マガジンのカバー画像

映画・映像・デザイン

37
映画やその他の映像についての記事をまとめました。
運営しているクリエイター

2018年6月の記事一覧

『ソナチネ』かけがえのない夏の日

北野武監督といえば、夏を舞台にした傑作が何本も思い浮かぶ。『あの夏、いちばん静かな海。』『菊次郎の夏』などはまさにそうだし、『アウトレイジ』でも夏のシーンが多い。この作家には、夏という季節が似合っている。 私は、夏の、ギラギラした光と、日が暮れて訪れる夜の闇のギャップが、北野映画に存在するギャップとよく似ていると思う。過剰なまでに暴力的な描写と、反面、どこまでも静かな、叙情性をたたえたショット。北野映画には、このふたつの要素がいつも同居している。 北野の初期作品『ソナチネ

『レディ・バード』 はばたくとき

クリスティンは自分の名前が気に入っていない。だから彼女は本名ではなく、”レディ・バード”と名乗る。彼女は生まれ育った窮屈な地方都市と、貧しい家庭を憎んでいて、”なにか”になってそこを出ていきたいと切望している。しかし、なにをやっても中途半端だ。 わたしが映画学校に通っていた頃、恩師がこう言っていた。 「ストーリーは手段にすぎない」 目新しいストーリーを考えることは、誰でもやる。でも、斬新なストーリーが”物語”になるかは、別の話。そんなことを話しながら、先生が参考作品と

恐怖!原稿紛失

アニメーションがパラパラ漫画と同じ原理で動いて見えるのはご存かと思う。たくさんの絵を目にも留まらぬ速さで重ねてゆくと、錯覚がおこるわけだ。だから、アニメの仕事に関わると、日々たくさんの絵と格闘することになる。 アニメの制作工程をかいつまんでいうと、まず絵コンテという設計図のようなものがあり、それをもとに原画というものがつくられる。これはアニメのたくさんの絵のなかでも、動きのキーになる重要な絵のことをいう。原画はアニメの良し悪しを左右するので、いちど下書きをする。この下書きは

『Vision』生命は別れ、交わり、塊となる。

ハリウッド映画が、レストランでおいしく、安全に調理された料理だとすると、河瀬直美の映画は、屠られたばかりの獣の、血のしたたる肉の塊だ。生臭く、人によっては食中毒を起こす。 奈良、吉野。悠久のときが流れる生命の森。都市の暮らしに疲れて、山守として過ごす智(永瀬正敏)は、このところ、森の様子に違和感を感じるようになった。木々のざわめきや光の具合、空気が、どことなくおかしい。同じく森に暮らす老婆、アキ(夏木マリ)は、智に言う。「森の様子がおかしいのは、千年にいちどの時が迫っている

おもいだす。アニメの日々。

TVアニメの制作進行をやっていた私は、その日も、アニメーターから回収したばかりの原画を車で運んでいた。新青梅街道の田無付近。時間は朝方4時頃だったと思う。他の車は皆無で、走っていて気持ちがいい。赤信号で止まったら、 いきなり自分の車に雷が落ちた。 バリバリバリという凄まじい音がした。そして、不思議なことに、車が勝手に走り出したのだ。落雷に驚いてアクセルを踏んでしまったのか。慌ててブレーキを踏み直したが、車は止まらない。勝手に動く車は、あれよあれよという間に赤信号のさなかの