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私がnoteを書く理由

先日書いた自己満足noteが「今日の注目記事」に選ばれたという通知がきた。


なんの事?!と事態を理解するまでに時間はかかったが、とても嬉しかった。今までそこを意識したこともなかったしね。
そして、いいねの数も過去最高となり、わたしの書いたものが、沢山の人の目に触れたという事実が嬉しく、それも星野源さんの著書についての記事というのが、これ以上ない喜びだった。

私は文章を書くのが好きで、いつからだったかな、こうして文章を書き始めたのはと振り返った時、それは小学校時代まで遡る。

お年玉で鍵付きの手帳を買ったことをきっかけに、「なんか書きたい!」と日記のようなものを書き始めた。"ようなもの"としたのは、感情表現とかその出来事から派生して感じたことなんかを書きなぐっていたからで。
小学校入ってすぐの頃に書いていた「先生あのね」的なものとは違う。死期が分かれば真っ先に燃やしてしまいたいものの1つではある。


小学生にして両価感情に気付く。

そして高校時代。
友人何人かで、共同ホムペを作成するのが流行っており、その中で、交代で日記を書いていこう!ということになった。とは言っても4~5日に1回まわってくるペースだったので、日記として書くには、結構考えて書かないといけなかった。
どんなこと書いていたかは覚えていないけど(笑)、自分が感じたことや思ったことを拡大して書いていたような気がする。
その時に「文章が面白い!もっと書いてよ。」と友人が言ってくれたのが嬉しくて、更新頻度は上がっていた。

高校を卒業すると、ホームページは更新されなくなり、私の"書く場所"は自然と消えていった。
それでもなんか書きたくて、手帳を買い、何かあった時にだけ書くみたいなことをしていた。
書くとスッキリする。後から読み返すと、自分を客観的に見ることが出来て、いろんな発見がある。同時に、書きながら頭の中が整理されていく。怒りや悲しみを綴っていく日もある。ただただ感情的になっていたところを、なぜそう思ったのか書いているうちに整理できるのだ。
不思議だねぇ。

そしてnoteにたどりついた。
仕事を通じて知り合った人がやっているのは知っていた。始めるきっかけになったのは、やっぱり推しのことだった。「引っ越し大名」という映画に主演した星野源さんについての感想を書きたかったけど、Twitterに書くには文字数が足りない!!ということで書いてみたのが始まり。

それから5年。見ての通り、なんの成長もないが続けている。誰かに見て欲しい気持ちも半分はあるが、あと半分は自己満足だ。noteも子供の頃に書いていた日記と同じで、後から読み返すとおもしろい。

書くことで頭の中は整理できるし、noteで公開し誰かに見てもらうことで、わたしの承認欲求も満たされる。私が唯一続けられているのが「書く」こと。だから私はこれからも残していく。そしてこれからも人生は続いていく。何の変哲もない、日常なのだけど。


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