絵と僕の気持ちのズレ


心の弱さから少しだけど絵から離れていた、そこで少し考えるようになった、そこでとある答えが出た。

これからのお絵描き人生において、「相手」にそして「絵」に対して心で関わりたいので、語らせてもらいます。

いま現時点の僕の絵に対する気持ちは「好き」より「得意」上回っている感じがした、子供の頃は純粋に好きで描いていたんだと思う。

成長すると色々見えてくる、僕自身よりも上手な人達、その時の僕の気持ちは幼く、性格も手伝って受け止めきることが出来なかった。

そこで覚えたのが「謙遜」だった。

自分自身が傷つかないようにする事に、力を注いでいた、自分の描く絵を「下手」とへりくだり、「そんなこと無いよ」と言ってもらえる事で、自分自身を保っていたんだと思う。

「僕の絵は下手」「下手じゃないよ」そんな事を言う為に言わせる為に絵を描いていたんだと…ヒドイ話だ。

自分自身が「下手」と言う為に丁寧に描く「絵」、「下手」と言う人間から見せられる「絵」…言葉にしたらなんて無礼なんだ…。

だから心が弱い方へ傾くと、絵を描く事を避けていた、表に出す実力じゃ無いと思ってしまうからだった。

最近絵を近くにしていく事を行動に移してはいるが、絵に対して恥ずかしくないようにチャンと臨もう、完璧に使いこなそう、上手いと思ってもらおう、それらに心を注いでいた。

まだまだ僕は甘えただった。

でも「絵」はそう思っていない!
「絵」は一緒に「遠足」に行くように楽しく、一緒に「呼吸」をするように当たり前になりたいと思っていると感じる様になった。

好きな気持ちで向かい合っていなかった、好かれようと取り繕っていた、愛以前の問題だった。

思い出せ!学校から帰った後に、画用紙に向かう時の気持ちを。
絵は僕に「上手くなる事」なんか求めていない「楽しむ事」を求めている。

真摯に向き合うとは、相手の事を思い、自分自身の事を思い、良く見せよう、恥ずかしくない様に成ろうでは無い、「ただ単にただ単に良い」を突き詰めて行く。
ソレだけだ。

「絵」どうこうできるわけが無い、「相手」をどうこうできるわけが無い、僕はただ全力を尽くすのみ。

「絵」に対して「相手」に対して、申し訳なく恥ずかしい気持ちになった、もう目を背けたくない!

相手を思い楽しんで、絵を思い楽しんで、気がついたら絵が完成していた!そんな人間なねなりたい。

ココカラダ!

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40歳の独身ゴリラが、最近大きな悲しみによって寂しさを感じるようになりました。 そんな僕が「寂しい」と感じたり、つぶやいたり、「寂しさ」を紛らわす為にアレコレします。
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