているだろう。
現に、私の誹謗中傷が流れていることを確認している。
内容としては、こうだ。

【離婚した元嫁が汚い真似をして金を奪い取ろうとしている。】

養育費は娘の権利なのだけど。どうにも勘違いしているところがある。

出勤時間が迫る中、弁護士さんからの連絡はなかった。
私は、そのまま携帯をロッカーにいれ、作業場に向かった。

休憩時間になって、携帯を確認したがやはり連絡はなし。
うーん。
やはり、支払う気がないんだろうな。

ここで、元夫に弁護士がいない可能性を考えた。
弁護士がついていれば、連絡をしないという事は間違いなく無い。
おそらく、催告書について連絡が少なからずあるはず。
ということは弁護士を雇っていないか、引き受けてくれる弁護士を今現在も探しているか。
そんな事を考えながら仕事を終え、再度弁護士さんからの連絡がきていないか確認をしたけど
その日入金されたという連絡はなかった。

その週の土日を忙しく過ごしていた。
その間も入金があったという知らせはなく、月曜日になった。
弁護士さんから連絡が入り私は頭を抱えることになる。

【催告通知記載の期日が過ぎましたが、お相手からのご連絡や入金はありませんでした。
今後の方法としては、時効にかかっていない期間の差押えになるかと思います。】

そう、私との話し合いが終わった後、元夫は電話番号を変え連絡を取る事ができなくなってしまったのだ。

やっぱり逃げた。

弁護士さんからのメールの続きを読んで、私は深いため息が出てきた。

【差し押さえを行う場合、別途料金8万円がかかります】

その言葉を読んで『なんで支払ってもらうためにコッチがお金を出すの?』っていう
疑問が浮かんでは消えて、浮かぶたびにドロドロした感情が吹き出してくるのを
必死に抑えた。

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