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カンボジアの小学校で歌を歌った

世界一周3カ国目、カンボジアのシェムリアップという街を訪れた。

カンボジアに着いたら、必ず行きたい場所があった。
小学校だ。

現地に住み、実際に事業されてる加藤さんにFacebookでメッセージを送り、「小学校に行かせてください!」とお願いした。今考えてみれば図々しかったと思う。加藤さんは快く承諾してくれた。

当日、泊まっていた宿まで迎えにきてくれて、トゥクトゥクの荷台に乗せてもらい、街の離れを目指した。走り続けた。僕はギターを背負っていた。


シェムリアップの中心部の華やかさとは打って変わり、少し飛び出してみただけで、街の様子はがらりと変わっていた。

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排気ガスの匂い、クラクション、喧騒、朝の市場。貧困格差というものを初めて目の当たりにした。市場には人が群がり、生きる糧がそこら中に転がっていた。同時にそこには人の暮らしがあった。今日も生きている。生きていく。必死に。


さらに走り続けると、ある小さな村に辿り着いた。

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とても裕福とはいえない村の状態に、無意識に唾を飲み込む。1日何十円という相場で働く人たち。加藤さんは彼らに藁を作る仕事を与えてるという。生きるために働く。働くために生きる。そんな言葉が現実化した世界だ。

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そして、小学校に着いた。いつかの日本人が建てた学校だ。今日も子どもたちが一生懸命黒板と戦っている。笑いながら。
先生にお願いして、休み時間に一緒に遊ばせてもらえることになった。得体の知れない異国人に子ども達は興味津々で、カメラを向ければ、好奇心旺盛に近づいてきた。(この時 GoProをとられて壊れないかとても不安だった話はしないでおこう)

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彼らの笑顔には誰も敵わないのだろう。

僕は持ってきたギターを取り出し、音を奏でた。メロディがカンボジアの小さな学校中に響き渡った。音楽が現れた世界だ。

そして、ひとつの歌を歌った。

きっとこの世界の共通言語は
英語じゃなくて笑顔だと思う

それだけがこの世界のすべてだ。
もちろん彼らにこの言葉は届かない。でもきっと心は届いたはずだ。そう信じてもう一曲歌った。
そうだ、どんな世界でも明日はきっといい日になる。

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今思い出してみても、この日の記憶は左脳に強く焼き付いている。
世界一周中の中でもかなり思い出深い体験だ。

こんな時代になって彼らはいまどうしているだろうか。
海の向こう側では何が起こっているのだろうか。


いつか、すべてが終わったらまた彼らに会いにいこう。


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