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のんの映画、啓太の物語。 ー 映画「星屑の町」レビュー ネタバレあり

一応言い訳できないほどののんさんのファンでありますので、公開初日に観て参りました、「星屑の町」。のんさんにとっては海月姫以来の銀幕復帰作です。

実は私、この映画のエキストラに参加してきました。のんさん見たさもさることながら、これまで舞台やテレビの現場というのは見たことがあるのですが、映画の制作現場というのは見たことがなかったので良い機会だと思ったのです。埼玉の山奥、横浜からは流石に遠かったですが(笑)。

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以下、公式サイトのあらすじから引用します。

「山田修とハローナイツ」。大手レコード会社の社員だった山田修(小宮孝泰)をリーダーに、歌好きの飲み仲間、市村敏樹(ラサール石井)と込山晃(渡辺哲)、青木五郎(有薗芳記)をコーラスに、大阪ミナミでくすぶっていた歌手の天野真吾(大平サブロー)をボーカルに迎えてスタート。途中から参加した西一夫(でんでん)は、ハローナイツの借金を肩代わりするのを条件に、博多の焼き鳥屋と4人の子どもを女房にまかせてメンバーになった。それぞれの事情を抱えながらグループを続けてきたものの、これといったヒット曲もなく、ベテラン女性歌手・キティ岩城(戸田恵子)と地方を回りながら、何とか細々と活動を続けている。

そんなある日、東北の田舎町でメンバーが出会ったのは、東京から出戻り、再び歌手になる日を夢見る田舎娘・愛(のん)。 突然、ハローナイツに入りたいと直訴して、大騒動に発展、すったもんだの末に、愛はハローナイツに加入することとなり、状況が一変!たちまち人気者となりスポットライトを浴びることになる。 思いがけず夢を叶えたかに見えたメンバーだったが─。

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このあらすじには出てきませんが、この話には愛に恋心を抱く啓太(小日向星一)という青年が出てきます。結果的に私は彼に一番感情移入しながら観ることになってしまいました。

大人に向かってズケズケと物言う愛と比べて、啓太はあまり自分の思いを前に押し出すことのできない性格で、自分の胸の内を愛に伝えることすらままなりません。父親の英二(菅原大吉)はそんな息子の気持ちには気づいているものの、自分自身も愛の母の浩美(相築あきこ)に思いを寄せていながら気持ちを口に出すことができないという、どうにも煮えきらない毎日を続けています。愛と啓太が一緒になれば、自分と浩美の距離も縮まる、そんなよこしまな考えも多少手伝って、なんとしても息子の恋心は成就させたいと英二はずっとヤキモキしているわけです。

実はこの英二の兄がハローナイツのリーダーの修で、この兄弟の関係もうまくいってない。東京に行って歌手になり、地元にはろくに戻ってこない兄、そんな兄のせいで片田舎での暮らしに縛られる弟。弟からしてみればただでさえ気に入らない兄貴が、今度は息子の大事な人を手の届かない世界に連れて行こうとする。弟として、父親として、もうこれは我慢ならないわけです。もちろん修の方は修の方で苦労があったとメンバーの市村からも助け舟が出るのですが、良くも悪くも起伏のある人生を歩んできた修と比べれば、小さな村で緩やかに下っていくだけの凪の人生を歩んできた英二の言葉のほうが圧倒的に重たくて、修は言葉を返せません。

この一連の、自分の気持ちを修にぶつけるシーンの菅原大吉さんと無言でそれを受け止める小宮孝泰さんの芝居がとにかくすごいです。カメラをどんと据えてただ何も言えない小宮さんを撮っているのですがそこから伝わってくる思いの量がハンパない。

舞台版の初演は25年前だといいます。そのころの時代がどうだったのかはわかりませんが、しかしいまこの物語を見て胸を痛める年輩の方々は少なくないと思います。たとえそれが、達者な俳優により面白おかしく演じられたとしても。

そんな中で放たれる啓太の思い切った行動には胸を打たれるものがありました。英二は啓太の恋心をわかっている、わかっているけれども愛を追いかけさせるわけにもいかない。若い啓太に頼らなければならないのが今の田舎の事情であって、それをまた啓太もよくわかっているわけです。だからこそせめて愛には自分の夢を叶えてほしいと願っている。

とにかくこの啓太がとことん心根の優しい子で、念願の歌手になって自分からどんどん離れていく愛の舞台でさえ笑顔で見ている。そんなかなり厳しい孤独の中で最後まで笑顔を浮かべている。私には絶対に真似のできない心の広さです。そんな実はとても大きな優しさの持ち主の啓太を、小日向さんは抑制を効かせながら自然に演じていて、すごく良かったです。

そしてラストなんですが、笑顔で父親と畑仕事をする啓太の姿を見ながら、なぜだか私の中には「申し訳ない」という気持ちが湧いてきました。その感情の正体はおそらく私自身の中にある、バブル景気のなかで多少刹那的な生き方をしてきたことへの今の若い人たちへの後ろめたさと、今になってわかる「大概の人生はそちら側なのだ」だというほろ苦さがないまぜになった感情でした。

そう、愛のように逞しく自分の人生を切り開いていける人は、特別なのです。

その愛を演じたのんさんですがこちらはもうあちこちで絶賛の声が上がっている通りの見事な出来で、ファンにとっては大サービスと言っていいくらいに魅力満載です。彼女が歌う姿を観に行くだけでも映画館に足を運ぶだけの価値はあります。特に劇中で披露される「新宿の女」「ほんきかしら」の2曲は思わず唸らされるほどの出来で、潮騒のメモリーズしか知らないでんでんさんあたりはかなり驚いたのではないでしょうか。太平サブローさんとのデュエット「MISS YOU」を聴いても高音にさらに磨きがかかったなと感じます。

今ののんさんの女優、歌手としての勢いとその輝きにはものすごいものがあるのですが、それが愛の物語にピタリとはまって「過去を振り返らない」という愛の選択に説得力を持たせています。しかしその強さが浮かび上がらせるのは、やはり啓太の側の愛への思いなわけです。そういう意味では、この映画はラサール石井さんが仰る通り「のんさんの映画」であることは確かなのですけれども、しかもこれは創り手の意図とは必ずしも一致しないのかもしれないですけど、私にとっては「啓太の物語」でした。彼の存在がこの映画の余韻をほろ苦いものにしています。

ただそれもこれもひっくるめて、この映画の救いは、全体としておじさんたちが若者二人を押し上げようとする気持ちが伝わってくることでしょうか。ハローナイツのメンバーにしても戸田恵子さんにしても若者を見つめる視線が暖かい。若者に穏やかに道を譲る、そしてそっと背中を押してやる。それは難しいことですが、それができる大人はカッコいいですよ、実際。

世のご同輩方々、新型コロナウイルスのおかげで映画館には足を運びにくい昨今ではありますが、大丈夫、手についたウイルスは石鹸で、目に入ったウイルスは涙で洗い流してしまいましょう。

現在上映中です。ウイルス対策をしっかりして、ご覧ください。

強くお勧めします。

2020/3/9 22:22 本文を加筆、修正しました。

追記︰啓太役の小日向星一さんご本人様からリプライを頂戴しました。

ちょー嬉しい!

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