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事実無根、そして復讐へ。

他の子供達が練習している片隅で、依頼されたPCを操作している。
空調がないためか。じっとりとした空気がまとわりつく。

「すみませんね。今日、どうしてもホームページの更新をしたいんですけど、みんな機械に疎くって。」
人懐っこい感じのインストラクターが近づいてきた。
「大丈夫ですよ。今回このメーカーのPCを使うのは初めてですか?」
「そうなんですよ。でも、みんなこのメーカーの携帯使ってて、操作性が変わらないっていうから買ったんですけど…。なんか上手く設定できなくて」
「今後、更新とかされる事が多いのはお客様ですか?」
「そうです!俺がほとんどかな。」
「じゃあ、今後困らないようにバックアップとか一通りレクチャーしますね」

そして、もう2度と呼ばんでくれ。

「あー助かります!じゃあ、よろしくお願いします!」

着々とセットアップが終わり、ホームページの更新までたどり着いた。
「アルバムを作って、今まで教室でやってきたイベントの写真を掲示したいんですよね。」
「じゃあ、こんな感じで作りましたので。掲示したい写真を取り込んでください。」
インストラクターがカメラをPCに繋げた。
何枚もの楽しそうな写真が画面に映り出される。
その中に元夫が教室に通っている子供達と戯れて遊んでいる写真もあった。
インストラクターがその写真を指さして
「これ、載せたいんですよね。いい感じじゃないですか?」
「…そうですね。いい写真だと思います。この教室の雰囲気が分かって良いのではないでしょうか。」
私の言葉に、インストラクターの顔が明るくなった。
「そうでしょう!こいつ、めっちゃ良いやつなんですよ!奥さん想いっていうか。」
「そうなんですねー…。」

インストラクターは写真を取り込みながら、嬉々として話をしてくる。

いや、聞きたくねーんだが…。

「なんでも、13年前に結婚して子供がいるらしいんですけど。その時の奥さんっていうのが鬼みたいな人だったらしくて、旦那に食事与えてくれなかったらしいんですよ。小遣いも渡してくれなくて、そのクセ、自分はしっかり食事とか欲しい物とか散財していたんだって。」

その元奥さんが、あなたの目の前にいるんですけどね。

元夫が『余計なこと言うんじゃない』みたいな顔でこっちを見ている。
私は冷ややかな目で、見つめ返すとその視線に気まずいのか目を逸らした。

「で、子供の親権もぶん取られちゃったらしくて。可哀想でしたね〜。しかも養育費は10万だって!それを毎月今も支払っているらしいんですよ!偉くないですか!」

その一割も支払ってませんけどね。本当は。

「その後、今の奥さんと結婚したんですけど。その頃に本当の娘さんが虐待受けているって聞いて、引き取りに行ったらしいんですけど。…もう娘さん、元奥さんに洗脳されてて引き取れなかったそうです。」

おーおー、随分話盛ってんなぁ。

「元奥さんが娘さんの境遇聞いて、迎えに行ったらしいんですけど。逆に誘拐犯呼ばわりされて警察呼ばれたらしいんですよ。」

誘拐犯呼ばわりも警察呼んだのも合ってるなあ。

「その後は可哀想だけどって接触しないようにしているらしいです。会ってしまうのがバレちゃうと娘さんの虐待が酷くなるからって。養育費だけ支払ってるそうです。」

いや、だから。
一銭も支払ってないですから。

「そんな『娘さん思いのいい奴』なんだってアピールしたいので、たくさん使いたいんですよね!」

別に勝手にそう思うなら構いませんが…。

これ明らかに名誉毀損だよね。
別に訴えることはしないけど、まぁ事実をこんなにも捻じ曲げて
そんなに自分が可愛いのか。
止まらない同僚自慢にやや嫌気がさしつつ、作業に没頭していたら
元夫が、インストラクターの頭を叩いた。
「いい加減にしろよ!人の話を勝手にベラベラと!」
叩かれた頭をさすりながら、インストラクターは
「でも、いつもは自分が嬉々として話してんじゃん。なんで今日は止めるんだよ!」
「なんでって…」
そう言いながら、私の顔を見る。
そりゃ、私に聞かれたくない話だからでしょうね。
私はすぐに視線をPCに移して、作業の続きをした。

「多くの人に知ってもらった方がいいと思うぞ?これから先生の補佐官になるんだろ?苦節を乗り越えてきた補佐官アピールにはいい材料じゃないか。」
「だから、やめろって…!」

私は、わざとエンターキーを強く打った。
すると二人がしんとなる。

「…終わりましたよ。これで、今後の更新も楽になると思います。バックアップだけはしっかり取ってください。」
「あ、はい。わかりました!」
「貴重な写真が掲載されるのを、私も楽しみにしておきますね。」
「ありがとうございます!」
「それと…。」
そう言いながら、元夫をチラリと見る。
「不用意に他の方の情報は流さない方がいいと思いますよ。今はどこで誰が聞いているか分かりませんし、情報は金になりますからね。」
インストラクターは今日の話だと思ったのだろう。
しゅんとして
「あ、気をつけます。」

これは私なりの警告だ。
【このまま事実とは違った私の情報を流し続けるならば、こちらにも考えがあるぞ】
という意味を持つ警告。

おそらく、その意図はわかったのだろう。
元夫は憎悪を浮かべた目で私を見ている。
「では、失礼します。」
私はその場を後にした。

その数日後、例の市長が発信しているSNSに新たな補佐官として
元夫が選出された。

その記事を眺めていると、娘が背後から
「あれ、そいつ…」
「そう、あなたのお父さん。」
私のPCを操作しつつ、記事をさっと読み込んでいく娘。
「へえ。政治家の補佐官になるんだぁ。養育費も支払ってないのに。」
その言葉を聞いて、私は数日前にあったことを娘に話した。

その内容に激昂したのは言うまでもない。
「全然、事実と違うじゃん!私がお母さんから虐待?なんでそんな話になっている訳?」
「その方があっちの都合にいいからよ。」
私の言葉に、「何それ、許せない」と呟きながら拳を握る。

「ねえ、お母さん。養育費って今請求しやすくなってるの知ってる?」
「知ってるよ。」
「…補佐官様になるんだったら、クリーンな方がいいと思わない?」
娘が、ニヤリと笑う。
「養育費の請求をしようよ。本当は私が成人したら請求かけるつもりだったんだけど、あのままヤツの人生薔薇色にしたくない。」

散々煮湯を飲まされてきた。
嫌がらせや、ひとり親っていうだけで就職もできない事もあった。
無理して働いて鬱になり、しまいには虐待する親のレッテルを貼られた。

「そうね、もうここら辺が我慢の限界かな。」
そうして、私たちは養育費請求という壁に立ち向かうことを決めたのだった。

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