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矢治川取水堰堤跡(仮、やじ、徳島県神山町)

●概要
神通発電所(1918-1973)、2堰堤の1。
竣功:1918年?  型式:G  
目的:P
   合計最大取水0.252㎥/s
   有効落差201.5m
   最大出力400kW


●見学情報
駐車場:無 トイレ:無 自販機:無 天端:不可 直下:可(河道) 


●参考リンク・引用


●道中

先日投稿した神通発電所跡
現在は資料館として鍵を借りれば無料で建屋内の見学ができる。
その建屋内には概略図があり、そこには何と取水堰堤が2基描かれているではないか!
てっきり神通谷川本流の1基だけだと思っていたので予想外の情報だった。
という事で現地に。資料館には取水地を指して「矢治谷川」とだけあったが、目星をつけた川は現在「西矢治谷川」と呼ばれているようだった。「西」が引っかかりはしたが、まとまった水量がありそうな谷も付近に見えないのでともかく突撃する。
早速林道に入り…と思ってふと見上げると水路発見。
開始早々、この谷だと確信。
少し歩くと当然水路と標高を同じくする事に。
水路が有るはずの道路の向こうはこんな感じ。イマイチ気が乗らないので上流からのアクセスを試みる。
上流。マークしたポイントにかなり近い砂防ダムから見下ろす。しかし下流には何も見えず、上流は砂防ダム群が聳えていた上に標高が高すぎるので、堰堤はこの砂防ダムと先程の茂みの間にあるハズ。最悪完全撤去されている事も想定しつつ下流に戻る。
下流から。少し歩くと自然の岩に紛れて、明らかな構造物が見えた。
接近。これは水路部分の擁壁と見て間違いなかろう!そして奥には滝。
滝に接近。河道を横断する石積み、先程の水路との位置関係より、これぞ矢治谷川取水堰堤と勝手に断定。
滝の向こうには先程の砂防ダムが見える。銘板によれば1988年竣功らしいから、発電所廃止から15年程は往時の姿を遺していたのかもしれない。
左岸側から。大きく抉られている。
2方向に水の流れ。この堰堤らしきが姿を留めていられるのもさほど長くないのかもしれない。
堰堤上。先程いた砂防ダムのド直下に位置する。
取水口がありそうな方向を見てみたが、それらしきは見当たらなかった。砂防堰堤建設時になくなったのか埋没しているのか…
堰堤左岸上から。何やら鋼材。堰堤との関連は不明。
しばし滝を眺めてうっとりとする。
林道に戻り水路の続きを物色。林道跨ぎポイント~堰堤間は崩壊が進んでおり、水路と思われるモノは林道から少し離れた所で消え失せていた。
気を取り直して水路下流側を物色。こちらは割と綺麗に残っている。


程なく進むと蓋渠に。
蓋渠区間は数mで終わり、開渠区間が姿を現した。
そして水路は突然の終わりを迎えていた。
スパーンと。すぐ下の車道整備の際に削り取られたのだろうか。
脇には四電標柱。
斯くして注水路探しの短い旅は終わ・・・
・・・らない!
続いてやってきたのは神通谷川取水堰堤。今見てきた矢治谷川の水は一旦ここに貯留され、堰堤右岸より発電所へと導水されるのであって、発電水路好きとしては、ズバリの注水現場を押さえなければ気が済まないのだ。
と、左岸を眺めてみるも、茂みに覆われそれらしきは見えない。
注水口はさすがにもうないか…と堰堤を眺めていると、、、
怪しげに口を開く左岸上流面…!
部分的に崩れたワケでもなさそうで、明確な穴。
ひょっとして堤体内水路のパターン?
(祐延ダム)
こういうの。
下流側は木板で閉塞?補強?されているように見える。
ただ、明確に水路閉塞痕が見えたワケでもなくこれを注水口とするのは見当違いかもしれない。
資料館の図をそのまま事実と捉えるなら堤体内とは考えにくいし…汗
で、一応下流側からその部分を遠望したが、下流面および真上に構造物や水路らしきは見当たらなかった。
ゲートの類でもあれば…と思ったが何も無いように見えた。
(Googleマップより引用加筆)
という事で、雑な図となるが、水路はこんな感じだったんじゃないかなぁ…と妄想。
お邪魔しました~

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