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生産性の向上って偉い人は言うけどさ --- 山崎明「マツダがBMWを超える日」Kindle版

僕はマツダ乗りです、デミオ(ガソリン車)ですが。もう5年以上乗ってるんですけど、初めて試乗した時の感激は今でも忘れません。当時同クラスのホンダ、トヨタ、日産と比べて格段に運転しやすい。車は好きですがそれほど多車種を乗った経験があるわけではないのに、助手席のカミさんですら違いがありありとわかったらしくてすっかり気に入ってしまい、閉店ぎりぎりの証明が落ちて暗くなったディーラーでハンコを突いたんですよね。まさに即決でした。もちろん今でもマツダの大ファンなものですから、Kindleのカタログにこいつが出てきたときは問答無用でポチってしまいました。正式なタイトルは「マツダがBMWを超える日 クールジャパンからプレミアムジャパン・ブランド戦略へ」。ビジネス書です。書かれたのは2018年ですからもう3年以上前。しかも中身はマツダよりトヨタの話のほうが多い。しかし、この本は2021年が終わろうとする今読んでも非常に面白かったです。

本書は電通の戦略プランナーとしてトヨタ、レクサス、ソニー、BMWといった所謂プレミアムブランドにかかわってきたブランド戦略のプロである筆者が、「ブランド」に対する欧州の考え方と日本の考え方を比較しながら、これからの日本のブランド戦略の取るべき道を提言します。いや、慣れない言葉でまとめようとしてはいけないですね。ひらたく言えば「なぜ金持ちはベンツやBMWを買うのか」「ベンツを買う人はなぜレクサスを買わないのか」「何千万円もする車がなぜ選ばれるのか」「日本はなぜ何千万円もする車を作ることができないのか」、この辺の「なぜ?」をきちんと教えてくれる本です。

いや、なんとなくはわかってますよ、大概の人は。やっぱり僕らベンツやBMW乗ってる人を見れば「おー金持ちだ」と思いますし、ロールスロイスやフェラーリに乗ってる人を見れば「こりゃ大金持ちだ!」ってことにもなるし、新庄がカウンタックに乗って登場するのもある意味「プロ野球の監督」というよりも「スーパースターの凱旋」というイメージをだれでもわかる形でアピールしたかったんだろうと思います。一方で所有する側もベンツやBMW、あるいはポルシェのオーナーになることで満たされる所有欲が満たされ、それ以外の車を選ぶことができなってしまう、それがブランドの力です、わかります。

ただ問題は、そのブランドの力ってどこから生まれてくるの?というチコちゃん的な疑問が残ります。そのありがたみってどこからくるのかがわかればウン千万円もする商品を富裕層に選んでもらえるはずなんですが、日本の商品はなかなかその域にたどり着くことができない。レクサスでさえも。それくらいブランドを「プレミアム」な領域に上げていくのは難しいことなのです。

本書ではベンツやBMWといった車やロレックスなどの例を挙げて、それらのブランドがどのようにしてブランド力を上げていったのかを解説しているのですが、非常にわかりやすいです。簡単には追いつけないということもよくわかる。そしてブランドというものが企業経営でいかに大切かも。

従来日本製は「安くて良い物を」作ってきた。でも、同じような商品が「ブランド」がつくだけで価値が何倍にも上がる。客単価が上がっても原価が極端に上がるわけではないから利益率に雲泥の差が生まれる。実際この本に書かれているポルシェの話などは腹立たしいを超えてあきれ返ってしまう。そりゃドイツの景気がいいわけですわ。

よくテレビやラジオで経済評論家あたりが、給料が上がらないとか少子高齢化で働き手がいなくなるなどの日本経済の問題を解決するために「生産性を向上させるべき」と言っているのを耳にします。「生産性の向上」と聞くとそれは機械による合理化であるとか、IoTやらAIの活用とか、あるいは雇用者の流動性を高めるとか、要はいかに少ない人で仕事が回るようにするかってイメージなんですけど、僕これリアリティー全然感じなくてむしろ一部の偉い人を残してみんな首切られるか非正規雇用にされて安く使われ続けるイメージしかわかないです。ある意味「より安くてより良い物」の価値観を先鋭化させる行為にしか思えないし、それでは格差は広がるばかりだと思うわけです。

ですが、この本を読むと確かにもう一つの道はあるのかもしれないと少し希望が持てるようになりました。「コスト(人や金)を下げる」「商品の生産のスピードを上げる」といったことだけでなく「同じコストでより高く買ってもらう」のも立派な生産性向上です。大事なのはこれ単純な値上げを説いているのではなくて、高くても喜んで買ってもらえるブランドに育てるってことです。もちろんブランド価値を高めるための莫大な投資っていうのは必要でしょうが、欧州のプレミア厶ブランドはそれをやって成功しています。

別にまあ経済に明るい方ならいまさら何言ってんだこいつと言われそうですが、企業がブランド価値を高めて商品の利益率を上げていくという戦略なら、確かにそこで働く人たちの報酬も上がりそうだし、少しは明るい未来が見えそうな気がしてきます。

この本の最終盤にようやくそのブランド力を高めつつある企業としてマツダが登場してくるのですが、まあオーナー(繰り返しますが、デミオです)としてはちょっと鼻が高いです。僕も今のマツダは進むべき方向性がきちんと見えているんだろうなと感じます。

ただ一方でちょっと心配になってしまった出来事が。

昨日のトヨタのモリゾー社長のEV戦略の発表会です。自社のEV戦略を高らかに宣言したその場で、なんと16車種のEVをお披露目しました。ちょうどこの本を読んだ直後だったので、トヨタのブランド戦略の無さが良くわかって唖然としてしまいました。多分モリゾーさんはBEVもHVも内燃機関もプラットフォームの問題であって、1台できてしまえば(新EVのbZ4Xを発表したばかり)バリエーションなんていくらでも作れるよ、と言いたかったのだと思います。

でも、モリゾーさん、そこにレクサス入れちゃダメだって!軽と並べじゃダメだっての。全然わかってない。軽と並ぶバリエーションとして発表されるような車が高く売れるわけないじゃん。レクサスの車はトヨタです、値段は高いけど中身は一緒ですって言ってるようなもん。しかもレクサスは2列目に並んでるから余計に自信無さげに見える。言ってることは正論かもしれないけど、肝心の車が全然魅力的に見えてないじゃないですか!大失敗だよモリゾーさん。ちったあブランドイメージってものを考えてくださいよ…orz.

…てなことを経済音痴の僕でも心配したくなっちゃうくらいブランドってものを真剣に考えさせられる本。果たしてこれを理解し、実践してくれる経営者がどれだけいるのやら。経営危機を人減らしと非正規雇用だけで乗り越えてきたような社長ばかりじゃ、ちょっと無理かもしれませんねえ。

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