僕のロックスター
僕のロックスターが死んだ。
彼のことを初めて知ったのは高校一年生の頃、寒い冬だった。
友達が突然「ミッシェルガンエレファントって知ってる?」と声をかけてきた。
解散ライブの世界の終わりが映ったスマホを僕に預けてきた。
初めてミッシェルの音楽に触れた。
この時、僕は妙な納得感に襲われた。
これがロックスターなんだな、とこれまでの人生の疑問を解決したような感覚だった。圧倒的なカッコよさがそこにあった。
もうその言葉でしか形容できないし、実際それ以上の言葉は必要なかった。
バンドとして好きなのはもちろん、やはり僕が惹かれたのはやはり
ロックスター、チバユウスケだった。
心底あなたになりたいと思った。
なりたいと思ってバンドを始めた。
全然なれなかった。
なれなくても、耳元で鳴るThe Birthdayの音楽は優しかった。
きっとお前の未来は青空だって言ってくれた。
知らず知らずのうちに、本当に救われていた。
チバの音楽を生で浴びることができたのはThe Birthdayの2回だった。多分どちらのライブも彼は酔っていた。
酔っていて、サングラスをかけて、ギター持ってでかい音鳴らして。
僕の思うロックスターはまさに彼のことだなと改めて感じた瞬間だった。
彼の訃報を聞いた瞬間は授業中だった。
高校とは違う、大学の友達が僕にスマホ預けてきた。
奇しくもチバと出会った時と同じようなシチュエーションだった。
そこに映し出されたのは、チバユウスケがマイクを掲げた写真だ。
授業が終わった途端、同じチバ好きの友達がわらわらと集まってきて、一緒に泣いた。
みんながいる教室で泣くのは癪だったので僕は一人別教室に移って
一人で泣いた。
なぜかその日はThe Birthdayのタオルを持っていた。
そのタオルに僕の涙を染み込ませた。
なぜこんなに涙がこぼれてくるのかは正直わからなかった。
ただ彼の優しい笑顔とカッコよく歌う姿が頭に焼きついた。
彼がいないという現実が、涙腺をただただ刺激したのかもしれない。
家に帰っても飯を食っても一晩寝てもチバがいないということはいつになっても変わらなかった。
そんな夜から少し時間が経って、日常はまた続いている。
チバがいたことを世界は少しずつ忘れていき、動画やスマホでしか彼の姿が見ることができないことをスマートフォンは教えてくれている。
やっぱりあなたに会ってみたかった。
あなたにありがとうと言ってみたかった。
でもそれはしばらくお預けだ。
どうせ人は死ぬので死んだら会えるかもしれないね。
スピリチュアルな話は苦手だけどそんなことを思っております。
天国でも常温のビールとラッキーストライク、楽しんでください。
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