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これは恋としか言いようがない ーーー 映画「世界でいちばんあかるい屋根」レビュー

はあ…。我ながら全然冷静さを取り戻せてないなあ。

今から2〜30年ほど前、私は熱狂的なプロレスファンで「週刊プロレス」を毎週買って読んでました。当時の週刊プロレスは「山本隆司(現・ターザン山本)」という名物編集長の存在感が強く、彼の書くポエジーなプロレスコラムは毎回楽しみにしていて、私の文章も多分それなりに彼の影響を受けていると思います。ただ時折工藤めぐみや豊田真奈美といった女子プロレスラーに対する恋愛感情が混ざったりすることがあって、それにはさすがの私もいい歳こいたオッサンが「恋」っていくらなんでも気持ち悪いだろ…と眉を潜めてしまうことが度々ありました。50過ぎて「恋」って…。

今私は当時のターザンの年齢は超えてしまっていて、おそらく老け込んだ私の風貌に照らし合わせてもキモいと言われることは百も千も万も承知ですが、それでも書かねばならないでしょう、「これは恋である」と。

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公式サイトからあらすじを引用します。

お隣の大学生・亨(伊藤健太郎)に恋する14歳の少女・つばめ(清原果耶)。優しく支えてくれる父(吉岡秀隆)と、明るく包み込んでくれる育ての母(坂井真紀)。もうすぐ2人の間に赤ちゃんが生まれるのだ。幸せそうな両親の姿はつばめの心をチクチクと刺していた。しかも、学校は元カレの笹川(醍醐虎汰朗)との悪い噂でもちきりで、なんだか居心地が悪い。つばめは書道教室の屋上でひとり過ごす時間が好きだった。ところがある夜、唯一の憩いの場に闖入者が――。空を見上げたつばめの目に飛び込んできたのは、星空を舞う老婆の姿!? 派手な装いの老婆・星ばあ(桃井かおり)はキックボードを乗り回しながら、「年くったらなんだってできるようになるんだ――」とはしゃいでいる。最初は自由気ままな星ばあが苦手だったのに、つばめはいつしか悩みを打ち明けるようになっていた。

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桃井かおりが婆さんの役を演じるようになったか…と感慨深いです。桃井かおりはやっぱり桃井かおりで婆さんの演技はどうかといわれればそりゃあ樹木希林のようなモノホンの婆さんにはまだまだ若いと感じるけれどそんなことはどうでもいい。それよりむしろ桃井かおりの口から放たれるから重みを増すセリフがあちこちに散りばめられているのが見ていてい心地よい。桃井かおりは終始楽しそうに演じていて、自分も年齢的に彼女がどんな思いでこの役に臨んでいたかよくわかります。「あんたこれからいっぱい恋するよ」--- この一見ありきたりなセリフも、桃井かおりがこれを言うってことで特別な重みが加わってきます。

人は歳を重ねてくるとそれなりに自分の人生で得た教訓を若いもんに伝えたくなる、そういう生き物なのでしょう。私もついやってしまいます。過去の失敗について偉そうに語って「だから同じ失敗を繰り返しちゃだめだよ」とかなんとか言いながら実際はこうして若者に向かって自分を語ることで懺悔みたいになっちゃってる。自分の失敗を他者に役立ててもらうことで自分の失敗をどっかで肯定しようとしてるなんて、これはこれでちょっとみっともないんだけど、それはともかく人間、歳を取って自分の人生の先が見えてくると、どこかでまだ若いこれからの人たちに良い人生を歩んで欲しいという気持ちが芽生えてくるものなのでしょう。やり直しの効かない人生だからこそ、これからの人たちに伝えたいことがムクムクと湧き上がってくる。できるならばそれを、なるべく美しいかたちでそれを伝えられたら、そんな夢を桃井かおり演じる星ばあは見せてくれます。ああ、あんな形で若者に自分のおせっかいを受け止めてもらえたらどんなに幸せだろうか。

映画の内容は、ある意味典型的な少女の成長物語で、星ばあというアクセントはあるものの物語の展開を特に深く論じていくタイプの話ではないと思います。このあと公開される芦田愛菜の「星の子」を始め、私に似たような印象を持たせる映画はたくさんありますが、私自身そのタイプの映画を特に映画館でわざわざ観ることはめったにありません。しかし、それでもこの映画にはなにか「見ておくべきだ」と感じるものがありました。ネット上の評判もさることながら、なにより主演の清原果耶の存在が気になっていて、私の中の「見るべき作品」リストの筆頭に挙がっていたのです。

朝ドラに縁のない私は、清原果耶という女優をNHKの時代劇「螢草 菜々の剣」で初めて知りました。最初は可愛らしいおちょぼ口が特徴的なチャーミングな女優さんだなと思ってみていたのですが、話が進むにつれて彼女の演技にどんどん引き込まれるようになっていきました。特に女中の身でありながら主人への恋心に気付くあたりからの演技は圧巻で、これはすごい女優が出てきた!ととても驚いたのを覚えています。

その清原果耶、本作では「螢草」に輪をかけて素晴らしい演技をしていて、変な話ですが自分の「女優を見る目」にますます自信を深めることになりました。

演じる少女は普通です。普通の多感な少女の話です。前述の通り同じような年頃の女優さんが演じる同じような映画をそれほど見ているわけではないので特別に比較もできないし、他の女優さんを批評するつもりもないのですが、それでも一本の映画で一人の女優さんの魅力にここまで圧倒される経験はちょっと記憶にありません。私はこの映画を見た日の夜、こんなツイートを投稿しました。

「俺のオールタイム・ベストは未知との遭遇で決まってるしそれは死ぬまで変わらないと思ってたけど、今ちょっとグラグラしてる…。」

未知との遭遇は多感な少年時代の私に素晴らしい映像体験と自分が生きる世界に夢を与えてくれた作品です。それゆえ、作品そのものとその出逢い方も含め、オールタイム・ベストの座は一生変わらないと思っていました。

女優の素晴らしさなんて口では説明できないし、一人ひとり尺度がちがうものだから説明する意味すらないと思いますが、あえて言うなら、本作の清原果耶は私にとって初めて見た未知との遭遇と同じレベルの強烈な映像体験でした。彼女の一挙手一投足から目が話せない、ずっと観ていたい。私が好きな女優に抱く尊敬や憧れの気持ちとは明らかに違う。好きとか嫌いとか言うレベルを遥かに超えている。この作品の清原果耶から引きずり出された感情は紛れもなく「恋心」です!

ま…大人ですから、こうしてイキって恋心を抱いたところで何をするわけでもないわけですが、それほど清原果耶が素晴らしかったのだということだけは強く訴えたいわけです。藤井道人監督に完全にやられちまったということでしょう。私はこの作品に完全に恋してしまいました。この作品にはところどころおとぎ話的なシーンが出てくるのですがそれを全くリアリティを損なわずにドラマに挟み込む演出は見事なもので、最後のあるものを介した星ばあとヒロイン・つばめとの会話などは劇場内で嗚咽する声を押し止めるのが大変でした。コロナの対策で市松状の席割りになってて本当に良かったです。そして見終わったあとの爽快さ。私が好きな映画は「私が生きる世界がこのような世界であってほしいと思える作品」なのだということをあらためて強く感じさせてくれました。

今週から続々と上映館が減っていきます。ですがぜひとも劇場で観ていただきたい作品。未知との遭遇のマザーシップに引けを取らない輝きを清原果耶という若い女優が放っています。これは紛れもなく清原果耶という映像体験であり、恋するに値する作品です。ぜひ映画館でご覧ください。

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