「木版画」 | 言葉のスケッチ
滑り止めのゴムの上に版木を置く。
絵の具の乗りが良くなるように刷毛で水を薄く引いてある。もう十分に水は吸ったはずだ。
白い陶器の皿に黒の水彩絵の具をひと絞り。そこに墨汁を注いで伸ばす。伸ばし加減は難しい。粘りがあってもシャバシャバでもいけない。濃さと薄さの中間、汽水域のような曖昧さの中に収まるように絵筆で絵の具と墨汁を混ぜる。
デンプン糊の準備はできていた。ジャムの空き瓶の中で水で薄めたデンプン糊はいい具合になっている。
バレン、摺る際の間紙、一晩湿気を纏わせた和紙。すべては作業しやすい位置に置いてある。これで準備は完了だ。
版木に絵の具を置く。
今日は凹版だから絵の具を置く場所が多い。20センチ四方の版木の8か所に絵筆に含ませた黒の絵の具を手早く置いた。
次は糊だ。紙への食いつきが良くなるように、版木の上で絵の具と糊を混ぜるのだ。割り箸の先でちょっとすくった糊を絵の具の隙間4か所にちょんとつける。
筆先の短い馬毛のブラシで絵の具と糊を混ぜながら、版木全体に絵の具を伸ばしていく。
本当なら版画専用のブラシが欲しいところだが、今日は塗装に使う刷毛を1センチほどに刈り込んだ代用品だ。
代用品とはいえ、ハサミで綺麗に刈り込んだ上に、紙やすりで毛先を揃えてある。専用のブラシほど目が細かくはないが、今日摺るのは粗っぽさが肝の図版だから代用品で十分だ。
絵の具を伸ばし終えたら、細い毛のブラシで刷毛目を消すように表面をそっと撫でる。これで摺る前の手順は全て終わりだ。
右隅に彫った見当に合わせて紙をのせる。
かすかに湿気を帯びた紙は右隅を抑えられ、左隅を持ち上げられ、腰砕けになったようにへなへなと版木の上に吸い付いていく。
すかさず間紙を乗せて、中央から外側に円を描くようにバレンで擦っていく。間紙は半紙とトレーシングペーパーを重ねてある。この2枚のおかげでバレンはよく滑る。
皿の絵の具が揺れるほどに力を入れて、数十秒間バレンを動かす。
力は入れすぎても抜きすぎてもいけない。程よく圧をかけながら、版木に乗せた絵の具を紙に移していく。
間紙を外して、見当に当てたところを抑えて、対角線の隅をつまんで持ち上げていく。糊が混ざったおかげでややメリメリという手応えを感じる。
焦らず、手を止めず、程よい速さで紙を版木から剥がしていく。
これで1回目の摺りは終わりだ。刷毛目を目立たなくするために、同じ紙を数度摺る。
程よく乾き、ヨレる前に二度目をすらなければならない。
それまでの間、1回目の摺りが済んだ紙は、刷毛で薄く水を引かれた新聞紙に挟んで絵の具が落ち着くのを待つ。
この時間も「ベンチタイム」というのだろうか、と僕はピッツァ生地の発酵待ちをする間のことを思い浮かべていた。
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