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相手の考えが全くわからない。

娘は数日入院になってしまった。
病院のベットで、苦しそうに息をしながら、目は空中を見ていた。
「スタバ…いきたかったな。今度はいつ行けるんだろ。」
「すぐに行けるよ。もう寝なさい。」
薬が効いてきたのか、すぐに夢の中へ入っていった。
娘が寝たのを確認して、ようやく我慢していた自分の感情に向き合い
声を殺して泣いた。

あの時「スタバには行けないかも知れない」って言った意味は
『今日は無理だよ。明日出直そう』って意味で
こんな数日行けないくなるって言ったわけじゃないのに。
発作を起こすまでのストレスを与えて、アイツは何がしたいの。

警察官が静かにドアを開ける。
その気配に気がついて私は涙を手で拭った。

「すみません。大変な時なんですけどお話いいですか」
「大丈夫です。どうぞ。」

警察官二人が私の前に座る。
一人は女性警察官。ナイーブな問題だからだろう。
男の人だけだと、話の捉え方に偏りがあるから私は助かった。
「今回のような件は初めてですか?」
「娘に直接コンタクトを取るのは初めてですね。…私の職場に嫌がらせをするっていう事は何回もありましたけど。」
私の言葉を書き留めながら、今までの経緯を話していく。
離婚後の職場の嫌がらせ。友人との不貞行為。
下手に隠すよりも正直に話してしまった方が、いいと思ったからだ。
「それは何故なんでしょう。嫌がらせを受ける理由はありますか?」
「…わかりません。」
考えたこともなかった。確かに何でこんなに私や娘に執着してくるんだろう。
何で、嫌がらせをしてくるんだろう。
接近禁止命令だって出しているのに、何で?
「元配偶者さんに対して、接近禁止令も出している事が原因かも知れませんね。」
男性警察官さんがポツリと呟いた。
「禁止令が原因って…どういうことですか。」
メモを膝に置き、私と目を合わせながらゆっくりと話す。

「いるんですよ。接近禁止令を出されたことによってエスカレートする人が。もしかして、電話番号とメールアドレス変えてませんか?」
そう言われてみれば、離婚後に電話番号もメールアドレスも変更した。
正確には、今までの電話は元夫が主回線で契約しているものだったから、今まで使っていた携帯を置いてきただけの事。
そのことを説明した。
「中には配偶者を自分の所有物と勘違いをする人がいるんですよ。元旦那さんもその傾向があるんでしょうね。自分がつけた首輪を外して出ていった…。小屋に戻さないとってね。」
警察官の話に、背筋が寒くなっているのを感じた。
「まあ、ただの憶測ですが。」
憶測…?その言葉に引っ掛かりを感じた。
「相手から話を聞いたんじゃないんですか?」
「まだ、途中です。何しろ話をしてくれないので何も聞けないんですよ。」

私は、気になっていることを口にした。

「一緒にいた女性はどう言った関係なのか聞いても差し支えないですか」
「今現在の奥様だそうです。」
「そうですか。…もし、相手が話をしてどういう事が原因で私たちに執着しているのか教えていただく事は可能ですか。」
「構いませんよ。では、本日はこれで失礼します。明日から下校時刻に合わせて警察官が立つことになりましたので、少しは安心できるとは思います。」
「そうですね。でもうちの子入院してしまっているので無駄足になりませんか?」
「相手の方はもう帰っているらしいので。警戒するに越したことはないでしょう。」
そう言って警察官は帰っていった。
私も付き添い用の簡易ベットに体を預けた。
考えなきゃいけないことで、頭がいっぱい。
眠れるはずもなく、ただ窓の外をぼんやりと眺めて一晩過ごした。


翌朝。
今回の騒ぎを私から聞いて、姉が朝早く病院に来てくれた。

「…寝てないでしょ」
私の顔を見るなり、怪訝そうな顔しながら言った。
「うん…。なんか気が昂っちゃって…。」
「まぁ、そうでしょうね。ひとまず、あんたもなんか口にしないと。」
娘は病院から出た朝食をほとんど平らげ、いつもの時間なら見ることができないテレビ番組に釘付けだった。
「ちょっと、お母さんも朝ごはん食べてくる。」
「うん、わかった!行ってらっしゃい!」
昨日とはまるで別人のように、元気になっている姿を見てホッとした。

付き添いは、併設されているコンビニで食事を買って食べるしかない。
外に出て食べてくることも可能らしいが、周りはどう見ても水田しかないので
車を持っていない私にはハードルが高かった。
コンビニでパンとサラダを買ってつまみながら、昨日の事を姉に話した。
警察官から言われたことも伝えた。
姉はコーヒーを飲みながら、言った。
「所有物って考えもあるとは思うけど、ただ単に気に入らないだけかもよ。」
「それだけで?」
『うん』と頷きながら姉が続ける。
「よくいない?結婚したんだからお前は俺の物。お前が持っているのも俺の物的な考えするやつ。私はその典型だと思ってるよ。」
「ジャイアンかよ」
「そ。そこで自分の所有物だと思っていたあんたが反抗的になった事で躾けてやるって思ってんだよ。…多分。」
「そんなまさか」
「でもさ、その考えが意外と合うんだよね。目の届かないところで働いてると突撃してくるとか、自分の都合に合わせて娘を迎えに来たりとか。」
そう言われると、確かにそんな気がしてくる。
「ま、警察が介入してくれてるんだし。そのうちわかるでしょ。今はあんたら二人の体調が優先だわ。」

娘の入院は1週間で済み、退院できるようになった。
子育て医療制度を使用することが出来たので、食事代と部屋代の請求で済んだのが
かなり助かった。
極貧生活のせいで娘の医療保険を掛けていないので、持ち出しの現金で賄えるのは本当に助かる。
念の為、退院しても3日間は休んでから、学校に復帰した。

その間は姉に娘を見てもらいつつ、学校にプリントを取りに行って様子を伺った。
流石に校門前に車をつけることはしなくなっているが、すぐ目の前の公園でベンチに座っているのを見かけた。
校門からは見つけにくい位置にあるベンチで、娘の姿を探している。

ちなみになんで私がそれを知っているかというと
その公園のすぐ隣に、娘が仲良くしている友達が住んでいるマンションがある。
前回の騒ぎを、後から知ったらしいが。
PTA役員として活躍する彼女は何回も待ち伏せしている元夫を見ていた。
その時に、私たちの騒ぎを他のお母さんから聞いてマークしていたらしい。

毎日、ベランダから下の公園を監視してくれていたそうだ。
(本当にありがたい)
彼女から他のお母さんに【元夫が来てるのか確認してる】という話が広がり、
興味関心が高いからだと思うが、他のお母さんも元夫を監視するようになった。

こういう時、母親の団結力ってすごい。

娘が学校に復帰して、学校前には警察官。学校から離れた公園や通学路には
他のお母さん方が守ってくれた。
しばらくは、それで元夫も近づいてこなくなったのだけど。

1ヶ月が経過して頃、警察官が校門前に立たなくなり
他のお母さん方も年末でバタバタして、警備が手薄になった時。
再度、元夫が娘にコンタクトを取ろうと近づいてきた。

前回のことがあったので、私は娘の送り迎えを毎日していた。
その時も、私が一緒の時に元夫が近づいてきたのだ。

私は娘の手を強く握って、身構えた。

「久しぶり、寒くなってきたね。あったかい物でも食べに行こうよ」
そう言って近づいてくる元夫は、まるで誘拐犯のよう。
私が、口を開こうとした時。

「あなたとは行きたくありません。」

娘が元夫に対してハッキリと言ったのだった。

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