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渋る。

通学路を娘と一緒に歩いている。入学した時より随分と背は伸びてランドセルが様になっているが、6年間を見越して買った通学用の帽子は大きすぎて表情がよく見えない。ちぎれそうな力で手を握るので彼女の本気が伝わる。何がそんなに不安なのか。友達と合流するところまで、あの横断歩道まで、次の公園まで、と付き添う距離は伸びていき、もうこれ以上はいい加減割り切ろうと、力づくで無理やり手を離した。泣きそうな顔をしてうなだれて、友達の後ろを付いていった。友達が心配して立ち止まってくれている。泣いているのかもしれない。後ろ髪を引かれるけれど振り返らずに通学路を引き返した。先日は友達と合流するところで泣きそうな顔をしながらでも私から離れられた。帰宅した後にその後のことを聞いたら、友達に会ったらすぐに元気になったよ!と言っていたことを信じて、離れた。友達にとって負担になっていないといい。
離れるときの辛さはそれだけでそこにあって、ほかの誰かや何かのせいではないらしい。学校は楽しい。授業も楽しい。友達も好き。先生も優しい。でも母から離れることが怖いらしい。そんな自分に彼女自身も戸惑っている。どうして他の友達のように、なんてことはないようにママから離れられないんだろう。そう思っているようだった。
娘の中にある自分でもわからない不安を、魂を抜き取る悪魔のように、取り出してムシャムシャ食べてやりたい。娘の中にある怖さを、歩いているところをそっと近づいてランドセルから教科書を抜き取るように、サッと取り去ってあげられたらいいのに。不安で硬くなった体を緩やかにほぐす温泉が通学路一帯に満ちていればいいのに。そばにいれば安心するのなら小さくなってポケットに入れてもらって一緒に行けたらいいのに。
でもそうできないから娘の力を信じるしかない。

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